銀行強盗の終わりとあれこれ その3
ミソラを連れ帰り、何だかんだあったお茶会を楽しんだ後。
「貴方、おでん屋を見つけたって話をしてたわよね。連れていきなさい」
と、どうしてもおでんが食べたい気分になったノアに強制されて、ツカサはその日の夜にまた町へと繰り出していた。
ツカサは連日おでんでも問題はないが、今外に出掛けるのは例の警察官と鉢合わせしそうで何となく不安になる。
カシワギ博士から事件現場の事後処理を聞いた感じでは、あの後に国防警察をダークエルダー直下の組織として公的に取り込んでおり、内通者が裏で色々やってくれたお陰で何とかツカサ、というかアレックスへの追求を止めさせる事に成功したらしいのだが、それはそれ。
美味いと知れたおでん屋に連日通うような好き者がツカサだけの筈がなく。
「「あ」」
やはりというか、昨日と同じ場所に屋台はあった。そしてふたりの部下を連れた翔もまたそこに居た。
ツカサ達が来る前から既に呑んでいたのか、彼らの顔は既に赤い。
「ん~? 先輩、知り合いの方っすかぁ?」
清酒の入ったカップを片手に、若干呂律の怪しい大久保がツカサ達を見やる。彼と、もうひとりの明智という女性にはどうやら認識阻害がきちんと機能しているようで、ツカサとノアの顔を見てもファミレスの一件を思い出すような素振りはないようだった。
「あ、ああ……。昨日もここで一緒に呑んだ仲でな」
翔はふたりがツカサとノアを覚えていない事に一瞬疑念を感じたようだが、傘下に入った事で何かしらの説明を受けたのか、自分を納得させるようにお猪口に注いだ酒を飲み干すとツカサ達へと手招きをした。
「あんた達も呑みに来たんだろ? なら早く座りなよ」
「ええ、言われなくてもそうするわ。おやじさん、このガンモと白滝と牛串とタマゴをちょうだい」
「あいよ」
ツカサ達の確執など知ったことかと、ノアはさっさと暖簾をくぐって席へと着いた。カウンターの四席はそれで埋まってしまったので、ツカサは仕方なく傍に広げられた折り畳みのテーブルへと向かう。
メニュー表なんてものはないので、着座する前に店主のおっちゃんへおでんを適当に見繕ってくれるよう頼み、酒は何となくで目に止まった新潟の酒を指名する。
「よう、お疲れ様」
待っている間は暇だなと思いきや、翔がわざわざ席を立って真正面の席へと座った。
まぁ、聞きたい事は山ほどあるのだろう。あまり多くは答える気はないけれど。
「おう、お疲れ様」
わざわざツカサの分のお猪口を持ってきてくれたので、有難く一杯目をちょうだいする。
軽く互いのお猪口を当て、くいっと一口。喉が焼けるような刺激と共に、腹の底がカッと熱くなる感覚が沸いてくる。
この酒もまた上質なようだ。
「あいよ」
おっちゃんがツカサの分をお出ししてくれたので、お返しとばかりにこちらの酒も翔のお猪口へと注ぐ。
「悪いな」
「おう」
互いに不器用ゆえ、返事もそこそこに。
出汁の染みたおでんをアテに酒を楽しむ、そんな贅沢を味わう時間だ。
「お姉さん美人っすねぇ~。連絡先交換しないっすかぁ?」
「お断りよ」
「えぇ~、俺じゃあダメっすかぁ~?」
「好みじゃないの。奢ってくれるなら今だけは相手にしてあげるわ」
「ぃやった~! おじさん、この人に一番いいお酒を!」
「言っておくけれど私は強いわよ?」
「おぉっ!? 言いましたねぇ。付き合ってもらいますよ~」
靡くつもりもないのに奢らさせる約束を取り付けたノアに対して苦笑しつつ、ツカサは未だに何を言おうか迷っている様子の翔を見る。
取り逃した即日にまた再会するとは思ってもみなかっただろうから、考えがうまくまとまっていないのだろう。それにしたってまだ悩むのかと問いたいくらいに閉口を続けているのだが、ツカサが酔って口を滑らし易くなるのを待っているのだろうか。
始めに頼んだ酒を飲み切りそうになった辺りで、ようやく意を決したのか翔が口を開く。
「アンタ、やっぱり……ダ」
「おそらくお察しの通りだよ。皆まで言うな、隠してるんだから」
翔の台詞に被せるように、ツカサは言い切る。
酒の席とはいえ、ここはおでん屋台。往来の場である事に変わりはないのだ。わざわざ素顔の時にダークエルダーの名前を出されたら頷くものも頷けなくなる。
「悪ィ。でもなんであく……いや、アンタみたいなのが人助けを?」
どうして悪の組織の一員なのに一般人を守り、あまつさえ翔達に戦隊ヒーロースーツなんかを渡したりしたのか、と問いたいのだろう。
それに対するツカサの返答はいつも通りだ。
「俺達には俺達なりの美学がある。それだけだよ」
そう、これが常であり、ツカサ達の普段から矛盾しているように見えるであろう行動の答えだ。
