狩人戦隊、いざ出陣! その3
「■■■■■■■■■■■■■■■──!!」
爆炎を宿す巨大な藁人形。それが天竜寺を取り込んだまま立ち上がり、咆哮をあげる。
「見覚えあるなぁこれ……。ウィッカーマンだっけか?」
──ウィッカーマン。
古代のドルイド教による供犠・人身御供の一種で、巨大な人型の檻の中に家畜や人間を閉じ込めて焼き殺す祭儀の一種である、らしい。
アレックスの場合はゲームの聞きかじり知識な為、燃やした藁人形が敵を閉じ込め焼き尽くすという間違った覚え方をしているのだが、今回はこちらの方が正解なのかもしれない。
「さぁさぁ! 改めて勝負といこうぜェ!」
中に閉じこもった天翔る天竜寺はまったく熱を感じていないようで、アレックス達に向けて元気よく吠えている。流石に自身のチカラで自傷する程アホではなかったらしい。
「ボルケーノ・パンチ!」
藁人形の腕がゆっくりと振り上げられ、アレックス達に向けて振り下ろされる。
「いやマズイマズイマズイ!? 逃げろォ!!」
実際は巨大さ故にゆっくりに見えているだけで、攻撃としては高速の部類だ。慌ててアレックス達が退避すると、先程まで立っていた場所に藁人形の腕が突き刺さり、不快な音と共にアスファルトを焼いた匂いが周囲に立ち込めた。
ずるりと、腕を抜いた跡は一面が灼熱と化しており、熱量の高さを窺わせる。
「ちょ、タンマタンマタンマ!! あんなのどうやって勝てって言うんすか!? こんなチャチな弓矢じゃ勝てませんよホラ!!」
半ば自暴自棄になりかけた大久保が藁人形に向けて射掛けるが、矢は藁人形に突き刺さった次の瞬間には燃え尽きる。これでは倒すどころの騒ぎではない。
アレックスにもあんな化け物と化した相手を倒す手段はない……わけではないが、その為に犠牲にするものが余りにも多いので考えものだ。
ならばせめて、相手が慢心している内に情報を引き出せないかと、アレックスは必死に思考を回転させて口を開く。
「へ……へへっ……。すげーじゃねぇの、アンタ。媒介はその指輪だな?」
アレックスは天竜寺が5つの指輪を嵌めているシーンを見ている。その全てに色違いの宝石が埋め込まれていたのは確認済みで、解析の結果も今しがた受け取った。
「ルビー、オパール、アクアマリン、ガーネット、ブラックサードニクス。みんなそれぞれに属性を持つ宝石達だ。……つまりアンタは、宝石に属性のチカラを封じ込め、戦闘中にゴーレムの属性を切り替えながら戦えるワケだな?」
地・風・水・火・雷。この五属性が先程の宝石とそれぞれ対応しており、相性がいいとされている。触媒としてはもってこいの代物だろう。
「へぇ~。黒マスク、アンタかなり勉強してんなぁ。満点だよ満点」
天竜寺は、だからどうしたと言わんばかりのつまらなさそうな拍手を返してくれる。
まぁ、彼からしたら『ここまでは見せていい手札』として晒したという事だし、今更解説されたとして、攻略されなければ問題ないという判断だろう。
実際にひとつめのボルケーノすら突破できていないのだからぐうの音も出ない。
「もういっちょ、ボルケーノ・パンチ!」
「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」
藁人形の腕が振り下ろされる度、アレックス達は右往左往と逃げ回る他ない。
「おい、おいアレックス!! 何とかならんのかアレは!?」
「うっせぇ! 俺だって考えてるんだよ!」
翔と共に並走しながら、アレックスはどうしたもんかと考えつつ、手に持った鉄パイプをドライバー代わりにその辺に落ちていたコンクリ片を打つ。それは藁人形に埋まるとすぐに溶けてなくなってしまうが、かといって何もしないのも癪なのだ。
「火に対しては水が有効なはずだけど……」
最も分かりやすい火属性の突破方法だが、生憎と誰も水属性の強力な技を習得していない。一応ブルーハンターとして大久保が扱えはするが、さっきから焼け石に水程度の効果しか出ていない。戦闘開始直後に破裂した水道管も、今は地域一帯の水道が止められて断水状態となっている。
万事休すかと思われた、そんな時であった。
「天が泣き地が叫び人が嘆く! 悪を滅ぼせと俺を呼ぶ!!」
近くのビルの屋上から、遠からん者は音に聞けとばかりの叫びが木霊する。
なんだなんだと見上げれば、そこには炎に照らされて揺れる影を背負う男がひとり。
「現場に早急、直ちにレスキュー! 空は蒼穹、市民はサンキュー! さぁさぁさぁ皆の衆! 耳の穴かっぽじってよォく聞けェ! 俺はオーキュー三番隊がひとり! 人呼んで、火事場のダンホー!!」
堂々と名乗りを決めたるは、先日のファミレスで出会ったナルシストヒーロー。気絶させた後はもう出番のないものと思っていたが、どうやらこの土壇場で登場するらしい。
「トウッ! ──シュタッ!」
わざわざポーズを決めた後、掛け声と共に屋上から飛び降りて、ヒーロー着地まで完璧にこなすナルシストヒーロー。何が彼をそこまで駆り立てるのかは分からないが、天竜寺の目の前に着地して更にポーズを決めるその執念には敬意を表したくなる。
「さぁ! 俺が現れたからにはもうあん」
「ボルケーノ・パーンチ」
「ぷぎゅっ」
安心だ、と言いたかったのかも知れないが、アレックス達に向けてサムズアップをしていて天竜寺を視野にも入れていなかったのが仇となったというか、さもありなん。
憐れなナルシストは灼熱の業火によって押し潰されてしまいましたとさ。
「いやいやいや! 綺麗に締めようとしてどうする!? 助けないと死んじまうぞ!?」
「どうやって?」
「それは……その………」
助けなければならないのはアレックスにだって分かっている。だけれども、今まで打つ手のなかった相手に対して急に打開策が浮かんだりする事は無い。無いのだ。
「なんだか知らねェが、まずはひとり……お?」
天竜寺が勝ち誇った笑みでそう告げようとした時、その笑みは突然驚きの表情へと変わる。
「──まったく、やれやれだね。俺がこの程度で負ける筈がないというのに」
その声の主はなんと、先程藁人形の腕に潰されたはずのダンホーだった。
その直後から、業火に包まれていたはずの藁人形に変化が現れる。
ダンホーを殴ったはずの腕の先から、徐々にではあるが纏っていた業火が消えていき、更には少しずつだが凍り始めているのだ。
「なっ、なんだァ!?」
驚いた天竜寺は反射的に藁人形の腕を引き抜こうと藻掻くが、残念ながらその腕は完全に地面とくっ付いて凍ってしまっている。本体が未だに燃え続けているにも関わらず溶ける様子のないその氷は、まさに異様とも表現できるものだった。
「改めて名乗らせてもらおう。俺は火事場のダンホー。地獄の業火だろうと、その悉くを凍てつかせる………火災対処のプロフェッショナルさ」
完全に凍てついた藁人形の中から、ダンホーがパチンと指を鳴らす。その瞬間、アレックス達がどうやっても対処できないと思っていた巨大藁人形は粉々に砕けて塵となった。
中から転がり落ちた、寒さに凍える天竜寺を残して。