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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第六章 『悪の組織と進むべき道』
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夕焼けと、赤・青・黒。そして、 その2

 夕焼けの見える公園に、ツカサと日向・水鏡ペアが揃っているこの最中、突如として現れた銀髪の美少女。

 声がノアのものだし、ツカサの事を「司先輩♪」と呼ぶような知り合いなんて存在しないのだから、十中八九彼女のイタズラなのは間違いないのだが。

 (え、どうするのそのノリ)

 打ち合わせもなしに、突如プライベートに近い雰囲気の中を割って入る美少女に対して、ツカサは対応する術を持たない。

 そしてそんな事はお構い無しに、ノアと思われる銀髪美少女はツカサへと近付き、少々オーバーリアクション気味の『私怒ってます』ポーズをキメる。

 何から何まであざとい。

 「もぉ~。ご飯の後は私の愚痴に付き合ってくれるって約束したじゃないですかぁー。まさか忘れてって……あら?」

 一方的に捲し立てておきながら、その途中であたかも『今気付きました』的なノリで日向達の方を見やるノア。

 そしてその表情は満面の笑みへと変わる。

 (待て待て待て待て、おいノア何をする気だ!?)

 頭の中ではこの接触が悪い方向へ流れるのは分かりきっているのだが、咄嗟に声が出ないのは会話慣れしていない者の性である。


 そうやってツカサがオロオロしている間に、ノアはツカサの傍を離れ、呆気に取られている日向達に近付いていた。

 そうして何をやらかすかと思えば、

 「はじめまして。私、安室 希空(アムロ ノア)っていいます。おふたりのお噂はかねがね、聞き及んでおりますよ?」

 と、丁寧に挨拶をし、名刺まで差し出したのであった。



 ◇



 そこからはもうノアの独壇場である。

 対ダークエルダーの観察員として度々無茶をするツカサに対し、その活動を補助する為に追加で派遣されたパートナーである、との半分ウソみたいな話から入り、水鏡の流派に対して精通したような知識を披露し、日向の特撮好きに対して一定の理解と共感を表明し、蚊帳の外となったツカサに対しては多少のフォローのみで放置した。

 普段のツンケンした態度とは違う、話し上手で聞き上手。

 話題の回し方がとにかく絶妙で、ふたりが触れられたくない話題だと分かるとすぐ様方向転換する器用さと、疑われない程度に情報を開示する立ち回りに、ツカサならば絶対に聞き出せないであろう私生活の愚痴やら悩みまで引き出す大胆さ。

 本当にこれがあの、最初期は人語すら介さなかった大精霊様なのかと、そう疑ってしまう程の饒舌っぷりにツカサはただ唖然とするほかない。

 これで自分が蚊帳の外でなければと、多少の虚しさを感じながら缶コーヒーを片手に夕焼けを見つめることしばらく。


 気が付けば、ふたりはすっかりノアの話術へと乗せられていて。夕陽が沈んでからもしばらく後まで、会話は途切れる事はなく続いていた。

 「希空さん、今度ウチの道場に見学に来ませんか? 一度だけでもいいので是非手合わせを」

 「道場見学もいいけど、今度オレと夜通しで特撮談義でもしないか? ちょうどこの前に10周年を迎えた作品があってさ!」

 ふたりは完全にノアに取り込まれ、無垢な笑顔を向けている。

 ツカサとしては『騙されているぞ』と叫んでやりたい気持ちもあるが、そうした場合はノアが大精霊である事の説明と証明から行う羽目になり、そこからツカサ=黒雷へと結びつくのも時間の問題となろう。ノアが人前へと姿を現した時点で、ツカサは静観しか取れる手段がないのである。

