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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第六章 『悪の組織と進むべき道』
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夜の帷と会話と出会い その4

 ヒーローじゃない、と答えた時の翔の表情が、少しだけ可笑しかった。それを面と向かって笑えるほど仲がいいわけではないので、ツカサはただ黙ってちくわを食する。

 「……あんたは、あれだけ強くてもヒーローではないと?」

 翔は心底驚いたように口を半開きにし、箸で摘んでいたハンペンを落とした。小皿に落ちた際に出汁が跳ねたが気に止める余裕はないらしい。

 「別に、強いからヒーローじゃないといけないなんて道理はないだろう」

 確かにツカサは、ダークヒーロープロジェクトの成果であるハクとしての顔もある。ダークエルダーは副業も許可されるので、空いた時間にヒーロー活動をしたって問題は無いのだ。

 だが、そもそもツカサは悪の組織の一員なのだ。公にできないだけに仕事は表向き公務員となってはいるが、本来は明確なヒーローの敵である。

 流石に堂々とヒーローを名乗れはしないだろう。


 「そうか、わかった。あんたも警察官とか、自衛隊とかの所属だろう? それなら納得もいく」

 「いやまぁ、そんなもんかなぁ」

 ひとりで納得するように頷く翔に合わせ、ツカサもまた言葉を濁す。組織は組織でも悪の組織なのだが、警察官相手にそんな事を言う度胸はツカサにはない。

 「やっぱりそうか。ヒーローじゃなくて職業で強い人か。それならまぁ、一安心だな」

 翔はあからさまにホッとしたようにすると、ようやく跳ねた汁に気付いたのかおしぼりで拭う。その様子を横目に見ながら、ツカサはフと気が付いて口を開く。

 「一安心、とはどういう事だ?」

 ツカサは何となく、そこに引っ掛かりを覚えたのだ。

 ヒーローとは正義の味方。そうでない事に安心などと、どういう了見なのか、と。


 「んー……」

 翔は言いたくない雰囲気を醸し出しながら、しかし箸は動かず視線も定まらない。

 「おっちゃん、俺とこの人に出汁割を。酒は俺に出した熱燗で頼むよ」

 「あいよ」

 ツカサはそれを迷いと解釈し、ダメ押しをするように酒を追加させた。

 出汁割とは簡単に言えば、日本酒をおでんの出汁で割った物だ。本来ならばメニューにないし、やってくれるかどうかは店主次第ではあるのだが、このおっちゃんは気前よく作ってから出してくれるらしい。

