北海道修学旅行編 その2
修学旅行最終日。
なんだかんだとボヤきつつも、しっかりと北海道の物産や観光名所を堪能したカレン達は、本日午後の便で本州へ向かい、夜には全員が帰宅できる予定となっていた。
それでも午前中に近場ならば寄れるだろうという安直な理由で、空港と同市内にある動物園へとカレン達はやって来たのだが……。
「なんか、さ。物々しくない?」
楓の言う通り、なんだか今日は朝から市内が騒然としているというか、そこら中に警備員が配置されていたり個人商店のシャッターが降りたままだったりと、普段とはまた違う様子が見て取れる。
まぁカレン達は余所者なので普段の様子など知らないのだが、それでも何かあるんじゃないかとは察しがつく程度には“何かが起こりそう”な様子なのだ。
「先生、何か知ってますか?」
カレンはバスに同乗している三國先生へと問いかけるが、黙って目を伏せ首を振るのみ。カレンにはそれが『知らないのではなく答えられない』のジェスチャーに見えたのだが、気のせいだろうか。
「まぁまぁ歌恋っち~! 愛しのアニサマへのお土産が足りないのかぁ~!? 私が買ったこの木彫りの熊を今なら半額で譲ってやるぞぉ~!?」
「愛しくないですしお土産は既に十分買ってますし木彫りの熊とか邪魔にしかならないからって人に押し付けようとしないでください自己責任でしょう」
「むぐむぐぅ~!?」
横合いからここぞとばかりにミチルが口を挟んでくるが、このウザ絡みもだいぶ慣れてきたカレンは彼女の口へフランスパンを突っ込む事で難なくいなす。
「ふぇふぇふぇふぁふふぉふぉふぅれ~」
「はいはい、ジャムが欲しいのですね。イチゴ? それともアボカド? 変わり種ではチリペッパーとかシルベスタギブネバ茶なんてのも揃えてますが」
「玉露~」
「はい、梅こぶ茶」
「ありがと~」
「………え、今の会話成立してたの!? どうして!? ボクには理解できない世界があるの!?」
楓が突如発狂したかのようにツッコミを入れてくるが、カレンには何がおかしいのかがちょっと分からない。
シルベスタギブネバ茶と玉露の間は梅こぶ茶ではないのか。ああ、もしかしてそんな味のジャムが存在する事が意外なのだろうか。確かにカレン自身も見掛けた時は何だこれと思ったし、嫌がらせも含めて兄への土産としたのだが、食べてみたら意外と美味しかったのだ。
「あ、もしかして楓も食べたかったのですか?」
「そうじゃあないんだよ!!」
会話がドッヂボールのように進んでいくのも、このクラスの中では既に当然の事のように受け入れられている。ナチュラル問題児のミチルとしっかり者風天然ボケのカレン、そして総ツッコミの楓のトリオは結成時から既に人気者なのだ。
「っと、漫才トリオもその辺にしておけ。着いたぞ」
三國先生が窓の外を指差し、誰もがそちらを見やる。
そこは道内でも最大級の動物園。此度の修学旅行のトリを飾る場所。
「うっわ~! 楽しみ! クマいないかなクマ! クマと鮭!」
ミチルもフランスパンを食べながら、興奮気味に話す。鮭はどうだか分からないが、多分クマはいるのではなかろうか。
カレンもまた、動物園へとやって来るのは久々なのでちょっとだけテンション高めだ。昔は家族と共に近所の動物園へと遊びに行っていたものだが、大きくなるに連れて疎遠になってしまった。特に兄が就職してからは一度も行っていないので、数年ぶりとなるだろうか。
そんな彼女達に水を差すかのように、三國先生がパンパンと手を鳴らす。そうして自らに視線を集めると、
「楽しみにしているところ悪いが、今回の見学はあんまり時間を取れなくてな。バスを降りて一時間以内に再度集合して貰う事になる」
なんて宣った。
生徒達から大ブーイングが巻き起こるが、三國先生が旅のしおりを見せつけることですぐに収まる。予定を組んだのは生徒側なので文句を言いづらいのだ。
「……でもミクミクせんせー、このしおりだと二時間になってるよー?」
生徒の一人がそう言ってしおりを確認し、他の生徒達も釣られて確認すれば、確かにそこにはきちんと二時間は確保してあるとされている。
