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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第六章 『悪の組織と進むべき道』
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ツカサも歩けば騒乱に当たる その3

 銃撃戦の起こっている日本のファミレスで、中華鍋を持った一般人が乱舞し部隊をひとつ壊滅させた。

 この一文を聞いただけでは、単語のどれもが現実離れし過ぎていて誰も信じやしないだろう。

 しかし実際に現場を目撃した者としてはそう報告する以外にない。

 『あぁ……? お前遂にボケたのか?』

 声の主は国防警察の所長である。何かあったら連絡しろと言われていたので一応報告をしてみたが、流石に信じられない報告だったのだろう。

 呆れられた。

 「所長、俺はまだ25ですが」

 『ボケる奴に年齢は関係ないだろ。とにかくアレだ、ソイツは生身に見えても実際にはヒーローか何かだろ。任務に支障が無ければ放置でいい』

 所長はため息混じりにそう言うと、葉巻の口を切った音が無線に混じる。どうやらイライラしているらしい。

 「障害となった場合は?」

 『手段を選ばなくてよし。殺せそうなら殺せ。持ち帰って解剖するからな』

 「………了解」

 国防警察のひとり、青羽 翔(あおばね あきら)は無線による通信を切ると、クソッタレと毒づいてポケットから錠剤を取り出し噛み砕いた。

 ただのラムネ菓子なのだが、子供の頃からこれを食べると精神的に落ち着く事が多かったので今でも続けている。


 「翔先輩、所長は何と?」

 「一般人は基本は放置。邪魔なら殺して持ち帰れ、だと」

 「うーわ出た、所長の暴論。曲がりなりにも警官になんて命令だしてんすか」

 「ホントだよ、まったく……」

 翔達は日本国直属の特殊な立ち位置に居るとはいえ、れっきとした警察官である。それなのに殺しすら許可されるとは、世も末というかなんというか。

 「それで、どうするんすか?」

 「……とにかくお前らはこの謎の部隊をつまみ出して拘束しろ。俺はなんとかあの一般人? と話をしてみる」

 その話の裏ではちょうど、その一般人が手榴弾を無効化しているところだ。

 ……もはや一般人と呼んでいいのかさえ微妙なところだが、他に適当な言葉が見つからない以上仕方がない。

 「翔先輩ひとりで? 無茶が過ぎますよ!」

 そう言いつつも大久保と明智は指示に従うべく、既に気絶した男達に対して手錠を掛け裏口へと運んでいる。

 翔は一度言い出したら聞かない事をふたりは知っているのだ。

 「頼んだぞ」

 翔はそれだけ言い残し、盾と電磁警棒のみを持って前へ出た。



 ◇



 一方ツカサの方はと言うと、

 「次はこれね」

 とノアに言われて渡された物を目の前に途方に暮れていた。

 「武器。……武器?」

 檸檬一箱に調味料各種。ついでに殻付きの銀杏である。

 中華鍋とオタマよりも難易度が上がっていた。

 しかも相対するのは生身の人間とは違う、悪の組織の下っ端戦闘員達である。

 ツカサ達ダークエルダーは基本構成員が人間に偏っている為、怪人も戦闘員も皆スーツを着用する事でなりきっているのだが、人外で構成された悪の組織は戦闘員からして妖怪やら人の怨念の集合体やらとバラエティー豊富である。その為ヒーロー達も手加減なく攻撃したり爆破したりと好き放題しているわけだが。

 「これ、効くのかなぁ?」

 どう考えても刺激物メイン。これでは目潰し以外に使えという方が難しい。まぁ効かなかったら肉弾戦で済ませばいいので、とりあえずやってみるかと、そう思ったところで先程国防警察だと名乗った男が側へと寄ってきた。


 「おいお前、一体何者だ?」

 ツカサを警戒しながらも怪人達の動向も気にしなければならないようで、盾は下っ端達へと向いているが警棒はツカサを指している。

 大変な立場だとは思うが、残念ながらツカサ自身はこの場において大した意味はないのだ。

 「何者だと言われても、食事に来た一般客ですとしか」

 実際に何があってこうなったのかなど、ツカサは何も知らない。

 よく分からないけれど銃撃されたし潰したろ、の精神で部隊を全滅させるのは一般と言っていいのか不明だが、とにかく一般人なのである。

 「一般人がっ! ライフル相手に応戦できるわけ! ないだろ!?」

 「そんな事! 言われても! やらなきゃ! 死んじゃうでしょ!」

 ツカサと国防警察が合流した事で警戒したのか、下っ端共がふたり目掛けて押し寄せてくるが、その程度で怯むツカサ達ではなかった。

 翔は警棒で応戦できているし、ツカサに至っては銀杏を指弾によって放ちつつ、それでも近寄って来た相手に対しては顔面にレモン汁かタバスコか胡椒をぶちまけるという悪逆非道な事をして対処している。

