戦の後、それぞれ その2
「まーったく、えらい目に遭ったわい……」
地下室に残されたメンバーの救出を指揮しながら、滝宮 帝は思わず愚痴を零す。
『姫』の討伐後、さて地下の援護に行こうかとしたその時に猛烈な危機感を感じ、その場にいたヒーロー共々全力で退避。次の瞬間には黒雷達の大技が炸裂し、その余波で四季猫共々吹っ飛ばされ、30m先で木の葉まみれになって先程生還を果たした、という具合である。
並の少女だったら死んでいるところであった。滝宮は何故か怪我ひとつないのだが。
「滝宮さーん。このロープを下ろせばいいっスかぁ?」
「そうじゃの。あヤツらならそれだけで登ってこれるじゃろうて」
救出の指揮と言っても、デブリヘイムの討伐に集まったヒーロー達はほとんどが解散してしまった。標的である『王子』と『姫』が倒された以上、それぞれが護るべき者を護る為に帰るのは当たり前。ダークエルダーの面子もいる為、それが一番無難な選択だとするのがその場にいた全員の判断だった。
なので残っているのは滝宮達と、仮面ダンサーストローグ2名のみである。
「……さて、どうするんじゃクオンとやら。あんまり悠長にしておると、その娘っ子も死んでしまうやもしれんぞ」
『姫』に取り込まれていた本物の仮面ダンサーストローグ。クオンが言うには女性だそうだが、彼女は救出されてから未だに目を覚まさず、辛うじて呼吸を繰り返しているのが認識できるくらいである。
すぐさま病院に担ぎ込まねばいつ死んでもおかしくない、というか何があっても不思議じゃないと言った方が正しいか。
症例としては2人目だが、前例者が回復しているとはいえ今回もそうなるとは限らないのだ。予断を許さない状況なのは間違いない。
「そうは言ってもなぁ……」
名指しされたクオンはしかし、マスクをしたまま後頭部を掻く。そして数秒悩んだ上で、
「俺は人間の病院なんて知らないし、俺もコイツも一文無しだから連れていってやることもできん」
と、堂々と宣言した。
「……そうか。おヌシはデブリヘイムで、ヒモなんじゃったな……」
金がないのはどうしようもない。人間社会の常識だって怪しい。町で見つかろうものなら、即座に討伐されるだろう存在。それだけ問題を抱えていて、どうしようもなくなって動けないのだ。
「だが、身の振り方は分かっている。下にいる黒雷ってのが、ダークなんちゃらでそれなりの地位にいるんだろ? だから仲介を頼もうと思ってな」
悪の組織にすがろうとする人類の天敵&ヒーローと、その構図を見てしっとりと溜息をついているスズ。
黒雷は幹部候補なだけで、地位としては未だに一介の戦闘員に過ぎない。だからクオンの言う“それなりの地位”には当てはまらないのだが……。ただ、おそらくは二つ返事で助けてはもらえるだろう。直属の上司が組織の幹部で、ふたり揃って面白い事が大好きだから。
人命も関わる為、結局それなりの方向に転がりはするのだろうが、後々に面倒事が増えるのが目に見えているが故の溜息である。
「ようし、ならばワシも少しは働こうかの。応急処置くらいはしておいて問題あるまいて」
滝宮は腰を叩きつつ、猫達と共にストローグの元へと行く。
此度のこの結果が、最終的にどんな結末を引き寄せるのか。そんな、今は無益な思考を巡らせながら。
◇
ふたつの救出劇が展開する中、枢環が率いる陰逸忍者軍団は手持ち無沙汰も相まって、大穴の傍で炊き出しの準備をしていた。
上忍がひとりいれば、その目的の為に一丸となって動ける人手を増やせるのが九九流の強みである。
その強みが今はワイバーン肉シチューの下ごしらえと即席竈の組立とピザ生地を捏ねる作業に割り当てられているだけ。
「ふんふふんふふーん……♪」
「ニニンガシ?」
「え? 上機嫌だなって? ……ふふっ、そりゃあね。めでたい事があったんだからそりゃ愛想良くいかないとサ」
