占い師の助言 その2
一瞬の内に大量に選択肢を提示されると、人間というのは困ってしまうらしい。
「すいません、もっかい言って貰えます?」
ツカサはなんとなく頭で整理しながらも、カシワギ博士へと同じ問いを要求する。
対してカシワギ博士は表情を変えるでもなく淡々と。
「いいニュースと悪いニュースと北海道弾丸旅行の話と予算&報酬の話とミソラくんの今後の扱いについての話、まずはどれから聞きたいかね?」
と、一字一句同じ発音で返してきた。
何一つ聞き間違いではないらしい。
ならばどうしようかと、ツカサはしばらく唸り、
「時系列的に分かりやすい感じでお願いします」
そう答える他なかった。
その返答に対してカシワギ博士とノアは互いに顔を見合わせてひとつ頷くと、ツカサとカゲトラとミソラを指名して手招きをする。
何故カゲトラまで呼ばれたのかと、本人と顔を見合わせても首を傾げるばかり。とにかく話を聞いてみようかと、ツカサとカゲトラは共に席を立ってカシワギ博士の後へと続いた。
◇
カシワギ博士に着いて歩く事しばらく。たどり着いた先はこの支部内ではほとんど使われる事のない、最高機密情報をやり取りする為の特別な会議室。並の組員では通ることすらできないセキュリティの向こう側に位置する、通称開かずの間であった。
ツカサとカゲトラが思わずゴクリと唾を飲み込む中、カシワギ博士は平然とロックを解除し、ツカサ達へ入室するように手招く。
「さ、さっきの話って、そんな大事なんですか……?」
大事になるとは思っていなかったツカサは思わず身震いし、恐る恐るといった様子で扉を潜る。
その先にはやり過ぎとも思われる防音設備とシェルターを思わさる様々な設備。そして、
「やぁやぁはじめまして。君がツカサくんだね?」
灰色のローブに身を包み、身長ほどもある柏の杖を手に持った謎の人物が居た。
部外者禁制のはずの、悪の組織支部のその最奥にである。
「おっと、すいませんね。私はそちらの二人と知り合いなので、わざわざこうやって招いて頂いたワケなのですよ。なので拘束しようとするのは止めてもらえますかね?」
それは一瞬だった。ツカサが反射的に動き出そうとした瞬間に、彼の持つ杖がツカサの喉元へと向けられていたのである。
ノアの補助が無いとはいえ、ツカサは既に歴戦の勇士。その反応速度すら超えるとなると、この人物は只者では無い。
「ツカサくん。彼が胡散臭いのは理解できるが、一応話している通りなのでな。そう警戒せんでくれ」
この様な状況ですらカシワギ博士は驚くことなく席へと腰掛け、自作であろうメイドロボにコーヒーを入れさせている。ノアもまた、ツカサに突きつけられた杖の先端を軽く叩くだけで収め、それ以上気にした様子もなく着座する。
突っ立っているのは、状況についていけないツカサとカゲトラのみ。
何だかよく分からないままふたりは顔を見合わせ、とりあえずそれぞれ指定された席へと座るのであった。
◇
「さて、まずは何から話しましょうか?」
ひとつの長テーブルに向かい合うように着座したツカサ達。ただ今回はローブ姿の人物の隣にカシワギ博士とノアが座り、その対面にツカサとカゲトラ、そしてミニチュアソファにミソラが座るという配置がされている。
「時系列順じゃそうじゃよマーリン。……いや、今はこの名を名乗っとらんのだったか?」
マーリンと呼ばれた人物はひとつ頷いて席を立つと、この場にいる全員を見渡してお辞儀をひとつ。
「申し遅れました。私は凡そ73通りの名を持つ者。今は“モルガン”と名乗っております占い師でございます」
モルガンはそう言ってフードを外す。その下に隠されていた素顔は男とも女とも見れる不思議な顔立ちをしていて、三つ編みにした白い髪と青龍を模した髪飾り、そして目元を隠すように掛けられた素朴なサングラスが印象的であった。
