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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第六章 『悪の組織と進むべき道』
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夜の帷と会話と出会い その5

 翔の長い一人語りが終わり、静寂が訪れた。

 ツカサはただ、何と言えばいいのか分からずに出汁割を啜り、おっちゃんは黙々と調理を行っている。語り終えた翔とて、話を締めた以上は再度自ら話し出すのも辛いだろう。

 そんな無言で食事を取る時間が少し続いて、ようやくポツリとツカサが呟けたのは。

 「なんというか、お疲れ様」

 その一言だけだった。

 憐れみや同情なんてできるわけもなく。かと言って否定も肯定も、ツカサには何ができる訳でもないので。

 お疲れ様と、その一言が限界だったのだ。

 「……ああ、そうだな。話し過ぎて、ちょっと疲れた」

 翔もまた、それ以上語るでもなくそう答える。

 所詮は酔っ払いの戯言だ、と片付けるには重い話だし、かと言って笑い飛ばせるほどの度量はふたりにはない。

 〆にだされた、おっちゃん特製のおでん出汁ラーメンをひたすら啜りながら、ふたり揃ってどうしたもんかと頭を悩ませる他なかった。


 「「ごちそうさまでした」」

 そして特に会話の糸口が見つかるわけでもなく、終始無言のままふたり同時にラーメンを食い終わり、若干レモンの風味が効いたお冷を流し込む。

 酒とラーメンにより火照った身体へと染み込むようなそれは、ふたりにとっては清涼剤にも似た爽やかな心地を与えてくれるものだ。

 つくづく、プロのおでん屋台の店主とは凄い人なのだと思い知らされるばかりである。

 そこでふと、翔が思い付いたような顔をしてツカサを見た。

 「時に司さん。あんたはダークエルダーって悪の組織を知っているか?」

 そう、何気ない顔で聞いてきたのである。


 「そりゃあ知ってはいるが……。それ、このタイミングで切り出す話かぁ?」

 遂にその話題が来たかとも思ったが、それにしてはあまりにタイミングが悪い。

 何せふたりとも既に〆のラーメンを食べ切った後だ。腹ははち切れんばかりに膨れ、酒だってもう美味しく呑める余力はない。

 本当であれば、もう一言二言の会話の後に解散する流れだったはずなのだ。

 「そう、だよな。悪い悪い、もう帰るところだもんな」

 翔もまたそれに気付いたらしく、軽い手振りで会話の終了を表現し、店主のおっちゃんに「おあいそ。ふたり分纏めてでいいよ」と言って席から立った。

 どうやら奢ってくれるらしい。

 「そんな、俺も払うよ」

 「いいって。昼間は助かったし、今も話に付き合ってくれたお礼ってやつだ。奢らせてくれ」

 翔にそう言われてはツカサも無理強いできず、ありがとうとだけ言って同じく席を立つ。


 結局他の客は来なかったので、ふたりで思う存分楽しんでしまったのだが、おでん屋的にはこれでどうして成り立っているのか不思議である。

 金持ちの道楽でもない限り、平成の時代でこの客足では儲けにもならないだろうに。

 「あいよ」

 「……ん、丁度あるな。はい」

 「あいよ」

 子気味よく会計を済ませて暖簾をくぐる翔に倣い、ツカサもまたおっちゃんにご馳走様と伝えて暖簾をくぐる。

 ……どうでもいい事だが、このおっちゃん「あいよ」しか言っていない気がするのは気のせいだろうか?

