北海道修学旅行編 その1
ここからは、ちょっとだけ時系列を巻き戻した話をしよう。
これはツカサ達が『第一次蒼穹作戦』へと乗り出す前の、純粋に修学旅行を楽しめると考えていた少女達のお話。
◇
「ん~~~! ほっかっいどぉぉぉ!」
カレン達が飛行機を降り、空港を出た直後。突然のようにクラスメイトの千葉 ミチルが空に向かって叫び声をあげた。
オレンジ色のポニーテールに同色のカラコン、着崩した制服とルーズソックス。見るからにギャルっぽいけども、何故かカレン達と気が合って共に行動する事の増えた少女である。
彼女は昔からテンションが上がると奇行が増える性質のようで、同級生の大半は見慣れているから気にも止めないのだが、流石に見知らぬ土地で突然叫ばれるととても目立つ。
通行人の幾人かが彼女を見てそそくさと立ち去り、警備員も何事かとこちらを注視している。しかし彼女は気にした様子もなく、大きく息を吸って第二声を放ちそうな勢いだ。
「コラ千葉、やかましいぞ。品性を疑われるからやめろ」
カレンがどうにかして止めようかと一歩を踏み出す前に、偶然ミチルのそばに居た長身の女性が彼女の口へとバターロールをツッコみ、物理的に口を塞いだ。
彼女の名前は三國 久美。カレン達の担任で、193cmもある身長と腰まで伸ばした黒い長髪、それと黒縁メガネに白衣が特徴の国語教師である。
そのキャラの濃さと、ダウナーながらもノリの良い性格から生徒や先生達からも大人気で、“ミクミク”という愛称を付けられている人だ。
彼女は今回の修学旅行でミチルのお目付け役となったらしく、朝からずっとミチルに張り付いてこうして餌付け等でコントロールしているワケだ。
「もーむもーむもぉぉぉ」
ミチルはバターロールを噛む事でようやく大人しくなったが、その瞳だけは爛々と輝いている事からおそらく反省はしていない。
三國先生はそんなミチルの目を見てため息ひとつ。今度は大量のお菓子を鞄から取り出し、カレンと楓の所へやって来て。
「手網だ。握ってろ」
と手渡してきた。
見れば、そのお菓子全てがミチルの好物。
どうやら一人では面倒みきれないと悟ったらしく、同班の人間にも対策手段を持たせたいらしい。
「先が思いやられるねぇ」
「全くですよ」
楓の一言に、カレンもまた同意する。
カレンはミチルと同班となり、親友の土浦 楓もまた同じ班となった。ここにもうふたりの男子生徒が加わって、修学旅行中はこの五人一組の班で行動をする事になっている。
「お、いたいた」
三人が固まっている所にようやく手荷物を持って現れたふたり組。彼らがカレン達と同班となるヤー坊とマー坊だ。
本名よりもヤー坊マー坊呼びの方が定着してしまったので、もはやそれでしか呼ばれない人達である。
「遅いよ、二人とも」
楓が若干膨れっ面でそういうと、ふたりは互いを指差して文句を垂れる。
「悪い悪い。途中でヤー坊の荷物が降り口とは違う階段を駆け下りてしまってな。追いかけてたら時間くった」
「マー坊が見掛けた美人をナンパしてなきゃもうちよっと早かったんだけど?」
この様に互いもその呼び方で慣れてしまっているようで、どこまでもコンビ感が拭えなくなっている。
「いいからお前ら、さっさと指定のバスに乗り込め。昼飯に間に合わなくなるぞー」
三國先生の一言で騒いでいた生徒達も各々行動を開始し、全員問題なくバスへと乗り込んだ。
バス毎に点呼確認を行い、欠員がいない事を再度確認。
その後ようやくバスが発車し、期待と不安を抱えた修学旅行の開始となる。
最初に目指すのは大倉山展望台。
三泊四日という日程では北海道の全てを見て回る事はできないのが残念だが、良い思い出になるだろうという確信もある。
それは単に、日中の大半を移動時間に食われるというのがどれほど苦痛なのか、少女達にはまだ理解できていないだけなのだが。
◇
そして、その日の夜。
「……まさか、一日のほとんどが座りっぱなしだとは……」
特に問題が起きるでもなく一日目を終えたカレン達は、その日に泊まる予定の旅館にて死屍累々の有様を晒していた。
「飛行機で半日。バスで半日。雄大な空と大地をただ眺めるだけで一日目が終わるのは、予想外でした……」
そう言ってカレンは畳の上で寝転がり、心做しか固くなったと感じる自らの尻を揉んだ。
そう、北海道というのは広いのだ。広すぎて観光名所を回ろうとすれば必然的に移動距離も長くなる。移動距離が長いということは、座りっぱなしという事で。
「アタシ、モウ、シリガ石ニナッチャッタ」
同室になったカレン、ミチル、楓はこうして身体を伸ばせる有難みを思い知りながら、畳に寝そべっている次第である。
「この旅行の予定組んだの、誰だっけ?」
「各クラスから選出した実行委員会ですねぇ」
「ウチのクラスからは?」
「ミスターダリルとチーちゃん」
「……あー、もしかしてギリギリまでカップル向けの観光地突っ込んだのってあのふたり?」
「分かりませんけど、事前に予定表見せられて反対したのって旅行慣れした少数だけですからね。連帯責任と言われたらそれまでですよ」
「ホッカイドウノオチャガウマイ」
「ミチルちゃん、そのお茶菓子は全部食べないでね。ほら、コッチにちゃんと貴女の分があるから」
「アーアー」
三人揃えば姦しい、ということも無く。何とも脱力した会話しか展開しない三人であった。
その後は何とか温泉に浸かり、美味しい料理を食べて、泥のように眠り、どうにか立ち直して長距離移動に挑む。
このサイクルを三日間も続ければ、いつの間にか修学旅行も最終日。
彼女らにとって大きな試練となるその日がやってきた。
しかしそれを知る術は彼女達に、ない。
◇
とある日の夜。
生徒達が寝静まり、先生達とのささやかな酒盛りも終わった後のこと。
その人物が酔い醒ましにと、タバコを咥えながら夜道を散歩をしていたある時。手持ちのスマホに通知が来た。
「非通知、ねぇ」
画面に表示されたのはその三文字のみ。だけれどもその人物は迷うことなく通話ボタンを押し、スマホを耳に当てる。
「…………よう、やっぱりアンタだったか」
煙を大きく吸って、吐いて。その人物は分かっていたかのように親しげな口調で電話口の向こう側と話す。
「……ああ。……ああ、分かってたよ。なんかあんだろってさ。それで、私はどうすればいい?」
電話口の向こうで誰かが話す。
「ふーん。そうかい。ならバレない程度に身を守るくらいでいいんだね? 協力すれば殲滅くらいは容易いにしても? ……あー、はいはい分かってるよ。『まだ時期じゃない』ってのは私も分かっているさ」
それからも少しの間会話をして、その通話は切れた。
最後にその人物は携帯灰皿にタバコを押し付け、今度は煙の代わりに大きな溜息を零す。
「ままならんもんさね。可愛い生徒達が危険に晒されようって時にまで身分を隠さなきゃならんってのはさ」
そう言ってその人物は踵を返そうとし、そこでまた思い直してもう一本タバコを取り出して火をつける。
北海道の風はもう冷たく、このまま外にいれば風邪をひいてしまいそうだが。
「………」
せめて頭くらいは冷やしておこうと、その人物はしばらくそこに残ったのだった。
この一週間、コロナに掛かって倒れておりました。
皆さんもどうかお気を付けて。