 まぁ、本来の量で出すはずの酒を出汁で薄めて、同じ値段を取るのだから、得をするのは店主の方なのだが。

 酔っ払いに原価換算なぞ馬の耳に念仏である。美味ければいいのだ。


 「おっと、悪いな司さん。……ぷはっ」

 グラスだと洗うのが面倒だからか、お椀で出された出汁割をそれぞれ啜る。

 元々辛口だった酒が薄められ、更に塩気が足された事で旨みが増したその酒はすんなりと喉を通り、負担ばかりをかけていた胃に少しの休息をもたらした。

 「「美味い……!」」

 ふたり同時に声を発し、それを聞いたおっちゃんが少しだけ口元を歪ませる。

 少し気恥ずかしかったが、酔っ払いのやる事だ。酒の勢いで誤魔化せる範囲ならば誤魔化せばいいのだ。

 「で、何がどうしたってんだい。まさかヒーローに親でも殺されたのか?」

 ツカサは冗談のつもりで言ったつもりだったが、明らかに翔の顔が曇ったので、慌てて居住まいを正して頭を垂れる。

 「悪い、変なことを言ってしまった」

 酒の席とはいえ、こういう話題はタブーだったとツカサは反省する他ない。本人にとっては、いつまでも癒えない傷として残るのだ。茶化していいものではなかった。


 平謝りする姿勢のツカサに対して、翔はゆるゆると首を振ると、冷めたハンペンに齧りついて数度咀嚼してから、そうじゃないんだと言葉を紡ぐ。

 「………長い話になるが、聞いてくれるか?」

 翔の言葉に応えるように、ツカサは黙ってお猪口を掲げる。翔もそれに倣って無言の乾杯を交わすと、互いにそれを一気に煽り、息を吐いた。

 無言でおっちゃんが互いのお猪口に酒を注いでくれて、ついでに摘めるようにか冷奴をふたつ用意してくれた。その後はツカサ達に背を向け、食器の手入れを始めている。

 どこまでも気の利くおっちゃんであった。

 「──あれは、俺がまだ小学生の頃だったんだ」

 そしてようやく、翔の自分語りが始まった。



 ◇



 俺には8つ歳上の兄がいたんだ。そう、いた、だからまぁ、想像している通りだ。

 その兄が、家族に隠れてヒーロー活動をしていてな。深夜に窓から出ていこうとする兄を見つけて、俺にだけこっそりと教えてくれて。その時は単純に兄が凄くカッコよくて素晴らしい人なんだと、ただその一心で応援していたよ。

 大した活躍はしていなかったけど、自慢の兄でさ。誰にも言いふらさないように必死に耐えてた。隠していた方が格好良いだろって、兄が口癖のように言ってたからな。


 まぁしかし、時代が悪かったんだろうかね。

 当時の兄には恋人がいてさ。美人だったよ。幼いながらも惚れそうになるくらいにな。

 で、その人がある日、悪の組織に攫われたんだ。

 突然だった。後から知った話だけど、なんの理由もなしに、ただその場にいたからって理由で攫われたらしい。

 ……その人がどうなったかだって?

 あの時代は、モラルなんてものが無かったからな。悪事を働くなら徹底的に、って時代さ。

 改造されたんだよ。それ以上は言いたくない。すまないな。


 んでだ、兄はキレた。どうしようもなくな。

 何もかもに八つ当たりして、ぶっ壊して、ぶっ壊われて。

 そして、いなくなった。

 今じゃどこで何をしているかも分からん。親族の誰にも連絡を寄越さないし、ヒーロー活動をしているって話も聞かない。

 ん? ああ、行方不明扱いだよ。死んでるかどうかすら分からない。

 想像してたのと違うって? 似たようなもんだろ。

 その悪の組織か? さあな。兄が失踪してから数年後に壊滅したってニュースを見ただけだ。その後はどうなっているやら……。


 で、だな。ぶっちゃけ俺はヒーローってのが嫌いだ。

 たまたま、偶然、チカラを持ったからって、それを人助けに充てようとする奴らがな。

 奴らの、自分の事を顧みない行動が嫌いだ。

 周りを心配させまいと、一生懸命に意地を張ってキズを隠し通そうとする。その心体共々、な。

 そして致命的な所までいって、ようやく周りにバレて。

 そこでようやく、周囲の人間は知るんだぜ?

 「信用されていなかった。味方になれなかった。助けにもなってやれなかった。護られているばかりだった」

 ってな。

 親父は自分を責めたし、母は一晩中泣いてたよ。

 家族揃って、『どうして』が口癖になってた。


 ……話が逸れてる気がするな。

 とにかく、強いチカラは組織に属して管理されてこそ、だと俺は思ってる。ヒーローも悪人も、個人で好き勝手やってた奴らを俺は何人も逮捕してきたんだ。

 だからさ、アンタも。驕らず、慢心せず、それでいて自由に生きてくれよ。

 己の中で一線を引ける人間こそが、本当に強いのだと俺は思ってるからな。


 あー。長く話し過ぎてちょっと疲れたな。

 おっちゃん、オススメの呑み方はあるかい?

 ……ふん、ふん。ほーう、そりゃ美味そうだ。

 じゃあ2人分頼むよ。俺の話はこれで終わりさ。

 ん? ……ああ、ほれ。乾杯。

 後半はちょっといつもと違う書き方をしてみましたが、読みにくい等はありませんでしょうかね。

 私もいつかおでん屋台に巡り会って、出汁割を頼んでみたいものです。

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