立てこもり事件巻き込まれ怪人人情派 その2
「テメェら、動くなよ? こっちは玩具じゃねぇんだから生命の保証はねぇぞ」
運悪く銀行強盗の現場へと遭遇してしまったツカサは現在、大人しく犯人達に要求されるまま部屋の隅へと集められ、両手の親指を後ろ手にバンドで結ばれたまま座らされていた。
一人だけならば簡単に解決できる場面ではあるのだが、何せ休日昼間の銀行である。老若男女が最も多い時間なだけに、逃げ出し損ねた一般人=人質の数が多い。それに対して犯人側は銃火器で武装をした人間が複数と、怪人らしき者が少なくとも二人。単独では制圧に時間がかかってしまうので、大人しくしているのが吉と言うわけだ。
この状況で無闇に暴れられるほど、ツカサも考えなしではない。
「この男で最後ですかい?」
「ああ。コイツ、トイレの天井に張り付いてやがった。間違いなく手練だから注意しとけ」
店内の見回りに出ていた男達が戻ってきて、荒縄で簀巻きにされた何かを人質の輪の外へと放り投げる。一人だけ抵抗した者がいたようだが、呆気なく捕まったらしい。
ガツッという硬い音が床に響き、緊張で震えている人質達がビクリと反応する。
「いって! ……くそ、こっちは受け身すら取れないんだからもっと丁寧に扱えよ……」
対して投げ出された簀巻きは対して痛がった様子もなく、軽く身を転がして器用に座り込んだ。
果たしてどんな男がそんな事をするのかと、興味本位で顔を覗いて見ると。
「「あっ。……あー、ども」」
その男と目が合い、綺麗にハモった。
見知った顔というか、昨日から何かと縁がある人物。
青羽 翔であった。
◇
「……へぇー。じゃあ犯人のひとりを気絶させて、ひん剥いてなり変わろうと?」
「言い方……。まぁ、そういう事なんだけどな。どうにも勘のいい怪人が混ざってたようで、このザマさ」
「ハハッ。無様」
「お前ッ……!」
「その場で殺されなくてよかったな」
「ホント、それなー」
犯人グループの意識は金庫へと向いており、ツカサ達人質に付けられた監視は男が2人と怪人が一体。全体を監視するためにか、少し離れた場所で待機しているのでツカサと翔は堂々と小声で談笑中だ。犯人側も気づいてはいるのだろうが、縛られている者が何をしようと無駄だと考えているのか止めようともしない。
ツカサからすれば、不合格と言い渡したいくらいである。
「……で、アンタは人質役のまま終わるのか?」
不意に翔が冷たい声を出して、言った。
それはツカサに対して、どうにかできるチカラがあるのに使わないのかと、そう問うているのだ。
「んなこと言ってもなぁ」
指の結束バンドくらい、ツカサが本気を出せばすぐに千切れるし、銃火器だって我慢すれば痛いくらいで済む。怪人は面倒だが、壁をぶち破って外にさえ出てしまえばいくらでもやりようはあるのだろう。
全ては人質の存在さえなければ、の話だ。
「俺はヒーローじゃないし、何もかもを守れるほど強くもないんだ」
結局それが、ツカサの答えである。銀行の金庫が空になろうが、人命には代えられない。むしろ金を持って犯人達がアジトへと戻ってくれれば、そこに強襲を掛けて全てが解決する可能性すらあるのだ。
中途半端な事はするべきではない。
「………そうかよ」
ツカサの答えを聞いて、翔が納得したのかは分からないが。
多分、納得していないのだろうが、彼はそれ以上何も言わず、起こしていた上半身を倒して横になり、目を閉じた。
寝入ったとか、不貞腐れたワケではないだろう。彼ら国防警察の耳朶に付けられたピアスは通信機になるらしいので、おそらくそれで仲間と打ち合わせを始めたのだ。
さすが警官。捕らえられてもタダでは起きないつもりらしい。
