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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第六章 『悪の組織と進むべき道』
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銀行強盗の終わりとあれこれ その1

 天翔る天竜寺が気絶した事により、この事件はようやく幕引きを迎えようとしていた。

 彼の手には手錠が掛けられ、仲間共々その場で無事だったパトカーに乗せられて連行されて行く。能力者対策として相手をいつまでも眠らせる事のできる夢魔タイプのヒーローが同行しているので万が一はないだろう。

 ここからはアレックスの問題だ。

 「よう、少年達。平気だったか?」

 事後対応に奔走する警察官達を後目に、アレックスは人質達を守っていたシールドを解除し、全員の拘束を解いて回る。銀行の出入口は天竜寺の攻撃で吹き飛んではいるものの、柱はまだ無事なようで崩壊は免れている。が、早めに解放してやらないと辛いだろうという判断だ。

 身動きが取れないまま冷たい床に座らされているのも苦痛であろう。


 「ありがとう! おじさん、強いんだね!」

 飴をあげた少年達……晴人とコヨミの兄妹が駆け寄ってきたので、アレックスは膝を着き、視線を合わせて言葉を返す。

 「そうだぞ。なんたって悪の組織の一員だからなぁ。……ほら、ビビって逃げ出せ」

 アレックスがふたりに手を伸ばしても、「きゃー」なんて嬉しそうに笑うだけで逃げようともしない。仕方なくふたりの頭を撫でて、ついでとばかりに棒付きキャンディを数本渡しておく。

 今日が彼らの悪い思い出にさえならなければ、それでいい。アレックスはその為に戦ったのだから。

 「あー! いいなぁ飴。アタシにもちょうだいちょうだいちょうだいちょうだい!」

 何故か離れようとしないミソラが耳元で喚いてきたのでその口に麩菓子を突っ込んで黙らせた。

 「あぁ……! ふっとくてぇ、おっきいぃ……」なんて恍惚な表情をし始めたので、これ以上はこの兄妹の情操教育に差し障ると考えさっさとその場を離れる事にする。


 「おじさん! オレ、大人になったらおじさんみたいなヒーローになるよ!」

 離れ際、晴人くんがそんな事を口にする。しかしそれは、アレックスにとっては甚だ不本意なものだ。

 「あのなぁ、俺は悪の組織の戦闘員なの! 俺を目指すよりほら、アッチの戦隊ヒーローを見習いなさい。アッチの方がカッコイイから」

 「えー、おじさんの方がカッコよかったけどなぁ」

 「えー、じゃないの」

 子供の頃から悪の戦闘員に感情移入をし始めると、大人になってから性癖やら何やらが曲がる可能性がある。流石にそれは本意ではないので、子供は素直にヒーローを応援していて欲しいものだ。

 ……まぁ、アレックスも昔からその辺を拗らせていたので、人の事を言えた義理ではないのだが。


 「晴人、コヨミ! 刑事さんがもう帰っていいって。行くよ!」

 親の呼ぶ声に、ふたりははーいと返事をし、最後にまたありがとうと言って去っていく。その後も人質となった人達は口々に感謝の言葉をアレックスへと述べ、皆がそのまま帰路へとついた。

 怪我人はおらず、精神的にショックを受けて立ち直れないような人もいない。

 万事解決である。

 「じゃあ、アレックス……いや司。署までご同行願おうか」

 そう、人気のなくなった現場で、狩人戦隊に囲まれてさえいなければ、だが。


 「……もう、ひと仕事終えたのだから、無理に頑張らなくてもよろしくてよ?」

 ゲンナリする思いを込めて、アレックスは未だに変身を解こうとしない翔を見やる。こちらもマスクを外していないし、こういう事も有り得ると思ってまだ鉄パイプも所持したままだ。

 会話を優先せずにさっさと逃げればよかったと、アレックスは己の考えの甘さを悔いるばかりである。

 「そうはいかねぇよ。アンタの素性と、このスーツと、ついでにアンタがダークエルダーって言うなら“飛竜の卵”についても聞かなきゃならん。……これはあくまで事情聴取だ、悪いようにはしないからさ」

 翔達はアレックスに聞きたい事が山積みのようだが、アレックスからは話せる事が何一つない。最後の“飛竜の卵”というのに至っては見当すら付かない。

 昨日の今日で疲れも溜まっており、さっさと違う支店に行って金をおろして帰りたいのである。付き合っていられない。


 はてどうするかと思案しているところ、チョンチョンも脇をつつく感触。そちらを見ると口いっぱいに麩菓子を詰め込んだミソラが顔の側まで飛んできて、

 「ふぃふぇふぁふぃほ?」

 と問うてきた。

 おそらく『逃げたいの?』と言っているのだろう。そりゃそうだ、という思いを込めて頷くと、ミソラは『任せて!』と言わんばかりに力こぶを作って見せ、アレックスの頭上へと飛び上がった。

 「“視覚情報切断”」

 というミソラの声と共に三条の雷が翔達へと延び、そして、

 「うわっ、何が起きた!?」

 「前見えねぇっす! 停電っすか!?」

 「おおおおちちちちおちおちおちちあわわわわわ」

 見事、戦隊スーツの視界情報だけを遮断してみせた。


 「おお、やっるぅ」

 ダークエルダー製のスーツは大体の場合、咄嗟の閃光などを遮る為に肉眼ではなくマスクのカメラを経由して視界を確保している。つまりそのカメラが機能しなければ、彼らにはマスクの内側しか見えないという事だ。

 もちろん、カメラを潰された時の対策として五秒後には肉眼モードへと切り替わるが、アレックスにはその五秒があれば十分。

 「今よ!」

 「おっけい!」

 “気功”のチカラで床を蹴り、瞬時に銀行の外へと出、向かいのビルの壁を走って屋上へ。そこから全力で走り幅跳びをすれば、彼らの視界が戻る頃には既に現場から遠く離れている。

 念には念を入れて傍にあった電話ボックスへと入り、ダークエルダー御用達の秘密通路へと入ってしまえばもはや追いかけてはこれまい。


 「全く、忙しない一日だぜ……」

 「ふふっ、でも退屈しないでしょ?」

 その場のノリでいえーいとハイタッチし、マスクを取ったところでふと我に返り隣を見やる。

 そこには未だに麩菓子を齧っている、雷の精霊ミソラが浮かんでいるではないか。

 「……ついてきたの?」

 「あら、全く知らない時代の知らない町で、仄かに神性の気配を漂わす相手を逃すほどアタシも落ちぶれてはいなくてよ?」

 言っている意味は分からないが、どうやらツカサに着いてくる気でいるらしい事は分かった。

 「ま、何とかなるだろ……」

 同族の(よし)みでノアを頼ればいいかと、ツカサはぼんやり考えながら通路を進む。

 波乱の一日は、まだ終わりそうにない。

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