占い師の助言 その4
モルガン作の胸糞悪い紙芝居が終わり、会議室に静寂が訪れた。
実際はツカサの極限まで練り上げられた“気”が空間を満たし、そんな重圧を物ともしない者達が団欒の時を過ごしているだけなのだが。
「それで、“変わるはずの未来”と言ったな。具体的にはどうするのだ」
冷静な思考がぶっ飛んでいるツカサに代わり、カゲトラがモルガンへと質問を投げ掛ける。こんな話を聞いた後でも一切の乱れなくスクワットをこなせる辺り、先輩の貫禄と言うのだろうか。
「はい、それを今から御説明致しますね」
モルガンもまた表情を変えず、今度はタブレットに何かしらの設計図を表示する。
それはパッと見ミサイルのような、しかし搭乗員数二名と表示されているれっきとした乗り物のようで、名称の欄には『空烈式長距離戦闘員配置システム壱型:鬼灯』と記載されている。
「こちらが今回の切札、通称鬼灯ですね。ダークエルダーが万が一の際に全国各地へと幹部クラスの戦闘員を配置する為に建造した、いわゆるステルスミサイルです」
何故部外者であろうモルガンがそんな事を知っているのかとツカサは疑問に思うが、カシワギ博士達と顔見知りである事からなんとなくだが察せられる点もある。元々上層部の面子すらまともに顔見せしないのがダークエルダーなのだ。気にしたって仕方がない事もある。
「ミサイルと言っても大半は推進剤で、これ自体は攻撃能力を持たん。コイツは本当に移動用。人体の長距離ワープがまだ実装できていないので、代用品として試作されたものじゃよ」
カシワギ博士が説明を引き継ぎ、作成に至る経緯やら性能やらを丁寧に解説してくれてはいるのだが、正直ツカサの脳みそは半分も理解していない。
とりあえずこの鬼灯がツカサ達を載せて飛び立ち、北海道の上空で炸裂して搭乗員を降下させる代物という点だけ分かれば上等である。
「まぁ、その調整と準備に時間が掛かっとるから君達をこの場に呼び寄せて懇切丁寧に時間稼ぎをしているワケじゃよ。そうでないと、説明を聞いた時点で飛び出しとったじゃろ?」
カシワギ博士にそう言われ、ツカサは図星である為言い返す言葉はない。
間に合うかどうかの計算すらせず、とりあえず何か代行手段はないかとカシワギ博士に詰め寄り、返答に困った時点で支部を飛び出して、もしかしたら自衛隊の基地でも襲撃して戦闘機を奪っていたかもしれない。
危ないところであった。
「……じゃがまぁ、問題点はまだあるにはあるんじゃ」
そう言って博士が示すのは、鬼灯の予想射程距離。まだ試作段階である鬼灯が、本当に本来のスペックを十全に発揮できた場合の予測図である。そこには発射基地から放物線を描くように放たれた鬼灯が洞爺湖辺りで完全に失速し、そこで搭乗員を載せたポッドを解放しているシミュレーションが表示されていた。
つまり現状では、そこからパラシュートで降下したとしても到底札幌市までは届かない計算になる。
「つまり、なんです? ジェットパックでも担ぐのか、地上を走れと?」
北海道まで一発で渡れるのはいいが、それでも洞爺湖から札幌市までとなるとかなりの距離がある。黒雷のパワーと気功を使えば難なく辿り着けるだろうが、それで間に合うかどうかは未知数だし、会敵してしまった場合はそれ以上の時間を食う羽目になる。
現実的ではない。
「そう、そこで……。これまたぶっつけ本番の新機能を試す事になる」
続いてタブレットに表示されたのは、黒雷とミカヅチに搭載された新機能について解説された図。そこには二体の怪人スーツからそれぞれ意匠の異なる翼を生やす強化形態が載っており、両者共どことなく、秩父山中で出会ったワイバーンを彷彿とさせるデザインとなっていた。
「これこそワシの研究の集大成! 異世界から来たワイバーンの飛行原理を応用する事で実現した、有翼式単独飛行システム! 嗚呼、ひーとーよーんーでぇぇぇぇ……!」
余程テンションが高いのか、カシワギ博士は普段以上のノリでその場をクルクルと回転し、タメにタメてから両手をバッと広げ、叫ぶ。
「《飛竜鎧装》!!」
読んで字のごとく、飛竜の鎧を装備する。それによって一部のヒーロー達にのみ許された、飛行能力を得られるというのだ。