「ニニン……ニニンガシ?」
「ちょっと、やめとくれよそうやって勘ぐるのはさ。別に何もありゃしないんだって」
鼻歌混じりに鍋をかき混ぜる環に対し、周りで作業するゲニニン達が代わる代わる声を掛けている。
ゲニニンは式神であって中に人は居ないはずだが、何故かその動作は酷く人間的だ。環との会話も成立しているので、少なくとも環の人格のコピーという事はないのだろう。
不思議なものである。
「枢さん。この大樽はここでいいのかい?」
「あ、はーい。そこにお願いしまぁす」
カゲトラもダークエルダーの救援を呼んだ後は暇らしく、こうして環の料理の手伝いをしている。筋肉自慢だけあって、重たい物でも平気な顔で運んでくれるから環からの好感度はうなぎ登りだ。
「なんかもう、頭領の云々とかどうでもよくなって来るねぇ……」
環は秩父山中に至り、初めてヒーロー達の本気の戦闘というものを見た。
彼らの生死を賭けたその戦いの様を目の前にし、出てきた感想が『あ、これは着いていけないわ』という諦めにも似た結論だった。
元来忍者とは戦闘職ではなく、諜報担当の日陰者である。そんな彼ら……ここでいう『陰逸』だが、数の暴力を活かす事で一時は大いに躍進できた。
しかし今はもう時代が悪い。
情報はインターネットを通じて即座にやり取りされ、戦闘力は数より質が重視される。
ヒーロー級ひとりに対し何十人で波状攻撃を仕掛ければ耐久勝負に持ち込めるか、という個で戦略がひっくり返される時代が来てしまったのだ。
そんな時代に、一介の忍びがトップを取ろうなんて夢のまた夢の話。
「実家、帰ろうかなぁ……」
思わずそう呟いてしまう程に、萎えてしまった心。
がむしゃら、とまでは言わないが。地元を離れ、単身で上京を目指すくらいには本気だったのだ。
その情熱はもう、取り戻せそうにない。
だったら、いっそ。
「だったら、その……一緒にダークエルダーで働きませんか!?」
思わぬ横入りにそちらを見やれば、そこには顔どころか全身の筋肉まで真っ赤に染めたカゲトラの姿。
顔色はともかく、威風堂々としたポージングである。
その余りにもな姿に、環は遂に吹き出し、
「……はいっ!」
満面の笑みで、そう答えた。
それからしばらく、黒雷達が這い上がってくるまでの間。
その一角だけ、いつまでもゲニニン達の拍手喝采につつまれていたそうだ。
◇
「遂に彼女が目覚めたか……」
個室に篭もり、状況を監視していたひとりの少女がいた。
彼女はラムネ瓶を片手に、ほうっと溜息を零して背もたれに体重を預ける。
彼と彼女の成長の為に計画した今回の作戦だが、あまりにも大きな予定外と遭遇してしまい、危うく彼を死なせてしまう所であった。
反省も後悔もあるが、必要な事には変わりない。
怨まれるのには慣れている。
「ルナちゃん、最初は嫌がっとったのにちゃんと面倒見てくれたんじゃなぁ。……っと、いかんいかん」
古い友人の顔を思い、回想に浸ろうとする脳を無理やり起こし、己がすべき事へと向き直る。
「ツカサくんはこれを、重荷と思うじゃろうか……」
目の前のモニターには、2体の新型スーツの設定資料が表示されており、それぞれが黒と白を基調にしたデザインだ。
それはまだ設計段階だが、許可さえ降りればいつでも着手できる状態。プロジェクトが動いてしまえば、瞬く間に完成させてしまえるだろう。
その為に準備してきたのだから。
「すまんのぅ。ワシらの世代でケリを付けられなんだ……」
少女の懺悔は誰にも届かず、ただ虚空に響くのみ。
ただ、そんな彼女を見守るように。
静かに電灯が点滅したような、そんな気がした。
ツカサが強くなっていく様に、周囲の様子も少しずつですが変わって行きます。
次回にキャラクター紹介を挟んで、その次から新章となります。