幹部の実力 その1
直感型男の叫びと共に、銀行のシャッター全てが内側から弾け飛び、翔達もまた外へと吹き飛ばされた。
「ぐわああああああっ!!?」
あまりの衝撃に受け身も取れず、為す術なくアスファルトを転がる。
とはいえ吹き飛ばされたのはアレックス・翔・怪人達・気絶した犯人達だけ。シールドにより保護された人質達は無傷で銀行の中に取り残されているのが救いだろうか。
「な、なんだ一体! 何が起こった!?」
爆煙のような埃の舞う中、外で銀行を取り囲んでいたであろう警官やヒーロー達が騒いでいるが、中にいた翔にだって何事か分かってない。唯一状況を理解しているであろう人物の姿がどこにもないので、迂闊に声を張り上げることも出来ない。
「フハハハハ! 俺の『パラノイア・レーベン』が最強だってコト、ここで証明してやらねぇとなぁ!!」
しかし翔の警戒も他所に、不意打ちもすることなくその男は再び姿を現した。
男の右腕の傍にはこれまた半透明の、成人男性の同じような大きさをした右腕で浮いており、その腕の一振りで舞っていた土埃が吹き飛ばされる。
「改めて名乗ろう! 俺ァジャスティス白井が幹部! 人呼んで天翔る天竜寺! 笑った奴から殺してやるから、覚悟しやがれ!!」
ジャスティス白井という組織独特の、よく分からない法則の名前を堂々と名乗り、男は……天竜寺は言った。
「銃があるから威張ってる!? 怪人がいるから強気なのだァ!? 違うね! 俺が最強だから偉いのさ!!」
天竜寺はけたたましく笑いながら、その身はゆっくりと宙へ浮かぶ。そして地上から5m程の高さで停止し、その身を先程の腕と同系統の物が覆い隠した。
それは、半透明な灰色の巨人。全長は約7mほどあり、全身が岩でできているような、そんな無骨さが目立つ荒々しいフォルムをしている。その装甲はとにかく分厚くて、一昔前のファンタジー物で“ゴーレム”と呼ばれている物に酷似しているようだった。
そんな巨体が半壊した銀行を背に、翔達と対峙する。
「でけぇな……おお、でけぇなぁ!!」
「言っとる場合か! どうすんだよあんなもん!」
はしゃぐアレックスの頭を叩き、翔は改めて周囲を見回した。
今の時点で現場に集まっているのは、一般的な警察官達と多数の野次馬。目立たない場所に国防警察の面々もまた隠れているだろう。そして駆けつけたか通りがかったかしたのであろう数名の名も知れぬヒーロー(?)達。
通常の警察部隊の装備ではまず対応できないだろう。彼らは暴徒鎮圧用の装備は整っているものの、あくまで対人用に重点を置いている。ゴーレムに対応する術はないはずだ。
国防警察もまた同様。対怪人用の武装は整えていようが、それがどこまで通用するかは未知数。一般市民の避難と援護に回ってもらうのが最適だろう。
集まってくれたヒーロー達。彼らも武勇に優れているならば国防警察まで名が通るはずなのだが、残念ながら駆けつけてくれたヒーロー達の中にそういった人物は見受けられない為、今居るのは本当に小規模な活動しかしてこなかった者達なのだろう。残念ながら戦力と数えるには不安が多い。
「止められるのか、この戦力で……?」
翔自身もまたヒーロー級の戦力に対して無力なだけに、なんとも歯痒い。アレックスより借り受けたスタンロッドと盾が玩具にも思える相手を前にして、恐怖で今にも足が竦んでしまいそうだ。
援軍が到着するまでに、どれほどの被害が出るだろうか。
自分を犠牲にする事で、何人を逃がす事ができるだろうか。
そんな打算的な思考を巡らす翔の傍で。
「ふっ……ふふっ………。ふーっはっはっはっはっ!」
高らかに笑う人物がいた。
アレックスである。
◇
「テメェ……今俺の名を笑ったな!?」
もはや沸点間近、といった具合の天翔る天竜寺に対し、アレックスは『そうではない』と言わんばかりに首を振り、数歩前へと歩み出る。
「なっ! おいバカよせ!」
翔が静止を呼びかけてくるが、無視。アレックスにはアレックスの考えがあるのだ。
天竜寺もまたアレックスの態度に困惑しているようで、拳を構えるに留めている。
この場にいる誰もが注視する中、アレックスは天竜寺を見上げて大きく腕を広げると、
「いやはや、その個人での出力にフォルム! 堂々たる名乗りに最強を名乗るだけの傲慢さと底知れぬ自信! なんとも素晴らしい!」
そう絶賛した。
「「「「はぁ?」」」」
周囲の誰もが疑問符を投げかける中、アレックスの賞賛は留まらない。
「先程は狭い空間の中で腕だけを召喚? したのかね? そして広い場所ならば鎧ともなりうる巨人型とは、益々もって素晴らしい能力だ! 他にも何かできるのかね? 例えばロケットパンチとか、滑空能力とか! できれば目からビームなんて芸当ができると個人的には嬉しいのだかね!? あとあと、その状態の乗り心地なんかを一言で表すならばどういった──」
そう、いつまでも捲し立てるように話し続けるアレックス。マスクを被っているとはいえ、中身はいつもの特撮オタクであるツカサなのだ。そんなさもウ〇トラ〇ンを連想させるようなマネをされたら、否が応でも興奮してしまう、そんな厄介な生物なのである。
「……て、テメェ! べた褒めされるとちょっと気恥しいだろうがっ!? さっさと本題を言え本題を!!」
アレックスの態度にドン引きの天竜寺。若干赤面しているようだが、あの中は熱いのだろうかとかそんな思考をするアレックスであった。
「おっと、本題か。そうだな、本題は……」
アレックスはゴーレムの中にいる天竜寺を見上げ、そちらに向けて右手を伸ばし、握手でも求めるような気軽さで。
「君もダークエルダーの一員にならないか?」
そう、勧誘した。
「………んだと?」
天竜寺は眉をひそめ、アレックスを睨む。
「俺に……。俺に悪の組織に降れと言うのか、このクソがァァァァ!!」
天竜寺は吼える。あまりの怒りに我を忘れ、暴力を振るう事すらせず。
「ジャスティス白井は正義の組織だ! 正義が悪の軍門に降るなんざ、あっちゃあならねェんだよ!!」
あまりにも矛盾したその言動に、一同はなんと答えるべきなのだろうか。誰もが口を噤む中、アレックスはただ一人、クビを傾げて。
「正義が銀行強盗なぞする訳なかろうが」
そう言い放った。
「バカを言うな悪人がッ! 俺達は正義を成す為に、悪へと堕ちた組織から資金を巻き上げてンだ! ここがお前らダークエルダーの息がかかった場所だってのは調べがついてンだよ!! 悪の組織を潰してる俺達は正にジャスティス!!」
あまりの暴論。あまりに身勝手。腐敗した組織とは斯く在れかしと、それを体現したかのような男であった。
「──そうか。ならまぁ、いいか。勧誘はなし。やっぱお前らは叩く」
アレックスは鉄筋の剥き出しになったコンクリート片を鈍器のように持ち、今度は敵意を持った目で天竜寺を見上げる。
「子供達を怯えさせた罪と、その他諸々込で……ぶっ飛ばす」
「ハッ! やってみろよ。俺の『パラノイア・レーベン』はそんなに甘くねェぞ」
こうして静かに、決戦の火蓋が切って落とされた。