 攻撃をいなし、腕を捻りあげ、体制を崩したところに攻撃を当てる。

 ふたりとも同じような動作をしているのに、それが警棒か刺激物かでえらく絵面が違うものである。

 この下っ端共には刺激物が効くらしく、数分後には襲ってきた大半の者が顔を手で覆って地面を転がっていた。

 生身の人間相手に、怪人の下っ端が壊滅したのである。


 「いや、君ね。一般人なら何故最初に避難しなかったんだ。ここは床下にちゃんと避難経路が用意されているだろう?」

 「そんなもの、存在を知らなきゃどうにもならんでしょ。どっかに説明でも書いてあるんですか?」

 「あるだろ、ほら。メニューの裏表紙」

 「………あったわ」

 ツカサが見ていなかっただけで、きちんとメニューには脱出経路と避難の仕方まで懇切丁寧に説明されていた。落ち度はツカサにある。

 「おいテメェら! ウチの部下をヤっておいてタダで済むと思ってんのか!?」

 「ねぇ君達、ぼくのプリティフェイスにさっきから液体やら粉物やらがかかってるんだけど? どうしてくれるの、ねぇ?」

 そんなツカサに追い打ちをかけるかのように、さっきまで争っていた怪人とナルシストヒーローが揃って歩み寄り、ツカサ達の胸ぐらを掴む始末。

 もう全てが面倒くさくなったツカサは、一度だけ大きくため息を吐いて。

 「──うっさいわボケ!!」

 それぞれの顎先を一発ずつ、“気功”を乗せた全力のグーパンで撃ち抜いた。

 『………きゅうぅぅ』

 怪人とナルシストヒーローは脳震盪によりダブルノックアウト。

 戦場となったホールにて、ツカサと翔のみが生き残ったのだ。



 ◇



 「じゃ、俺達はこれで」

 自分達はあくまで一般客だと言って譲らなかった男は、カウンターに居た美少女を引き連れて名乗らないまま店を後にした。

 ほぼひとりであのカオスを相手に渡りきったというのに、多少の切り傷以外大した怪我もなしに雑踏の中へと消えていったのだ。

 『……すいません、対象ロストしました。あれだけ目立つ美女を連れているのにカメラのどこにも映っていません』

 「そうか、分かった。そちらはもう放置でいい」

 一応周囲の警戒をしていた仲間達に後を追わせてみたのだが、どうやら無駄足に終わるらしい。いや、プロの尾行と監視カメラすら欺くような相手だと分かっただけでも僥倖だろうか。

 「何者だったんだ、アイツ」

 考えても仕方のない事とはいえ、今回の件はおそらく彼の活躍無しでは沈静化まで相当な時間を要していたであろう。かといって現在確認されているヒーローにも該当者はおらず、何か格闘技のプロというわけでもない。

 まさに正体不明であった。


 「お待たせしました」

 翔が思案している内に、このファミレスの店長が店の奥から現れる。

 元々は秘密裏に対象物を確保する任務だったので、事情を説明し持ってきてもらったのだ。

 ……もはや秘密裏と言えるかはさておき。

 店長が抱えた保温器はそれなりのサイズをしているが、中身はひとつの卵だけだと言う。とある客が山篭りの後に無一文で食事にきて、代金の代わりにこれを置いていったのだそうな。

 無銭飲食する客も非常識だが、珍しい物と引換にそれを許可する店長も大概である。

 そんな変人だからこそ、こんな危険な店の店長をやっていられるのかもしれないが。

 流石にそんな事を口に出す勇気は翔にはない。


 「一応、開けて中身を見せてもらえるか?」

 店長に悪意はなさそうだが、万が一という事もある。

 「ええ、構いませんよ」

 保温器を机に置き、蓋を開ける。たったそれだけの動作なのだが、どうにも異常事態の後のため警戒してしまう。

 ゆっくりと蓋が開き、その中には……。

 「な、ない! 卵がないぞ!?」

 中には敷物にしていたであろうミニ座布団と一枚の紙切れのみ。翔が紙切れを取って広げてみれば、短い一文でこう書かれている。

 『この珍しい卵はもらっていく。美味しい料理をありがとう ダークエルダーの下っ端怪人より』

 「……やられた」

 既に盗まれた後だったのだ。

帰り道にて。

ツカサ「ノア、なんだか今日はお腹が膨れてない?」

ノア 「……貴方、よくデリカシーがないって言われない?」

ツカサ「ごめんなさい」

ノア 「まったく。そんなだから彼女すらできないのよ?」

ツカサ(……あれ、精霊って物理的にお腹が膨れるものなのか?)

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