立てこもり事件巻き込まれ怪人人情派 その3
ダークエルダー御用達、黒タイツの戦闘服をマスクだけ被り、ツカサは人質の輪より立つ。
「ダーク、エルダー……?」
人質の誰かがそう呟く中、ツカサは口元に人差し指を当てて静寂を促すと、簀巻きの翔を片手で持ち上げて、腕と足の拘束のみを残して縄を引きちぎり、人質から離れた床へと転がせる。
「おい、お前何して……むぐっ」
翔が何やら喧しくしそうだったので、何かのキャンペーンプレゼント用に置いてあったであろう新品のタオルを猿轡代わりに噛ませる。
後は床へと横たわっている翔に座り、見張りが戻るのを待つだけだ。
「──だからあの金庫の開け方を所員に聞けばいいだ……だ、誰だお前はッ!?」
案の定のんびりと見張り達が戻って来たので、ツカサは友好を示すように軽く手を振って、椅子にしている翔を指さした。
「ダメですよ君たち、人質からこんなに長く目を離しちゃあ。コイツ、逃げようとしていたから捕まえておいたヨ?」
こういった場面では少々胡散臭いくらいがちょうど良いと習ったので、ツカサは芝居がかった口調と仕草で立ち上がると、犯人達に対し大仰なお辞儀をする。
「ワタクシはダークエルダーの隊員。名前は……今は“アレックス”とでも名乗っておきましょうカ」
あまりの胡散臭さに犯人達もドン引きのご様子で、ツカサ……アレックスに対して銃は構えているものの撃とうという気配はない。怪人達も同様に、警戒したまま動かないので好都合である。
「久々の銀行強盗なんてイベントだから様子見しようと思いましたガ、あまりにも杜撰なので侵入した次第でス。気付かなかったでショ?」
本当は人質の中に居たのだが、犯人グループにそんな些細な事を覚えている奴がいるわけない。認識阻害装置の影響で人相が覚えられにくいようになっているのだ。翔くらいの特例でなければ、先程の兄妹ですら既にツカサの顔をぼんやり位にしか覚えていないだろう。
今の黒覆面にTシャツスラックス姿の方が余程印象に残るレベルである。
「そのダークエルダーのアレックスが、どうしてこの中に入って来た? まさか邪魔しに来たんじゃあるまいな?」
犯人の一言に、アレックスは「まさかまさか」と言いながらその場でくるくると回って見せる。銃火器を目の前にして緊張せずそんな行為ができるのは、怪人やヒーローを除けばアレックスくらいのものであろう。それが更に異様さに拍車を掛けてくれる。
「ワタクシは皆様のお手伝いに参上したのですヨ。やってる事があまりにも幼稚……いえ、初心者丸出しでしたのデ?」
「テメェ……!」
「待て撃つな! ……今そっちに撃ったらシャッターに当たる。なるべく外に状況を伝えたくない」
犯人達の中にもまだ冷静な者がいるようで、アレックスの簡単な挑発にすら引っ掛かりそうだった者達がゆっくりと銃を降ろした。
撃たれてもシールドで全弾防ぐ事はできるのだが、銃声までは誤魔化せないのでとても助かる。
「懸命な判断でス。しかし、時すでに遅し、かト?」
アレックスは置いてあったビニール傘を手に取って、ステッキのように弄ぶ。時折翔を叩いているのは犯人達に無関係だと証明する為なので、翔くんはそんな恨みが篭った目で見ないように。
「手遅れだと?」
誰もかれもが怪訝な顔。失敗している、という自覚がないのだろう。人質の無力化にも成功し、邪魔される事なく金庫破りに挑戦できる状況を見れば成功とも思えるだろうが、違うのだ。
「……いいでしょう。ではまず失敗の要点から説明いたしましょウ」
アレックスはくるりと傘を回し、まずはシャッターを示す。
「この手の銀行のセキュリティは現状、シャッターを閉めた場合は金庫に特殊なロックが掛かるようになっていまス。必要な手順を踏まない場合は即、警備会社に通報がいく為、既に外部に情報がダダ漏れだと思って頂けれバ?」
「なっ……!」