「──おい! まだ金庫は開けられねぇのかよ!?」
一瞬の怒声に、翔の行為が勘づかれたのかと思ったが、違った。どうやら犯人グループのひとりがいつまでも戻って来ない金庫破り組に対して怒鳴ったらしい。
「うるっせぇ! こっちだって一生懸命やってんだよ邪魔すんな!!」
一方の金庫破り組も、売り言葉に買い言葉の如く汚い口調で反撃し、そのまま口論へと発展していく。
どうやらこの強盗グループ、寄せ集めなのか仲がそれほどよろしくないらしい。
なんだなんだと、見張りや巡回さえ集まって騒ぎを覗いていく始末。もちろんその間は誰も人質の方を見てやしない。
この強盗達、完全にど素人だ。付け入る隙はある。
「おい、翔さんよ。俺はこれから賭けに出るぞ」
ツカサにはこれが好機に見えた。打って出るなら今だと。
「無謀な真似はやめとけ。勝算がないのなら動くな」
対して翔はこれに否定的だ。仲間と連絡が取れ、包囲の準備が完了しつつあるのだろう。犯人達によって防災シャッターが降ろされているため確認はできないが。
それにおそらくはダークエルダーの監視も既に着いているはずだ。部隊が揃ってしまえば、後はどうとでもなる。
つまり放って置いても誰かしらが解決してくれる事件ではあるのだ。
だけど。
「兄ちゃん、怖いよぉ……」
「だ、大丈夫だよコヨミ。兄ちゃんが絶対に、守ってやるからな……」
おそらくは親と共にやってきた小さな兄妹。年齢のほどは分からないが、どちらも小学生だろう。
そんな子供達が大人の暴力に怯え、目の前に死をチラつかされている。もしも目の前で何かが起こってしまったら、きっと一生トラウマとして今日の事を抱え込んでしまうだろう。
そんな事、あってはならないのだ。
「なぁ、そこの少年」
なんとなく気が向いて、ツカサは先程の子供へと声を掛けた。その子はキョロキョロと辺りを見回すと、「オレのこと?」と言わんばかりに首を傾げる。
「そうそう、君だ。君の名前は?」
「………晴人」
何故このようなタイミングで名前を聞かれるのかと疑問に思ってはいるだろうが、渋々といった感じに答えてくれる。
……兄妹の母親らしき人物からの視線が痛いが、今は気にしている暇はない。
「そっかそっか。晴人くんとコヨミちゃんだね? 突然だけれども、飴の味なら何が好き?」
「んー……キャラメル」
「わたしプリン!」
一見するとそれは、不安を感じている子供をあやす雑談みたいなものだ。
周りの人も、他愛のない会話で子供達の気を紛らわそうとしているのだと、そう理解しているだろう。
「キャラメルとプリンだね? ……じゃあ、ほら。プレゼントだ」
ツカサはヴォルト・ギアからご注文の棒付きキャンディーを取り出すと、軽い動作で結束バンドを引きちぎり、子供らの前へと差し出した。
「えっ! すごいすごい! どこから出したの?」
「それは内緒さ」
子供達は拘束されていないため、そのまま飴を受け取って包みを開ける。これで多少は恐怖も紛れるだろう。
「なぁお巡りさんよ。これからちょっと変なこと始めるけど、黙認してくれよ?」
「なんだお前、何する気だ!? もうちょっと待てって!」
簀巻きが必死に止めようとしてくるが、それで止まるような義理はない。
動き出してしまえば、もう後戻りできない。
見張りが離れている間に立ち上がって、出迎える準備を始める。時間との勝負なのだが、そんな時。
「ねぇ、おじさんは正義の味方なの?」
そんな純粋な声が、ツカサの背へと届いた。
振り返って見てみれば、それは先ほどのコヨミと呼ばれた少女。尊敬というか、羨望が混じったその視線に対し、ツカサは軽く笑い。
「ざーんねん、悪の組織の一員でしたぁ~」
黒タイツをマスクだけ被り、笑った。