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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第六章 『悪の組織と進むべき道』
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占い師の助言 その1

 銀行強盗の一件が片付いた翌日。

 あの後何事もなくおでん屋での遭遇を終えたツカサ達は、翌日に二日酔いを残すことなく平穏な朝を迎える事ができた。

 ノアによって財布の中身を空っぽ同然にされた大久保が泣いてさえいなければ何事もなかったと言って良いだろう。少なくともツカサには観測のしようがない出来事なので大丈夫なはずだ。

 「私は貢いで、なんて一言も言ってないわよ? ただ高いお酒が回ってきたら露骨に機嫌よく振舞っていただけ」

 なんて事を宣うノアに半目になりながらも、ツカサは黙ってトーストを齧る。

 これから仕事だというのに、朝から疲れたくない。


 「アンタ知ってる? そういうのって悪女って言うのよ、あ・く・じょ。その美貌で何人の男を誑かしたのかしら!」

 しかしそんなツッコミどころを復活したてのミソラが見逃すはずもなく。その余計なツッコミのせいで朝から扇風機の羽へと括り付けられ、首振り中風の刑に処されてしまっていた。

 「ヴァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛」

 ミソラの悲痛な悲鳴の風を受けて、片付け忘れていた風鈴がチリリンと鳴る。

 少ししたら助けてやろうかとも思ったが、その頃には既に楽しそうに笑っていたため救助は断念した。

 「失礼な子ね。私はツカサ以外誑かした事なんてないわよ?」

 少し腹立たしそうに言うノアは、垂れ流しにしているニュース番組を見つつ紅茶を嗜んでおられる。


 そう言われれば確かに、彼女は半年くらい前までは球体状をしたザ・雷の精霊、みたいなフォルムをしていた。それがデブリヘイム事変を経て人形形態となり、大精霊へと進化した事で己自身のチカラで以て人型に成れるチカラを手にしたのだ。

 「確かに、言われてみればずっと俺と一緒にいるもんな。社内では既にファンクラブまでできてるけど、あれは誑かしたとは違うだろうし」

 「そうよ。私はそんな安いオンナじゃないわ」

 その安くないオンナがツカサを誑かしている、またはいたと断言しているのに、ミソラの悲鳴が邪魔だったのかツカサはよく聞き取れていなかったらしい。その事でまたノアが不機嫌になり、中風から強風の刑へとランクアップしたが、ツカサは既に思考とツッコミを放棄している。伝わる事はないだろう。

 そんな小さなすれ違いの起きた朝は、ミソラの楽しそうな悲鳴と共にゆったりと流れていった。



 ◇



 そんな朝食の後。ツカサはヴォルト・ギアにノアとミソラを格納し、普段通り出勤となる。流石に美少女同伴で喋る人形サイズのナニモノカを連れた社会人なぞ注目の的どころか通報すら有り得る。世知辛い世の中だ。

 今日はまだカレンが修学旅行中の為、鍵を締めるのはツカサの役割だ。オートロックでもよかったのだが、ツカサはいつか締め出される予感がしているので物理キータイプとしている。

 施錠を確認し、マンションを出た先でぐーっと伸びを一回。今日の仕事を終えたらその頃にはカレン達も帰って来ているはずだ。そんな日くらい気合いをいれねば、と考えた矢先のこと。


 つんつん。

 「ひっ!?」

 不意に背中をつつかれて、ツカサは驚きのあまり前方へと全力で跳んだ後に背後を振り向き身構えた。

 「………」

 やれ敵襲かと身構えた先に居たのは、同じマンションに住む椎名であった。

 彼女は少しだけ驚いたような表情を見せると、手持ちのタブレットに何かしらを書き込みツカサへと見せる。

 『おはようございます。驚かせましたか?』

 彼女は過去の事件により人前で声を発する事ができなくなった為、現在はダークエルダーの施設でリハビリ中だ。その為に今はタブレットを使ってコミュニケーションを取ろうとしているのだろう。