「これがまた、ハード面もソフト面もクソ難易度でなぁ! 現状は人類のみでの運用は諦めて、デブリヘイム合金を多重層にして精霊達による直接操縦方式に切り替えた事でようやっと実現可能ラインまで落とし込んだんじゃよ!」
自身の身体を幼女に改造してしまうようなカシワギ博士ですらクソ難易度と吐き捨てるほど、この分野の研究は発達していないらしい。
確かに空を飛べるヒーローは何人もいるが、彼らは原理の分からない何か不思議なチカラによって浮かんでいたり、精霊レベルの超自然的なエネルギーによる支援を受けていたりする。それを科学で再現しようという試み事態が無謀に近いものなのだろう。
それでも妥協案とはいえ、カタチにできる辺り流石は天災科学者である。
「つまりこの飛竜鎧装形態を使って洞爺湖から文字通り翔んでいけと、そういう事ですね?」
ツカサは設計図を食い入るように見つめ、黒雷の新たなチカラに思いを馳せる。
普段のツカサならば小躍りするほど喜ぶ場面なのだが、流石に先程のような話を聞いた後ではそんな気にはなれない。カレン達を救出した後に改めて楽しもうと、そう心に誓ってベルトを腰へと巻き付ける。
カゲトラの方を見遣れば、彼もまたベルトを巻き付け準備万端といった様子だ。ノアとミソラはカシワギ博士から飛竜鎧装に関するデータが入ったUSBメモリを受け取り、それを丸呑みする事で操縦方式などを丸暗記するらしい。
ぶっつけ本番になるのは不安だが、行き当たりばったりはいつもの事である。ツカサからすれば自身の身の安全なぞ二の次で、カレン達さえ助けられればそれでいいのだ。
『成るように成れ』の精神で挑む他ない。
そこでふと、疑問が浮かんだ。
「そういやモルガンさん。さっき言ってた未来って今すぐに向こうの人間に連絡したら変えられないのかい?」
モルガンの言う未来とは、決して確定事項でないはずなのだ。でないと今からツカサ達が未来を変更しようとする意味が無くなる。
「ああ、できますよ?」
やはりと言うかサラッと、モルガンは答えた。
「既に私が介入し始めた事で、占いの結果からは大きく外れようとしています。もう各地のヒーローや治安維持派組織に声掛けしてますしね。だから本来ならば二時間以上掛かるはずのこの紛争も、もっと短期で決着がつくはずです。ですが……」
モルガンは言葉を切り、懐からタロットカードを取り出してテーブルへ何枚かのカードを置く。
死神、悪魔、塔、月、愚者。それらが全てツカサから見て正位置になるように置かれる。
「これが、私がここに来るまでに介入した後の結果。多少はマシになれども、全て凶兆を示すアルカナでした。……しかしここに来て。ツカサさん、貴方を動かした事で出た結果がこちらです」
モルガンが次に置いたカードは、審判の逆位置。
意味としては、弱さや無気力、不安定や優柔不断など。
決していい結果ではないが、マシにはなっていっている。
「意味は多数あれど、少なくとも吉兆に近い方向へ向かってはいます。ここから先は貴方達次第です」
モルガンはツカサ達を順番に見遣り、最後にカシワギ博士とアイコンタクトを交わし、頷く。
「私は流浪の占い師モルガン。普段からのんべんだらりと過ごしていますが、不吉な運命を裏返す為には全力を尽くす者です。だから、まだまだ納得できない事もあるでしょうが、どうか私を信じて北海道へと向かってください」
そう言って最後に頭を下げられては、いくら信憑性の薄い内容だとしても信じてみたくなってしまう。
未来の出来事なぞ、本当に起きるかすら分からないものを信じて、全てがぶっつけ本番の作戦に命を賭けられるか否か。
ツカサとカゲトラはその二つの選択を迫られて、未来を変える方を選んだのだ。
「うぉっほん。どうやら鬼灯の準備ができたようじゃ。我々もこれからジャスティス白井の迎撃準備に入る故、ツカサくん達は第2格納庫へ向かってくれい」
カシワギ博士に促され、ツカサとカゲトラは席を立つ。そして、
「──これより、我々は希望の未来を勝ち取るために、空を目指す! 作戦名は『空』から肖り、『蒼穹』」
一息。
「只今から、第一次蒼穹作戦を開始する!」
カシワギ博士の堂々たる宣言の後、全てが動き出した。
後半は熱にうなされながら書いていたので文言がおかしい部分もあるかもしれません。
ご了承ください。




