夕焼けと、赤・青・黒。そして、 その3
流石にこれ以上未成年を人気のない場所に拘束してはおけないと、ツカサとの口論の途中でノアが切り出した事で今回の邂逅は終了となった。
本格的な夏はもう過ぎたとはいえ、未だ日が沈むまでには時間がかかる。
つまり完全に沈んだ今の時間は、既に夜の7時過ぎと相成ったワケだ。
「ごめんな、こんな時間まで付き合わせて」
日向と水鏡がノアとの会話を優先したのが原因とはいえ、責任は社会人であるツカサにある。
なので現在、ツカサとノアはふたりの帰路へと付き添って歩いている次第だ。
もちろんツカサは既に家を知っている水鏡家へ、ノアは日向家へと向かう算段だ。付き添いとはいえ、成人男性が自宅まで送るのはどうかととツカサが思っただけであるが。
ちなみに着替えは変身機構と同じ場所に納めてある、と言い訳して着替え済である。でなければ間違いなく通報されているだろう。
「いえ、私達も今日は夢中になってしまって、申し訳ありません……」
「いいんですよ~。いい女ってのは多少男に迷惑をかけるくらいで丁度いいんですからぁ」
「……安室、それはどの立場で話しているんだ?」
「ヤダなぁ司先輩、いつもみたいにノアって呼び捨てにしてくださいよぉ。私達の仲じゃないですかぁ」
「ぁイテッ!? ばっ、引っ付くなっ! 静電気がめちゃくちゃ痛いっ!! なんなんだよ今日は!?」
申し訳なさそうにする水鏡の言葉にノアが答え、それにツッコミを入れたら腕を絡める振りをして静電気による猛攻を仕掛けてくる。
普段はこんなにベタベタしてこないものだから、ツカサとしてもどうしていいかわからず防戦一方だ。
本当に一体どうしたのだろうか。
「……あ、じゃあオレはこの辺りで。それじゃあまた」
途中の分かれ道で、日向がそう言って片腕を上げて挨拶をする。そこでノアがようやくツカサの腕を離し、今度は日向の手を取って振り向いた。
「じゃ、私は陽ちゃんに付いていくので! ……司先輩、また後でね♡」
「お、おう……。待て、“後で”ってなんだ、何する気なんだ?」
「ふふふふふ」
ツカサの疑問にノアは答えもせず、日向を引っ張るようにして連れ去っていった。
相変わらず匂わせるような言動ばかりで、ツカサは意図も読めず困惑するばかりである。
「……なんなんだよ、ったく。それじゃ水鏡さん、行こうか」
「はい、よろしくお願いします」
とにかく、こちらはツカサと水鏡さんのふたりでの移動となる。
黒タイツ状態では長く話したが、生身での、ツカサとしてはあまり会話らしい事はしていないに近しい。
案の定、お互いに無言のまま夜道を歩く事になる。
「あの……」
不意に静寂を破ったのは、水鏡の方だった。
「……その。司さんは、ダークエルダーについて、どう思っていますか?」
真剣な、だけど迷うように揺れた眼差しで、そう問うてきたのだ。
「んー。そう、だなぁ……」
あの日の言動を思えば、予測できた質問ではあった。
悪の組織ながらも、矛盾したような行動の多い組織、ダークエルダー。
その行動に疑問を抱いた彼女からしたら、その組織を仕事として追っているツカサはこれ以上ない情報源であろう。
何と答えれば角が立たないか、ツカサはそれを考えながら道端の小石を蹴りあげた。
◇
「司先輩のコト、実は気になってます?」
一方その頃、ツカサ達と別れた日向 陽&ノア組は仲良く手を繋ぎつつ、人通りの多い通りを歩いていた。
「え、突然なに?」
ふたりの姿が見えなくなってからしばらくして、急にそんな話題から入られたら陽としても困惑するしかない。
この希空と名乗る女性とは今日が初対面だ。確かに話上手で同性でもあるから、不思議と警戒心も抱けずにいたのだが、その話題に触れられてふと我に返る。
どうして自分は、出会って数時間しか経っていないような相手と手を繋いで歩いているのかと。