 何一つ違和感なく、平然とやり取りをしていたつもりだったが、いくら思い返してもおっちゃんが「あいよ」以外のセリフを出した覚えがない。


 「どうした、何かあったか?」

 翔がツカサの様子に気付いて声をかけてくるが、流石に暖簾の向こうにおっちゃんがいる状態で話すのも何となく憚られる話題だ。

 「……いや、単純に飲み過ぎたようだ。満腹になるまでおでんを食べたのは初めてだよ」

 そう話を誤魔化して、ツカサはポンと、軽く丸みを帯びた感覚のある自身の腹を叩く。

 おでんも美味けりゃ酒も美味い。その上店主は気配り上手。これ程の屋台と巡り会えた夜に感謝せねばなるまい。

 ……暖簾の向こうで薄らと、「あいよ」という声が聞こえた気がしたが、気にしない事にしよう。


 「そりゃ、よかったな」

 翔は苦笑しつつ、会計の時に取り出した財布をズボンのポケットへと仕舞おうとした。

 が、何かに引っかかって入らないのか、翔はポケットの中をまさぐるようにして。

 零れるようにして落ちてきた結晶体が、ツカサの視線の先へと転がり落ちた。

 「「あっ」」

 ツカサがすぐさま拾おうとしたが、それよりも早く翔がソレを拾って手の平の内へと収めてしまった。

 「……なぁ、今のは?」

 恐る恐る、ツカサは探るような目線を翔に向ける。対して翔はあまり気にした様子もなく、

 「ん、これが気になるのか?」

 と、ツカサに渡そうとはしなかったが、見えるようにと手の平に乗せるようにはしてくれた。


 それは、紫色の小さな球体を内に閉ざした透明な結晶体。

 ツカサ自身、それは初めて見るものだが、中身には心当たりがある。

 「上司がこれを俺に渡してきてな。『ダークエルダーとの縁結びのお守り』だそうだよ」

 翔のノリは酷く軽いが、本当に信憑性の薄いガラクタか何かと考えている可能性がある。一応貴重品という意識だけはあるのか、すぐにまたポケットに仕舞ってはいたが。

 「……確かにそれなら、ダークエルダーの……。特にとある怪人との縁が強いだろうさ」

 今、傍にノアが居ないのが惜しい。居ればすぐに確認をし、場合によってはこの場での戦闘すら辞さなかったのに。

 確証なく暴挙に出られるほど、ツカサは酔っていない。


 「ほーう。眉唾物だと思っていたが、本物なのか。ちなみにその怪人の名は?」

 翔もまたツカサの話に興味が湧いたようで食い付いてくる。どうしてそこまで興味を持つのか、ツカサには分からなかったが、どうせこれでまた出会う可能性は生まれたのだ。

 ならば答えてしんぜよう。

 「その怪人の名は黒雷。大精霊と共にある、雷の戦士だ」

 己自身だと、名乗る勇気はなかった。

 「黒雷……。そうか、黒雷か」

 翔は何度かその名を呟くと、ひとつ頷いてツカサを見やる。

 「ありがとう。これで僅かにだけど、線ができた」

 酔っ払っているのもあってか、とても清々しい笑顔をツカサへと向ける翔。

 「……黒雷を。ダークエルダーを追ってどうするつもりなんだ?」

 その笑顔に対して、ツカサはこう聞かざるを得なかった。


 国防警察という組織として、日本最大の悪の組織であるダークエルダーを追うと言うのならばまだ分かる。だが、翔のこの感じは完全に個人によるものだ。

 いち警察官が個人で組織を追ったところで、返り討ちに遭うのは分かっているだろうに。

 「どうするつもり、か? ……そんなもの、会ってから考えるよ」

 しかし、翔の返答はツカサのどの予想よりも下回ったものだった。

 「…………は?」

 呆れてものも言えない、とはこういう事かと。

 「……相手が誰だか分かっているのか? 曲がりなりにも悪の組織だぞ。それを、目的もなく会ってみたいって?」

 「うん。まぁそうなるな」

 ツカサの再度の問い掛けに、しかし翔の答えは変わらない。

 舐められている、とは多分違う。恐れていない、というだけでもない。

 これは、

 「できればそういう人と会ってみて、色々聞いたりしてみたいんだよな。丁度今日、あんたと出会ってこうして再会したみたいにさ」


 ツカサは、目の前の男が少しだけ怖くなった。

 考え無しという訳でもないだろうに、何を考えているのか分からなくなったのだ。

ハッキリとした目的もないのに、自ら死地かも知れぬ場所へ飛び込もうとする、そんな無鉄砲さがツカサには恐ろしい。

 「そう、か。……会えるといいな」

 それ以上言葉を紡げなくなったツカサは、ただそう言う事しかできない。

 「おうよ。そろそろ終電もヤバいし、ここら辺で失礼するな。またいつか、会えたらその時も呑み交わそう」

 本当に時間がギリギリだったのか、翔は最後にそう捲し立てるように言うとさっさと駅の方へと駆けていく。

 後ろ姿で見える足取りはしっかりしており、あれだけ呑んだにも関わらず酔ってるかは微妙なところだ。


 「……帰るか」

 ほろ酔いなのもあってか思考が上手くまとまらないので、さっさと帰宅しシャワーでも浴びようかと、ツカサは自宅へ向けて歩き出す。

 ふと振り返ってみると、視線の先でおでん屋の提灯が風にゆらゆらと揺れているのが見て取れた。

 どうやら怪談のように消えてなくなったりはしないらしい。

 その事実に少しだけ安心して、今度こそ帰路へついた。


 帰宅後に、どうしてお土産がないのとノアに怒られるのはまた別のお話。

 暑い盛りですね。皆さんも熱中症にはお気を付けください。

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