それ以上でも、以下でもない。
翔ははぐらかされたと感じたのか、少々乱暴にちくわを咀嚼し、呑み込んでまた問いかける。
「美学ねぇ。その美学ってヤツに、アンタは命を賭けられるのかい?」
翔の疑問は尤もだろう。悪の組織が美学を語ったところで、胡散臭いのは当たり前。正義の側に立つ者だからこそ、そう問いたくなるのは当たり前とも思える。
だからこそ、ツカサはこう答えるのだ。
「当たり前だろ」
と。
「そうじゃなきゃ、わざわざあんなヤベー奴と戦ったりしないっての」
「………違いねぇ」
ツカサは現に、私服にマスクのみというラフなスタイルで天翔る天竜寺との戦闘に臨んでいる。真っ先に逃げる事すら容易な上で、だ。
今までだって、これからだって。
ツカサは美学を持って戦場に立つだろう。
「変なやつだよアンタは」
翔は苦笑いをし、お猪口を手に取る。
言いたいことも、聞きたいことも多くあるが、部下が既にベロンベロンに酔い始めており、翔だけが真面目な話をしているのが馬鹿らしくなったらしい。今は酒と共に呑み込んでおくと言いたいかのようだ。
ここで出会ったのは偶然。ならまた機会もあるだろう。
だからツカサもまたお猪口を手に取り、
「「乾杯」」
軽く打ち鳴らし、今日の問答を〆とした。
酒とおでんを楽しむ時間である。
◇
そこは仄暗い一室だった。
窓も蛍光灯もなく、外に通じるドアすらないのに。なのに何故かほんのりとした光度を保つ不思議な部屋。
「──おいおい、どうなってンだこりゃア……」
そんな部屋を見渡して、天翔る天竜寺はそう呟いた。
否、呟いたと思った。
何故断言出来ないかと問われれば、今の彼なら直球でこう答えようとするだろう。
「俺の身体がねェ!」
そう、天竜寺がいくら視線を動かそうとも、その視界には部屋の内壁以外を写さない。手を掲げたつもりになっても視線の先にそれはなく、頭部を触ろうにも感触は皆無だ。下を見ても床が見えるだけだし、背後を振り返る事はどうしてかできなくなっている。
まるで固定された視点からVR空間を見ているようだと、その異質さに恐怖を覚え始めた時。突如として目の前に影が蠢いた。
「ッ! パラノイア・………くそっ」
咄嗟に己のチカラを呼び起こそうとするが、何故かこの空間までは来てくれない。
「無駄だ。この空間には余分な物は持ち込めないのだから」
蠢く影が囁く。それは不定形のまま天竜寺の眼前に漂い続け、不規則な明滅を絶えず行う球体のような光を伴っており、眩しさに目を閉じようにも瞼が無いので凝視せざるを得ない状態となっている。
「化け物め。俺になんか用事でもあンのか? 生憎と俺には用事がねェんで、さっさと帰して欲しいンだがな」
抵抗すら出来ずとも、言葉は強気に。天竜寺が言葉を発せたかどうかは定かではないが、少なくとも影にはその声が届いているらしい。
「こちらにはあるのだ」と影は手短に答え、そして。
「──さぁ、尋問を始めよう」
そこから先は天竜寺にとって人生で一番長い悪夢となり、全てを吐き出すまで解放される事はなかった。
◇
「ねぇ、これ本当に効いてるの?」
とある病院の一室。特殊な機械類に囲まれているベッドを窓ガラス越しに見つつ、男は問い掛けた。
その問い掛けの先には看護婦のような格好をした女性がおり、手元の用紙を捲りながら彼女は口を開く。
「勿論ですよ。我らダークエルダーの最新尋問兵器、【眠る兎は怪人羊の夢を見れるのか(仮名)】くんの性能を疑っているのですか?」
彼らはダークエルダーの尋問部隊。とある組織の幹部を現場の者が戦闘の末に拿捕したはいいが、厄介な能力持ちの為通常の尋問が行えず、タライ回しの上で最後におハチが回ってきたような実験的な部署の者達である。
今はその幹部、天翔る天竜寺がベッドへと固定され、脳に微弱な電波を送ることで任意の悪夢を見させるという装置の被検体となっていた。
「いやぁ、大仰な事言ってる割には何というか……」
男の視線の先では今まさに尋問の真っ最中であり、天竜寺の耳元で尋問官が何事かを囁いた後、返答がなかった際には天竜寺の身体をくすぐったり舌に下ろしたての山葵を乗っけたりと非人道的な拷問を行っているように見える。
「これが一種の最適解だと判断された結果です。決して予算不足なワケではありませんよ」
看護婦は言う。男はそれに対して何も言い返さず、
「ひとりで大怪獣バトルを繰り広げるようなヤツも、悪の組織に捕まれば平等に人間か。怖い怖い」
そう呟いて、男はただ肩を竦めた。
なんとなくウラバナシの方へ一本投稿しましたが、更新日を何故か11月11日とした為にかなり期間が空くようになっています。
おまけ程度の小話なので、思い出した時にでも読んでみてください。