驚く犯人達。関係する所員にしか知らされない情報なので、知らないのも無理はない。ノコノコやってきた者を隔離する目的もあるので、コイツらはまんまと罠にハマったという事になる。
もちろんこのシステムはダークエルダー製である。
「つ・ぎ・に」
傘の先端を、人質の見張り役達に向ける。
「貴方達は見張りにも関わらず、人質から目を離しましタ。そうですネ?」
その言葉に、指された者達が苦い顔をする。
「その間に、ワタクシがこの中に侵入し、コイツが逃げ出しましタ。……本当にそれだけだと思いまス?」
アレックスはカツカツと、わざわざ傘の先端で床を叩きながら人質達の周囲を回る。子供達が不安そうな顔をしているので、犯人達に見えない角度の時に手でキツネサインを作ってあげると、ちょっとだけ笑ってくれた。
「貴方達が人質の質に拘らないせいで、既に何人が増減していて、何人がこの後すすり泣き、何人が身体の不調や生理現象を訴えるのか、予想がつかなくなっていまス」
銀行強盗に居合わせた老若男女、全てを捕らえて捕まえておくのはセオリー通りだが、それが正しいとも限りない。
「ワタクシと同じように侵入したヒーローが紛れているかも知れませン。子供が大泣きするかも知れませン。床は冷たい。座りっぱなしでは、必ず不調を訴える者が出るでしょウ。その対策は、できていますカ?」
残暑が続くとはいえクーラーの効いた室内。床の上に座られされ動くなと言われたら、誰だって長くは保たないだろう。それが子供や老人ならば尚更だ。
「ンなこと言ってもよォ……。なんだ、コイツらを逃がすのが正解だっていうのか?」
「Exactly」
犯人の誰かの声に、アレックスはすぐさまそう答える。
「日本では人命優先なので、人質が多くても少なくてもあまり対処に変更はありませン。むしろ敵が潜り込むのに最適な目隠しとなりまス。……無論、貴方達が民間人を殺してまで訴えたい主張があるならば別ですガ?」
そうなれば今度は我々ダークエルダーが貴方達の敵に回りますけどネ、とアレックスは付け加える。
「な、なんで悪の組織が人殺しくらいで敵になんだよ。お前らだって似たようなモンだろうがっ」
流石に国家規模の組織が敵になると言われればたじろいでしまうのか、犯人達の間にも動揺が走っているようだ。
銃火器と怪人も用意できるバックが着いているというのに、妙な話だ。コイツらはただの捨て駒なのかもしれない。
例えそうだとしても、今のアレックスにできる事をするだけだが。
「ハァ……。我々の理念について理解がなされていないようですネ。いいですカ? 『生命は資本。労働者は一日にして成らず。人の生命を奪う者は、自身もまた奪われる者でなくてはならない』。ワタクシの教訓のひとつでス。悪の組織にも美学というものがありますのデ、そこに抵触するならば誰であろうと敵になりまス。……ご理解頂けますネ?」
悪にだって踏み越えたくない一線はある。それが残された社会人らしさというか、生きていく為に必要な縛りでもあるのだ。
「ささっ。分かったら早く解放してしまいましょウ? 残すのは、そうですネ……。所長と、この簀巻きだった男と、後は奇特な志願者でも募れば」
その時だ。ワンマガジン分の射撃音が響き、人質達が悲鳴を上げたのは。
……とは言っても、撃たれたのは人質ではない。彼らは突然の銃声に驚いただけ。銃弾は全てアレックスに向けて発射され、その全てが薄いシールドによって阻まれて床に散らばっている。
「──俺ァ馬鹿だからわっかんねぇんだがよォ……」
油断なくマガジン交換を終えた、先程の乱射した男が呟く。
「オメーの言ってる事はどぉーも胡散臭くてよォ! 俺ァオメーが敵なんじゃあねぇかってずっと思ってるワケよ!」
男は叫ぶ。その行為で既に敵対したと考えたのか、アレックスを胡散臭いと感じていた者達も次々と己の得物を構え安全装置を外していく。
「おおう。直感型とはげに恐ろしき……」
今までの御託フェイズが何もかも無駄にされて、アレックスはただ途方に暮れるしかなかった。