 一体何を考えてこんな事をしでかしたのか、ツカサには理解できない。


 「あらあら。誘ってもらえるのは嬉しいけれど、あんまり司先輩から離れると、あの人子供みたいに拗ねちゃうから。ごめんなさいね」

「誰が子供みたいだ、コラ」

 (だんま)りを決め込もうとした矢先、蚊帳の外からいきなり話題の中心へと放り込まれ、ツッコミを余儀なくされるツカサ。

 ここでふたりも一度頭をリセットできたようで、少しだけ身を引いてノアとツカサの会話を邪魔しないような位置に動く。

 ノアがここまで計算してやっているのなら恐れ入る。


 「あら、いたの?」

 ノアは相変わらずの笑みのまま、ツカサへと問う。

 「いたの? じゃないだろ。ずっと居たし何なら俺を探しに来たんじゃなかったのか」

 ツカサとしては蚊帳の外でも問題はなかったのだが、会話に混ぜられた以上はきちんとキャッチボールを返さなければならない。

 例えそれがツッコミばかりになろうとも、だ。

 「あ、あー! そーでした。『美少女と話せる機会なんて貴重』だから、すっかり忘れていましたわぁ~」

 「わざとらしい言い方しやがって……」

 相変わらずノアの考えが読めず、困惑するしかないツカサ。

 わざわざ『精霊として自在に姿を隠せる存在が、人の姿で人間と接触した』のだ。

 深い意味がある気もするし、ない気もする。

 どうしてパートナーの思考をこんな場所で読まねばならないのかと、終始困惑したまま会話は続く。



 ◇



 時を同じくして、翔もまた支部長の思考を読めずにいた。

 「ほら、そんな物騒な物を早くしまいたまえ。不利になるのは君の方だぞ?」

 先程の匂わせ発言の後、電磁警棒を突きつけられていてもこの余裕だ。

 現に彼は自身を『我々』と表現しただけで、ダークエルダーの一員とは一言も言っていない。つまり勝手に邪推して勝手に行動しているのは翔の側となる。

 カメラ映像並びに録音が残っていたとしても、状況不利なのは間違いなく翔だった。

 「………どういうつもりですか」

 翔には彼がどうしたいのか、何の目的があるのかさっぱり理解できない。国防、なんて大仰な名前を背負ってはいるが、結局は一介の警察官に過ぎない翔に対して何を求めているのだろうか。

 そんな困惑している翔を見かねてか、支部長の表情が少しだけ柔らかくなり、翔に着席を促すと共に自らお茶の用意を始めた。

 お揃いの、魚の名前が大量に書かれた古臭い湯呑みが並ぶ。


 「私の目的が読めなくて困っている、と言ったところだろう? だが残念ながら、私の要求はこちらの紙っぺらに書かれた内容のみなのだよ。ついでに本部の名物を見たくなっただけでな」

 本部の名物、というのは翔の事だろうか。確かに翔は時折“熱血警官”なんて呼ばれる事もあるが、それで名物とされる意味が分からない。

 その事を素直に伝えれば、支部長は「そういうところだぞ」なんて言って笑っていた。

 「……私もね、かつては悪を赦すべからず、なんて思っていた時期もあったのさ。でも、いざこの席に座ったら、悪にも正義にも多種多様な側面があるのが見えたんだよ」

 そうため息混じりに語る支部長の表情は疲れきっており、先程までの笑みは鳴りを潜めてしまっていた。

 翔の前にいるのは、年相応にやつれた、くたびれたおっさん。

 翔は思わず湯呑みを手に取り、少し冷ましてから中身を半分ほど飲み干す。毒や薬の心配なんてしてはいない。

 喉を潤し、言葉を探すための間だ。


 「分かりませんね。『正義の反対は別の正義』、なんて言葉はよく耳にしますが、悪にもまたそういった側面がある、という話ですか?」

 翔もこの仕事についてからそれなりになる。これまでに逮捕してきた『自称正義の代弁者』の数は二桁に入ってから数えていない。

 自分こそ正しいと思い込んでいる者は多く、それが一般人であればまだマシだが、稀にヒーローのようにチカラを持つ者が正義にとち狂ってしまうとタチが悪いのだ。

 そしてその者達は“悪”とされ、他の“正義”のヒーロー達によって倒される。

 それが今の日本のヒーロー社会。言ってしまえば弱肉強食の、勝ったものが正義とされる世界。

 悪とは、負けた側が掲げていた正義なのである。

 強さこそが絶対なのだ。


 「そもそも我々は、“正義と悪”で二分割できるほど単純な生物じゃないと思うけどね。ただ人間は、敵と味方がハッキリしてると安心するんだ。個人の主観で見た時に、正義なら味方で悪なら敵、なんて具合にね」

 支部長はそこまで話した後、唐突に話が逸れたと言って会話を打ち切り、黙って用紙とボールペンを翔へと差し出した。

 早く署名を済ませろと言いたいらしい。

 「……貴方が何を考えているのか、俺には全く分かりませんよ」

 翔には、此度の問答の意味がさっぱり分からない。

 何を確かめたかったのか、何を求めていたのか。

 分からない事だらけだ。

 それでもサインをしなければならないのが公務員の悲しい定めである。

 「分からなくても問題ないよ。ただ私は、君に直接会って、これを託す事ができるかを確かめたかっただけだからね」


 そう言って支部長が懐から取り出したのは、何かの結晶のような菱形の立方体。

 「……これは?」

 翔には価値の分からない物だが、支部長がもったいぶって出すくらいだから大事な物なのだろう。

 拾い上げて中身を透かして見てみれば、その菱形の中央には紫色をした球体がひとつ。

 「コイツは騒乱の種。君が望むとしたら、これ以上ないダークエルダーとの縁結びの御守りさ」

 一息。

 「コイツには、精霊ヴォルトが封印されているからね」

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