 「ああ、ごめんね。完全に油断してたから少しビックリしちゃって。おはよう、椎名ちゃん」

 そう言って、ツカサは彼女の姿を改めて見やる。

 彼女は本日制服を着用しており、それはツカサの妹たるカレンが通っている学校の指定のものだ。つまりそれは、彼女のリハビリが順調である事と、すでに学校に通う許可が降りた事を示している。


 「その制服、似合ってるね。ウチの妹もその学校なんだ」

 『そうなんですか? 妹さんがいらしたんですね』

 「そうなんだ。今は修学旅行中だけど……。もしかして同学年?」

 『おそらくは。ただ私はまだ特別クラス通いなので、会ったことはないと思います』

 「そっか。早く回復するといいね」

 『はい。私もちゃんと話せるようになりたいです』

 「そうなったら今度はウチの妹に紹介させてよ。スイーツバイキングとか皆で行ったりもしたいしさ」

 『いいですね、スイーツバイキング。私も行ってみたいです!』

 「オッケー。じゃあ帰ってきたら話しておくね。あーっと……。霧崎経由でもいいんだけど、嫌じゃなかったら連絡先の交換、する?」

 『是非!』


 そんな、初めましてでもないのに初めての会話を楽しんでいたら思いのほか時間が過ぎてしまい、少々早めに家を出たのにも関わらず周囲の人通りが多くなり始めている。

 遅刻するほど遅れたわけではないが、出入口で長々と話していても他の住人の迷惑だろう。

 互いに“またね”と手を振って、ツカサと椎名はそれぞれ反対方向へと向かう。

 ちょっと手首の辺りから痛いくらいの静電気が走っているが、きっと中で喧嘩でもしているんだろとツカサは特に気にしない。

 今日は朝からいい事があったなと、上機嫌で職場へと向かうツカサであった。



 ◇



 「おはよう相棒! その子が噂のミソラちゃんか!」

 「そーよ! よろしくね筋肉さん!」

 ツカサがダークエルダーの支部へと到着するなり、ノアとミソラはヴォルト・ギアから飛び出して好き勝手に行動を始めている。

 ノアは相変わらず研究室に引きこもっているカシワギ博士の下へ行き、ミソラはどうやら律儀に挨拶回りをしているらしい。普段から騒がしいオフィスがミソラの登場によって更に姦しくなって、飛び交う男どもの熱い視線が何とも居心地の悪い気分にさせてくれる。

 モテない男連中からはやっかみの視線が届き、ノア様ファンクラブからはこれを浮気とするかどうかという議論と共に冷たい視線が突き刺さり、人形愛好家からは同士を見付けたかのような熱い視線を受け、横に立った筋肉は高速のスクワットを始めている。

 対するツカサは睨み返すでもなく、ただ嘆息して天井を仰ぐのみ。付き合い出すとめんどくさいのは分かりきっているのだ。

 それからしばらくした後に、今回のツカサがどういった目に遭ったかという簡易的な報告書が出回った段階でその好機の視線は全て同情のソレに変わっていたが。



 ◇



 「おうい、ツカサくんや」

 始業後しばらくして、引きこもっていたはずのカシワギ博士がノアを引き連れてツカサの下へと訪れた。

 両手にはベルトと剣を持ち、珍しく神妙な面持ちで佇んでいる。

 「どうしたんですか博士、そんな表情で」

 デブリヘイム事変の時ですらそんな深刻そうな顔を見せなかった彼女だ。何か問題でも起きたのだろうかと不安になる。

 「実は、君に報告せねばならん事が多くてのぉ……」

 そらきたと、ツカサは露骨に顔を顰めて見せる。

 あくまでポーズだけで、本気で嫌がっているつもりはないのだが。

 「いいニュースと悪いニュースと北海道弾丸旅行の話と予算&報酬の話とミソラくんの今後の扱いについての話、まずはどれから聞きたいかね?」

 ツカサは今度こそ本気で顔を顰めた。

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