夕焼けと、赤・青・黒。そして、 その1
ファミレスで一悶着あったその日の帰り際。
ツカサは久しぶりに、夕焼けの見える公園へとやって来ていた。
夏祭り以降は何だかんだ忙しく、ここに顔を出せなかったのだ。
秩父の一件でブレイヴ・ウンディーネの正体を知ってしまった事もあり、顔を合わせ辛かったという側面もある。
(ウンディーネが水鏡さんで、ウチの妹がシルフィ。そしてノームが土浦さん、と。これもうサラマンダーは日向さん以外いないよなぁ……)
知り合いの美少女(ひとり身内)がみんな精霊戦士で、自分がそれと敵対する悪の組織の怪人だとは何ともできた話だ。
妹がダークエルダーに所属しているので四面楚歌とまでは言わないが、周りが敵だらけなのは恐怖すら覚える。
知らずに立ち回った結果、とりあえずツカサはヒーロー側の人間として認識されているのだけは僥倖と言ったところだろうか。
「別に約束もしていないのだから、嫌なら行かなければいいじゃない」
ご飯を食べたらもう外にいる理由はないと、ヴォルト・ギアへと戻ったノアがそう声をかけてくるが。
「連絡先まで交換してるし、妹とも知己だしなぁ。不審な行動をして怪しまれるのも怖いしね」
彼女達の前ではダークエルダーの行動を見張る、秘密組織の一員となっているのだ。ハクとしてヒーローモドキをやっている状況は既に開示済みだし、夏祭りの時点で『生身を銃で撃たれても平気な人間』として認知されてしまっている。
ぶっちゃけ、客観的に見たらすこぶる怪しい人間なのだ。
その状態で、誰にどの姿を見せてどう認識されているか、なんて情報戦を個人でやりだすと相当面倒になるので、ハクとしての姿を強調して黒雷という真の姿を隠す事にしたのである。
邪神戦線をブレイヴ・エレメンツと共に最前列で戦った実績もあるのだし、それなりに信用されていても良いとは思うのだが、はてさて。
「それに、美少女と話せる機会って貴重じゃん?」
ただでさえ特撮オタクで悪の組織の一員であるツカサだ。日常生活においては職場の人間としかコミュニケーションはなく、メイドカフェなんてものに出向くような趣味もない。
休日は部屋でゴロゴロしているのが常である。彼女もおらず、それ以前に出会いなんてあろうはずもない。
そんなツカサが唯一、人と話せる機会がこの公園なのだ。
「………ふーん、そう」
ノアはそう、不機嫌そうな返事をして沈黙する。ツカサは気に触るような事は言っていないつもりだが、どうしたのだろうかと首を傾げるばかりだ。
大精霊様の考えることはよく分からない。
◇
「おっ、司さん久しぶり。今日もまた──随分と、その……ボロボロだな?」
日が沈むまで後わずか、というところで目的の公園へと到着した。そこでは普段と変わらずに日向と水鏡が居たのだが、日向はツカサの姿を見て一瞬だけ驚いた顔をした後に、恐る恐ると言った感じでこう言ったのだ。
何か変な反応だなと思い、ツカサ自身の身体を見てみれば、服の所々に切り傷や弾痕、返り血等が見て取れて。
怪我はないのに服はボロボロ。ダメージなんちゃらなんて目じゃないパンク具合であった。
「あっちゃ~。そういや着替えてすらいなかったな」
特に痛みもないし、あとは帰るだけというタイミングでの寄り道だったので気にすらしていなかった。本来なら職質されてもおかしくないレベルである。
「また一悶着あったのですか? 司さんの域まで来ると、心配よりも先に呆れがきてしまいますが」
水鏡はそうボヤくと、いつもの定位置を後にして司へと近付き、簡単に怪我の具合等を確認してくれる。
道場の跡取り娘は慣れたものだが、美少女慣れしていないツカサにとっては危険な行為だ。キョドらないように必死にならなければならない。
「……はい、特に流血も関節の痛みもなし。青アザは残っていますが。……これ、もしかしてまた銃に撃たれました?」
「はっはっは。いやー、なんでこう巡り会うのかねぇ」
“気功”のチカラによって弾道を逸らす事は可能になったとはいえ、服までは保護できないし逸らし損ねたら普通に痛い。
まず日常生活の中でそんなに銃火器と向き合うな、という話ではあるが、ツカサとしては笑って誤魔化す以外にない。
日向も水鏡も何故だかムッとした顔をしていたが、何故だろうか。
