今度は正々堂々と その3
人の輪の中心で、金属同士のぶつかる甲高い音が鳴り響く。
それは一度鳴り、二度と続き、三度目からは高速で音が連なる。
槍と旋棍による打ち合いは常人では目で追うのもやっとの速度で繰り返され、徐々に徐々に速度が増していく。
「どうした鎧野郎!防いでばかりじゃ攻撃とは言わないぜ!?」
「ふん、息巻いていられるのも今の内だぞサラマンダー!」
紅と黒は間髪入れずに打ち合いながらも、決して足を止めない。主に避け続ける黒を紅が追う形で、人の輪の中で縦横無尽に動き回る。
その二人とは対照的に、ウンディーネと怪人バショートリの方はその場からあまり動き回らない。カウンターを狙うウンディーネと、常に一撃離脱戦法を繰り返すバショートリ。その場を動かずに攻撃をいなす事を選択したウンディーネを、バショートリが八方から攻撃しているのだ。
「どうしたどうした!防戦一方ではないか!」
「……下手に動き回ってサラマンダーの邪魔をしたくないだけですよ。貴方もさっさと斬られに来てもらえます?」
気だるそうに攻撃を逸らしながら一撃で決めるべくチャンスを伺うウンディーネ。スタンロッドに加え遠距離攻撃も織り交ぜるバショートリ。お互いに焦れること無く、一種の膠着状態へと移行していた。
◇
「……よう、黒タイツのあんちゃん。この戦いはどっちに転ぶと思う?」
人の輪の外。観戦のために広場を囲む人々を後目に、屋台に並ぶ変わり者達。そのひとりが、懸命に焼きそばを焼き続ける黒タイツへと声をかけた。
「もちろんウチの黒雷が勝つ、と言いたいが……まぁ無理とは言わんが難しいだろうな」
応じる黒タイツは敗北を気にしていないように話す。焼きそばを焼くその手さばきには一切の乱れがなく、完璧なまでのタイミングで次々と大盛りのパックを仕上げていく。
「なんだ、動じてねぇな。あの広場に起死回生の罠でも仕込んでんのか?大盛りひとつくれ」
「あいよ。罠なんか仕込んじゃいないさ。俺達が仕込んだのは屋台で使う材料だけ。あっちの唐揚げは前日から特別なタレに漬けた物だし、この焼きそばの麺だってウチで打ったんだ。はい大盛り一丁ね。400円だよ」
「おう。……ますます分かんねぇな。どうして落ち着いてんだ?」
男は焼きそばを啜りながら話を続ける。どうやら納得いくまで居座るようだ。
「それはその内分かるさ。俺達はギリギリまで屋台を続けるだけでいいんだよ。ほら、そろそろ勝負が動く頃合だぞ?」
そう言った黒タイツの視線の先では、観客達が一斉に空を見上げていた。
黒雷が高々と空へ飛び上がったのだ。
◇
時は少し遡る。
黒雷の旋棍とサラマンダーの長槍による乱舞がより苛烈さを増し、衝突の度に小さな衝撃波が波紋の如く広がるようにまでなった頃。もう常人であれば指の一本すら動かせない程の運動を経ても二人の速度は留まらない。
乱舞は加速し、足さばきはより素早く精密に。一瞬のミスで勝敗が決まると理解しているからこそ、二人は常に加速を続ける。
もはやお互いに言葉はなく、あるのは時折漏らす息遣いと気合いの咆哮のみ。
そうして徐々に精錬される乱舞は人の目を引きつけ、離すことなどさせない。広場を囲む誰もが二人を注視し、誰もが固唾を飲んで見守っていた。
(そろそろ、か……)
乱舞を続けるツカサは全神経をサラマンダーの攻撃を防ぐ事に集中しながらも、頭の片隅でここらが潮時だと考える。何せ黒雷に変身した状態で、訓練以外でここまで全力稼働をした事が今までないのだ。
戦闘データの収集と真紅の旋棍の耐久テスト、更には黒雷の存在を周知させる事を目的とした今回の作戦は既に全ての目標を達成している。これ以上戦闘を長引かせて致命的な不具合でも出ようものなら、顔見せ回でヒーローに負ける雑魚怪人になりかねない。
「サラマンダーよ!名残惜しいが次の一撃で終わりにさせてもらうぞ!」
そして黒雷は跳ぶ。サラマンダーの周囲に人影が無いことを確認し、右脚を突き出し姿勢を正す。俗に言うラ〇ダーキックの姿勢である。
「ああっずるい!ラ〇ダーキックなんてカッコイイ技、鎧野郎には似合わないぜ!」
対するサラマンダーは槍を近場に放り投げ、助走距離をとる。サラマンダーの右脚に赤い光が集中し、その周囲が陽炎のように揺らめいている事から、炎の力を右脚に溜め込んでいるようだ。空中へ向けての力の行使なら被害が出ないと踏んだのだろう。
「面白い。いくぞサラマンダー!トンファーブースト……!」
黒雷の背後へ向け、両腕に構えたトンファーの先から青白い炎が伸びる。それを推進力とし黒雷は加速。エレメント能力を使用できないため、足先へは特殊な三角錐型のシールドを発生させ攻防一体の武器とする。
一方サラマンダーは助走距離を一瞬で駆け抜け、炎を纏った蹴り技でこちらを迎撃しようと飛び上がる。
「ファイアー……!」
「「キィィィィィック!!」」
二人の技は空中で激突し、周囲に大きな爆風をもたらした。
僅かの間両者の力は拮抗。しかし徐々にサラマンダー側が押し始め、それを察した黒雷が弾かれるような形で距離を取った。
「ふはは、見事だサラマンダー!この決着、しばらく預けるぞ!」
そう黒雷が叫ぶと、公園を包むように濃い霧が発生する。突然の事に防御をとったサラマンダーとウンディーネだったが、そこから一切の追撃もなく、霧が晴れる頃には屋台を含めダークエルダーの全員がその場から消えていたのであった。