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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第六章 『悪の組織と進むべき道』
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夜の帷と会話と出会い その3

 「……やあやあ、これは昼間の警察官さん。奇遇ですね」

 ツカサは水鏡 美月を送った帰り、たまたま出会ったおでん屋台で一杯引っ掛けようかと考えて暖簾をくぐった。しかしその先で、一度だけとはいえ顔見知りと出会うのは想定外である。

 そして何よりもまず、違和感があった。

 (認識阻害が効いていない……?)

 ツカサの装備しているヴォルト・ギアという名の多機能型腕時計は、ノアの住処であったり変身ベルトなりを取り寄せる機能も付いているのだが、そんな目立つ機能の他に『認識阻害装置』としての機能も付いている。

 その機能は常時機能しているはずで、この機能さえあればツカサの顔を一度か二度見た程度では数分でイメージがボヤけてマトモに覚えていられなくなるはずなのだ。

 例外として、顔と名前を同時に覚えられてしまった場合は効果が薄れるのだが、今回の場合は彼がツカサを『超人』と呼んでいる事もあるし、そもそも名乗っていないのだから当てはまらないはずなのだ。

 つまり彼は例外中の例外、認識阻害が効かない人種となる。

 (稀にいる()()()とは博士から聞いていたけれども、厄介だな……)

 ツカサは悪の組織に所属しているのもあって、国家権力が苦手である。特に敵に回る可能性がある人物は特に、だ。

 なまじ生身での戦闘能力の高さを見せてしまっているから、もしも敵対した場合はそれを踏まえて戦力を用意して来るだろう。

 面倒な事この上ない。


 ツカサはとりあえず、警察官……青羽 翔からひとつ離れた席に座ろうとしたのだが、翔がそれを許さなかった。ツカサが席へと座る前に手招きをされて、椅子をハンカチで拭かれてしまってはそれを意図的に避けるのも躊躇してしまうものだ。

 ツカサが仕方なく隣へと座ると、翔は慣れた様子で注文を行ってくれた。正直おでん屋台初心者のツカサとしては、誰かがリードしてくれるなら有難い。

 もしも店主が頑固一徹で、独自のルールやマナーを守らない相手は問答無用で蹴っ飛ばす、なんて性格だったら初手で詰んでた可能性だってあったのだ。

 せっかく勇気を出して暖簾をくぐったのだから、それ相応の楽しさを味わいたいものである。


 「まずは再会を祝して乾杯、でいいか超人」

 「それで呼ばれ続けるのは面映ゆいからやめてくれ。俺の事は司でいい」

 もう誤魔化す事もできなさそうなので、ツカサは素直にコードネームを明かす。流石に超人呼びを続けられると店主や他の客にも顔を覚えられかねない。

 幸い歳も近いようだし、お互いにオフなのだから敬語はなしでいいだろう。呑む時くらいはリラックスしたいのだ。

 「そうか。じゃあ俺のことも(あきら)でいい。……咄嗟に出たとはいえ、気に入っていたんだがな、超人。嫌か?」

 「誰が好き好んでスーパーマン呼びを許容するんだ。こちとら日本在住の普通のサラリーマンだぞ」

 「ははっ、普通か。俺が思っているよりも存外、日本とは物騒な国らしい。……乾杯」


 陶器同士を打ち合わせた子気味のいい音が鳴り、透明の液体が揺れる。それを互いにグイと飲み干せば、喉の奥が焼けるような感覚の後に、爽やかな米の香りと風味が鼻を抜けた。