彼女らの正体はブレイヴ・エレメンツなのだから、ツカサのように生身のまま戦うような者は感心しないのかもしれない。
ツカサだって、装備を預けてさえいなければ生身で戦うつもりもないのだが、今は言い訳にもなるまい。
そもそもブレイヴ・エレメンツ自体がバトルスーツとかドレスを着込んでいるだけで肌面積はそれなりだという点は置いておいて。
「──あっ、司先輩やっっと見つけたよぉ~!」
そんな時だ。来た道の曲がり角からノアの声が聞こえたのは。
「え゛」
ツカサは驚き振り向くと、そこに居たのは普段のノアとはかけ離れた姿の、別ベクトルの美少女。
薄青い銀髪をツインテールに束ね、童顔橙眼のハーフフェイス。ダボッとした男物のパーカーを着ていながらも、メロンサイズの巨大な膨らみをふたつぶら下げているだけで何故か適正サイズに見えてくる不思議な巨乳ロリータ体型。
当然のように萌え袖で、ハーフパンツに黒タイツ。オマケに猫耳っぽく見える形をしたカチューシャとシッポのアクセサリーまで完備して。
そう、それはツカサがお気に入りだったゲームのキャラクターそのもの。カレンがウチに引っ越してきた時に処分せざるをえなかった、そんないかがわしい系統のソレ。
あざといの塊が、場をかき乱す為だけに現れた。
◇
「ダークエルダーを追うなって、どういう事ですか!?」
夕焼けと同時刻。
とあるオフィス街の一角で、警察関連の施設とは思えないほど簡素な一室の中にその声はよく響いた。
ここは国防警察第三支部。ファミレス『南南西アルプス』で起こった事件の顛末を報告する為に青羽 翔が立ち寄った場所である。
本部務めの翔は本来、この支部に寄ることなく本部へと帰還する予定であったのだが、無線にてダークエルダーの名を出したところここへ出頭するように命令を受けたのだ。
「そのまんまの意味だよ。『今後一切、悪の組織ダークエルダーに関しての捜査・詮索及び戦闘行為を禁ずる』。それが本部の出した答えだ。同時に、今回の件において君達には箝口令が敷かれている。回収物未確保についてはお咎めなしだ。ご苦労さん」
支部長は至って平静なまま、翔の前へと書類を差し出す。それは数枚に渡って綴られた、今回の一件に関しての誓約書であった。
翔がさっと目を通した限り、先の支部長の発言プラス個人に課せられる義務と制約、並びにその保証として給与の増額か好きな部署への転属を容認するという旨が書かれている。
「……悪の組織を追うな、という命令を下すだけで今の警察機構はここまでやるんですか」
翔は震える声で、今すぐにでもこの書類を破り捨てたい衝動を必死に抑える。
確かに、ダークエルダーが日本という国に対して宣戦布告を行ったあの日から、日本という国は改善に向かっている。
それは国防警察とて例外ではなく、今までは年功序列でしか語られなかった昇進や、パワハラ・セクハラ・アルハラの黙認などなど、組織内部の膿が次々と押し出されている。
十数年変化の無かった上層部すら一新されたほどだ。流石にそこまでの変化があって、ダークエルダーの関与を疑わないほどのマヌケはいない。
だからといって、警察が悪の組織を見逃していい理由にはならないはずなのだ。
「君が納得いかない気持ちも分かるよ。君は人一倍正義感が強いらしいからね。……ま、そうやって報告されているからこそ君だけがここに呼ばれたわけなんだけど」
支部長は薄ら笑いを浮かべながら、くるくるとペンを回しつつ翔の表情を伺っている。
その目は決して笑ってなどいない。
「しかし、君がこれにサインしてくれないと、君達も我々も困ってしまうんだ。分かるよね、この言葉の意味」
含みのある言い方。
国防警察という組織の内部で、『翔達』と『我々』のふたつに分けた意味。
「──まさか、貴方……!?」
翔が咄嗟に引き抜いて突きつけた電磁警棒を前にしてさえ、支部長は動じることなく。
「そうさ。何せダークエルダーの構成員はどこにだっている。そこら辺のサラリーマン、学園長、政治家、生徒や学生……そして、警察にもね」
冷たい目をしたまま、翔を見据えていた。
前話にて、ようやく50万文字の大台を突破致しました。
これでそれなりに読み応えのある作品になってきたのではないでしょうか。
しばらくは2人の視点を切り替えながら話を進めますので、どうか御付き合いのほどをよろしくお願い致します。