北海道修学旅行編 その3
動物園へと足を踏み入れたカレン達。
周辺が物々しい影響か、はたまた元からなのか分からないが、なんだか人の出入りが少ない様にも見える。まぁカレン達が到着したのも開園直後なので、それを考えればこの人数も仕方なし、とも思えるのだが。
「おー、なんか男性客が多いねぇ」
鈍いミチルがそうごちる程、園内の様子はなんだか異様なほど男性客が多かった。
大体が男性のみで構成された4~5人のグループで、時折女性も見掛けるがそれもグループ単位で固まっており、ほとんどが談笑をしているようでその目は笑っていない客が大半を占めている。何故か子連れのグループはいない。
そして彼らは動物を見ていない。見るフリをして死角の把握や地理の確認を行っている。
あからさまに何かあると分かるような、そんな空間であった。
「これは、なんというか……」
楓も経験が浅いながらもヒーローである為、この様相の違いに気付いたのだろう。不安そうな顔でキョロキョロと辺りを見回している。
「? 楓、どうかしましたか?」
しかしカレンは、悪の組織に所属している立場上正体を明かす可能性のある言動は慎まねばならない。なので気が付いてはいるが気付かない振りをするしかない。
自分でも驚くほど白々しい声が出た時点で若干後悔し始めたが。
「……ううん、なんでもないよ」
カレンの異常には気付かなかったのか、楓は軽く頭を振って歩き始める。
これでは何一つ楽しめなさそうだなと、カレンはひとりため息を吐いた。
◇
「あ、見て見て! 狸がいる!」
「本当ですね。私も轢死体以外は初めて見た気がします」
「歌恋ちゃんそういうとこやぞ」
「狸ってのは臭みがエグくてマズイらしいな」
「ジビエ料理でもお目にかからんしな。なんでも食う日本人でも食用にはできんということか」
「ヤーマーマー、ちょっとその話題は本人目の前にしてやらない方がいいんじゃない?」
「人? 狸だよ?」
「ミチル、そういう揚げ足取りは不毛な争いを産むからやめようね」
「はぁい」
狸のケージの前でワイワイと騒ぐカレン達。
他のグループは時間内に全て見終えたいのか、一箇所に長居すること無く写真を撮っては次へ次へと流れていくため、狸の前で長々と話し込むカレン達は自然と孤立する。その分人の頭を眺める時間が減るので有難い限りなのだが、なんだかちょっと不思議な感覚になるのは確かだ。
動物園なのに子供の声がない、というだけでもかなりの違和感がある。
「なんか、地方の寂れた水族館みたいな感じしない? 人は少ないし迷惑にはならないんだけど、何となく重苦しくて騒げないあの感じ」
楓がそう言って思い出すかのように人差し指をくるくると回すジェスチャーをしているが、残念ながらカレンにはそういうのは縁遠かったので思い当たる節がない。
「うーん、そもそも水族館なんてそんなに行きませんでしたし……」
カレンの兄は幼少期から超インドア派だったので、それに付き合っていたカレンもまたインドア派へと堕ちてしまった。
外に遊びに行った時間よりも15連鎖を極める為に費やした時間の方が多い可能性すらある。
全てはあの兄が悪いのだ。
「うーん……そっかぁ。なんかこの、『お忍びで出歩いているVIPの警護のせいで場の空気が重い』みたいな感じを上手く例えたかったんだけど……」
「普通にそっちの例えの方が分かりやすいですけどね」
園内の奥まで来るともうあからさまというか、『これから何かが起こります』みたいな雰囲気が強くなっている。
メインの通路以外は簡易なバリケードが建てられていたり、茂みの中に迷彩を施したセントリーガンを置いていたり、挙げ句の果てには『ボクたちサバゲーマーです』という看板を掲げながら歩く迷彩服を着た屈強な男達が各所に配備されているなど、もはや隠す気すらなくなっているのではないかとも思わせる状況だ。
「おぉ~! ライオンだ! かわいいね! 寝てるけど」
しかしそんな物々しい雰囲気なぞミチル達には何処吹く風。分かっていて気にしていない風なのかは分からないが、どこまでもマイペースに動物園を楽しめている。
闇の世界に身を置いたカレンとしては、その無邪気さがどことなくだが羨ましくもあった。
……もうカレンには分かっているのだ。
巻き込まれ体質の兄が怪我をして帰ってくる日は、いつもどこかに“前兆”のようなものを感じる。いま自身の身の回りに起きている異変が正しくそれだ。
そしてそれが兄のいないこの場で起きている以上、自身が何かの事件に巻き込まれることは確定しているのだと、そう理解しているのだ。
そして友人達を守る為に、隠していた変身能力も使わねばならないのだ、とも。
(その時はチカラを貸してくださいね、シルフィ)
カレンは袖の下に隠したブレスレットをそっと撫でて、改めて友人達を見やる。
彼ら・彼女らは転校してきたカレンを真っ先に受け入れてくれた恩人だ。特に楓はカレンの為に熱海まで助けに来てくれたという恩義もある。その友人達の為なら、どんな屈辱や暴力を振るわれても耐えてみせよう。
そう改めて心に誓った時、カレンと楓のスマホから同時に通知音が鳴る。
「お~、息ピッタリ~♪」
ミチルのグッドジェスチャーを横目に、ふたりはさっとスマホを取り出して画面を確認し。
そして唐突に真顔になった。
「なになに、なんかあったん?」
ふたりの反応が気になったのか、ミチルが心配そうに覗き込もうとしてくるが、カレンは素早く「なんでもないです。大丈夫ですよ」と笑顔を取り繕って画面を消し、鞄の中に入れていた充電器へと接続して一緒くたにしまい込んだ。
「そう? じゃあ今度は爬虫類コーナー行ってみよー!」
ミチルもまた詮索はせず、ヤーマーマーを引き連れてずんずんと進んでいく。
「ねぇ、歌恋……。もしかしてお兄さんから連絡あった?」
三人が少し離れたところで、不安そうな顔の楓がそっとカレンへと問い掛けてきた。
楓は兄をヒーローだと思っているはずなので、そういう認識になるのだろう。まぁ間違いなく兄からの連絡なのだが。
「えぇ、兄からですよ。とっても不吉な連絡がきました」
カレンは溜息ひとつ、再度スマホを取り出して通知を見る。
そこには一時間と少し前に送られてきたとされる通知と、『圏外』の文字。どうやらずっと電波が通じなかった状態が続いていたらしく、たまたま一瞬だけ接続できた時にメッセージを受信できたのだろう。
おかげで充電も半分を切ってしまっていた。
「ボクの方は匿名だけど、多分内容は同じだよね……」
楓は深い溜息を吐いて、空を見上げる。
そこには雲ひとつない晴天が広がっているのだが、ふたりの心は反比例するかのように暗くどんよりとしていた。
メールの内容とは、こうだ。
『今から二時間後辺りに、全国各地でジャスティス白井とそれに協力する組織の一斉蜂起が起こる。歌恋がこれから向かう動物園にも現れると占い師は言っているが、どうやら遭遇する大筋を変えるワケにはいかないらしい。
だからどうにか耐えてくれ。必ず助けに向かうから』
との文章の後に、特撮ヒーローの『向かっています!』スタンプが貼られている。
「……何を言っているのですか。本州を今から出発したって、間に合うわけがないのに………」
カレンは嘆息ひとつ。これからどうしようかと考える傍らで、圏外なのを承知の上で兄に向けてスタンプを送る。
“待ってます”
送信ボタンを押して、そのすぐ後に『送信できませんでした』という文字が表示された。