 銘柄の表記すらない熱燗であったが、不思議とツカサの口に合う名酒だったらしい。

 すぐさま熱々のダイコンを箸で割り、カラシを付けて口へと放る。火傷しそうな思いをしながら、ハフハフと熱気を逃がしつつ咀嚼し飲み込めば、それはもはや極楽だ。

 酒とおでんの熱が腹の底から体を温めてくれて、ツカサは胃の欲するままにまたお猪口へと手をかける。

 美味い酒は水の如く流れてゆき、それがまた次のおでんを喰らう為の原動力となる。

 「……うまい」

 ツカサにとっては初めてのおでん屋台であったが、ここまで美味いとは恐れ入った。

 それを見て店主のおっちゃんは厳つい顔で微笑むと、何やら準備を始め。

 「あいよ」

 今度は牛すじとハンペン、それにグラスへ並々と注がれた日本酒を出してくれた。

 どうやら今度はこっちの合わせを楽しんでみろと、そう言いたいらしい。


 「──いただきます」

 ツカサはまず、牛すじ串を手に取った。隣では翔が串の手元側から一気にこそげ食うやり方をしており、ツカサもまたそれに倣う。

 熱々の出汁に浸かっていた肉は程よく柔らかく、かといって食感が崩れるほどではない。もちもちした弾力を味わってから飲み込んで、後を追わせるように日本酒を口に含む。

 お猪口でもらった物よりも更に辛口の酒が喉を焼き、嚥下した後もじわじわと胃を焼くような感触に、ツカサは文字通り舌を巻いた。

 「……ぷはっ」

 思わず、息を止めてしまうほどの快楽が胃袋を刺激し、もっともっとと、囀る雛のように蠢く欲求のままに箸をとる。

 ハンペン、ダイコン。たまごにちくわぶにきんちゃく。どれもこれもが店主のおっちゃん秘伝の味だった。

 コンビニや家で食べるのとはまた違う、一風変わった風味を持つおでんを前に、酒を抑えられるわけがない。

 気付けばグラスも徳利も空になっており、次を頼もうと顔を上げれば、そこでは既におっちゃんが別のお酒とお冷を用意してくれている。

 そのような待遇に、おでん屋台へと憧れを抱いていたツカサがどうして抗えようか。

 慣れていそうな翔でさえ、既に四合を空けているのだ。

 ツカサは今、自制心を捨てた。



 ◇



 「……なぁ、超人。黙って呑むのもいいが、少し話をしないか?」

 「……だからその呼び名をするなと言ったろう。なんだ

翔さん」

 既にほろ酔いと言えるレベルを超えた、しかしまだちゃんと意識して問答ができる程度の酔いの中。翔は小皿に残った出汁をちびちびと啜りつつ、隣に座る司と名乗った青年に声を掛けた。

 「あんた、俗に言う“ヒーロー”ってやつなのかい?」

 翔が司と出会ってからずっと思っていた疑問。それが今ようやく口に出すことができた。

 「なんだ、おかしな事を聞きたがるな」

 対する司は、大して気負わずにのんびりと構えている。

 その様子を見て、翔は少しだけ警戒のレベルを下げた。

 理知的とはいえ、相手は中華鍋ひとつで特殊部隊を壊滅させ、怪人はおろかヒーローでさえワンパンで沈めた正真正銘の化け物である。翔だって警察官として訓練を積んだ精鋭という自負があるのに、目の前のこの男に対しては全く勝てるビジョンが浮かばないのだ。

 何かが彼の気に触った刹那、次に目覚めた時は病院のベッドの上、というイメージをどうしたって払拭できない。


 (これが、格上と相対した時の恐怖ってやつなのか……)

 翔は出汁を飲む振りをして生唾を飲み、ただただ返答を待った。

 一秒がこんなに長く感じた事もそうは無いってくらいに緊張し、司の一挙手一投足の全てに対して怯えるように四肢へと震えが走る。

 傍から見れば、話しかけておいて何をしているんだと思われることだろう。しかし翔は、どうしてもこの場で問うてみたかったのだ。

 「俺はヒーローじゃないよ。モドキっぽい事はするけどね」

 ようやく本人の口から出た言葉は、翔にとっては少々予想外のものだった。

 涼しくなったらおでん食べたいですね。

 頑張ってこの猛暑を生き残りましょう。

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