思えば、普段なら赤の他人に対しては常に警戒しているはずの美月ですら陥落していた。何かあったらどちらか片方が必ずストッパー役になろうと誓い合ったふたりが、ほぼ同時にだ。
いくらなんでもこれはおかしいと、絡んだ指を解いて腕を振り払おうとしたのだが。
「ふふっ。そんな邪険にしないでよ、陽ちゃん?」
と、甘い声を耳元で囁かれ、背筋を人差し指で撫でられただけで思わず力が抜けてしまう。
「……アンタ、いったい………。何者、なんだ?」
抗いきれない謎の快楽と脱力を気合で必死に耐えながら、陽は全力でノアを睨みつけた。
全てを委ねてしまいたい本能と、そんな危険な真似ができるかと抵抗する理性が拮抗し、今にも抜けそうになる腰を懸命に支えながら、しかしそれ以上の事ができずに無様にノアの腕へと縋り付く。
周りの人から見れば、それは優しい姉に甘える妹のようにも見えるだろう。実際はそう見えるギリギリのところで陽の理性が保っているだけなのであるが。
人目のないところで同じ事をされたら、きっと陽は生殺与奪の権利すらノアに委ねてしまいそうで、その事実に対しゾッとする。
一体何が陽をそうさせるのか、さっぱり分からないままなのが更に恐怖を掻き立てるが、それでも蕩けきった本能は未だに正常に戻ろうともしない。
「安心してよ。別に取って食おうなんて考えてないから」
ノアは空いている手で陽の頭を撫で、近くにあったベンチへと座る。されるがままの陽も一緒にだ。
周囲の人は、そんなふたりを気にも止めない。
「それじゃ、ちょっとだけお話しよっか、陽ちゃん?」
ノアからすればただの悪ふざけに近い行為が、陽にはそれが、生死を左右する物にも感じられた。
◇
支部長が取り出したのは、彼曰く『精霊ヴォルトの封印石』。
これがあればダークエルダーとの縁結びとなるらしいが。
「矛盾した行為なのは理解しているがね。組織の思惑と私個人の思惑は別なのさ」
とりあえず持っているだけでいい、何かに使う必要はないと支部長は言い切る。翔はしかし、どうにもそれを受け入れ難い。
「調査も逮捕もできない相手に対して縁を結んだところで、私に何のメリットがあると?」
たった今そういう誓約書にサインさせたばかりなのに、と
示すべく数枚の紙束を指で弾く。
出会ったところで見逃すしかない悪なんて、どうしろと言うのか。
しかし支部長は、そんな不貞腐れたような翔の態度を笑い飛ばして言う。
「なぁに、多分君にとっては会って損はないと断言するよ。世間で噂の悪の組織に取り入るチャンスでもあるんだ。お代は要らないよ?」
「そういう所がますます怪しいんですよ」
「いいからいいから」
そういう問答がしばらく続いた後、翔はとりあえず受け取るだけはする事にした。というか受け取らなければ帰らせてもらえなかったというのが正しい。
受け取ったら今度は放り出されるようにして支部を追い出され、本日の勤務もこれで終了となった。
「……なんなんだ、まったく……」
何もかも意味不明な一日だったと翔はボヤき、今日だけは外で呑んでから帰る事にした。
◇
「さて、と」
翔を追い出した支部長はお茶を飲んで一息。
懐よりスマホを取り出し、とある番号へと電話を掛ける。
『……なんじゃ?』
十数コールの後に出た相手の声はガラガラに枯れており、明らかに不機嫌そうなのが伺える。
普段はもっと聞き心地の良いハスキーボイスなのに、勿体ない。
「なに、ちょっとした交渉だよ、博士」
支部長はそれでも機嫌よく笑いながら、デスクに体重を預けて窓の外を見やる。
外はすっかり暗くなったが、雲は少なく月光がよく映える。
帰り際に一杯引っ掛けるには丁度良い空模様だろう。
電話先の相手はデカいため息を吐き。
『ワシが今クソほど忙しいのを分かってて、それでも面倒事を押し付けてくるのはお前さんくらいじゃよ』
一息。
『ブロッサム中佐』
支部長……ブロッサム中佐はただ、ニヤリと笑う。
視点がコロコロ変わってすいません。
もう少しで終わるはずなので、御付き合いください。