「ああ、二時間はあるぞ。だが途中で写真屋が来るもんで、一旦そこで集合写真を撮らねばならん。だから中途半端で悪いが集まれと言っているんだ」
「えー」
「そんなー」
「何故最初から手配していなかったんだ……」
「私に文句を言っても仕方ないだろう。今日中に帰りたかったら大人しく従う事だね。あとミクミクっつったヤツ後でワサビチップスの刑な」
「ギャァァァァ体罰だーっ!」
「体罰じゃあない餌付けだ。私がその場ですりおろした山葵をカラッと揚げでやるんだ。有り難く食せ」
「せめて抹茶塩つけてぇぇぇ!」
そんな騒がしさの中でも、バスは問題なく駐車場へとたどり着いてドアを開けてくれる。そうなれば問答を続けて損をするのは生徒達の方なので、さっさと手荷物を纏めてスマホのタイマーを55分位にセットし素早く散開。何だかんだ楽しむ気満々であった。
カレン達も出遅れたが、早く出掛けようと急いで準備を行い、いざ園内へとバスを降りた辺りで。
「大杉、土浦」
何故か三國先生から名指しされたので立ち止まざるを得なくなってしまう。
「な、なんです先生。早くしないとミチルを見失うのですが?」
彼女は直前までフランスパンを食んでいたのにも関わらず、いざ降りるとなったら何故か真っ先に外に出ていた人物のひとりだ。何とかヤー坊&マー坊が素早いディフェンスで彼女の足止めをしているものの、一度火のついた彼女の巧みなボール捌きを前にカットできずにいる。
──何故バスケットボールを持ち出してドリブルしているのかは誰にも分からない。
「ああ、すまんな。大した用事じゃないんだが……」
そんな状況を前にしても、三國先生は歯切れ悪く言葉を濁しながら、あーとかうーんと悩みつつ頭を掻いた後。
「これは匿名の人物からの言伝なんだがな」
と前置きした上で、
「“これから何があっても最後まで諦めるな。ギリギリまで耐えてさえくれれば、必ず助けが来る”だそうだ」
という、なんだかよく分からない言葉を掛けてくれた。
「……えーっと、これから何かが起こるって事ですか?」
「なんでそれをボクと歌恋に?」
カレンも楓も心当たりのない言葉に困惑する一方だが、三國先生は答える気はないらしくさっさと行けとジェスチャーで追い払われる。
どういう事だと疑問に思いつつも、ミチルを放っておけない二人は急いで彼女を追いかける他なかった。
◇
「すまんな、二人共。曖昧にしか伝えられない立場が憎いよ」
生徒達が皆捌けた後。三國は園内入口にある喫煙所で他の先生達と顔を並べつつ、紫煙を吐いていた。
「仕方ありませんよ三國先生。我々にも立場というものがありますからね」
そう言いつつ、同じように溜息を吐いているのは別のクラスの担任教師。その言葉に合わせるように、他の先生達もまた一様に頷く。
彼らもまた、これから何が起こるのかを知っているのだ。そして、それを知った上で静観を選んでいる者達である。
「ままならんものですな。皆が同じ組織であればもっと大っぴらに物事が話せるというに」
そう、彼らもまた三國と同じく教師とは別の顔を持つ者達。そしてなんと全員が全員、別々の組織から送り込まれているのである。
これでは迂闊に情報の共有もできず、足並みを揃える事すら難しい。ただ何となく誰かが何かの情報を握っていて、同じような情報を持っている者達が暗黙の内で理解し合いつつ慰め合うような、そんな歪な構造が出来上がっているのである。
「こちらの方は迎撃の準備を終えたそうです。ギリギリの人数ですが、バスの周囲は安全でしょう」
「ああ、せめて統一の格好くらいは教えてもらえませんか。我々も人員の配置がありまして、同士討ちは避けねば」
「その話、ワシも入れておくれ。人数次第じゃコッチのは園内の掃討に回るからのう」
皆含みのある言い方をしつつ、誰も確信に至るような話はしないしできない。傍から見れば、何を話しているのかさっぱりだろう。
「三國先生のところは、何かありますかな?」
「ああ、こちらは……」
まぁそれでも、出来る限りの事はしようと足掻くことはできる。
三國もまた他の先生達に倣うべく、煙を吐いて。さて何と伝えればいいかと脳内に言葉を並べた。