「外見も声も性格も、何もかも今限りの情報だから覚えるだけ無駄じゃぞ三人とも。コヤツは外見も性別も年齢も変えたい放題のキャラクリ魔じゃからな」
カシワギ博士はそう言って、モルガンのフードをもう一度被せてまた外す。そうするとモルガンの顔は先程とは別の、むさいおっさん顔に変化しており、いつの間にか背丈も筋肉量も大きく変化していた。
「マジかよ……」
「ウホッいい筋肉」
「ねぇノア、ホットケーキないの? あっごめん許して顔に塩を塗らないでせめて砂糖にして!」
三者三様の反応にモルガンは満足したように微笑むと、またフードを被って中性的な顔立ちへと戻していく。
「まぁ、人の身を外れたら外見なんて交渉の手札のひとつになりますからね。社会の闇に潜むには都合がよいのでございますよ」
モルガンは自己紹介は終えたとばかりに着座しコーヒーをひと口。
「さて、ではそろそろ本題とまいりましょうか」
その言葉を前に、塩漬け以外の皆の顔が引き締まる。わざわざ部外者である自称占い師を招いてまで話す内容とはなんなのか。それがどうにも良くない話だと分かりきっていて、ツカサの胃は既に痛み始めている。
「まずは時系列的に、いい話からじゃな」
カシワギ博士はそう言って、コクライベルトと白狐剣、そしてもう一基のベルトをテーブルへと置く。
「ツカサくんの装備のメンテ及び改修が済んだのが一点。画期的な強化が施してあるので後でマニュアルを読むように。そしてこっちのベルトが……カゲトラくん、君に渡す為に作った“ミカヅチドライバー”じゃ」
それは銀と金を基調とした、中心にクリスタルのような物が埋め込まれたシンプルなもの。ツカサの持つコクライベルトと似てはいるが、少々派手さが増しているようにも見える。
「ソイツには黒雷のデータを基に新たに作成した“雷瞳ミカヅチ”という怪人スーツが内蔵されておる。コンセプトとしては黒雷の兄弟分じゃな」
カシワギ博士の説明を聞きつつ、カシワギは嬉しそうにそのベルトを手に取ると、食い入るように見つめる。カゲトラはこの支部での怪人スーツ着用担当だった為、様々なスーツを着用してはヒーローに負けて破壊されていたのだが、これでようやく専用装備を手に入れた事になる。その嬉しさが無意識の高速スクワットに現れているのだから、相当なものだろう。
「それでじゃな。黒雷の兄弟分という事で……」
「アタシがこの筋肉と契約すればいいのね!」
塩の中でもきちんと話を聞いていたのか、ミソラがズボッと顔を出してカゲトラを見やる。
「アタシは構わないわよ。大体の事情は理解してるし、ツカサの側じゃアタシが活躍できなさそうだったからね!」
そう言い切るなりミソラは塩の山から脱し、高速スクワットをしているカゲトラと目線を合わせる為にこちらも高速で上下する。
「「よろしく!!」」
何だかんだ気の合うらしいふたりは高速で上下しながらハイタッチを交わし、高らかに笑い合いながら交流を深めていた。楽しそうで何よりである。
「彼女の生活環境を整える意味でも、カゲトラくんにはツカサくんと同じマンションに引っ越してもらおうかの。それまではツカサくんの部屋に住まわせてやってくれい」
「あっはい」
新装備を手にしたカゲトラまであのマンションに越してきたら、もはや戦力の一点集中みたいな事になりそうなものだが、まぁツカサとしては同僚が近くにいる安心感の方が勝るので問題はない。
「で、残るは悪いニュースと北海道弾丸旅行の話と予算&報酬の話、でしたか?」
ツカサにとって一番不穏な話が残ってしまった形になる。おそらくこのモルガンと名乗る占い師は、デブリヘイム事変と邪神戦線でも口を挟んできたという人物。そんな人物が直接顔を見せに来た時点で、何かが起こるのはほぼ確定なのだろう。
そんな不安顔のツカサを見ながら、モルガンは真剣な顔でひとつ頷き、
「ツカサさん。これから君の妹さんがピンチに陥ります」
と宣った。