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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第五章 『悪の組織と夏のデキゴト』 後編
201/385

黒雷VS緑雷

 『王子』無き後、そこに現れたのは全身が緑色の黒雷。略して緑雷。

 見た目、パワー、スピード、テクニック全てが同じスペック……なワケは当然なく。

 見た目だけは同一なれど、元々は人類の天敵であるデブリヘイム、それの上位個体である『マザー』クラス。パワーもスピードも緑雷の方が上手。黒雷が個人で上回っているのは、単純に経験値の差から生まれるテクニックのみである。

 そう、個人ならば。

 今の黒雷には大精霊ノアがついており、彼女のおかけでようやく拮抗状態を保っているのが現状だ。

 「うおおおおぉぉぉぉ!!」

 「アアアアアァァァッ!!」

 大怪獣ほどのスペースを取る存在がいなくなった途端に、程よく広く感じてしまう地下室。その中を、黒雷と緑雷はスーパーボールの様に跳ね回る。

 その移動速度は両者共に既に音速に近い。衝突が衝撃となり、音となって響く頃には両者は既に別の場所で衝突している。


 ……その戦闘の最中に、身動きが取れずに困っている四人が居るのだが。

 「いやー、制圧射撃ってこんな感じなんですかねぇ」

 そうのんびり呟くはヤミの魔女コッペルナ。彼女は己の役目は終わったとばかりに、水筒の水でうがいを繰り返している。

 「……いやはや、狭い中でこれだけ動かれると援護のしようすらないとはな。これには我が剣も邪魔にしかならんか」

 そう呟き、とりあえずシールドを張って防御を固めている銀騎士。

 そして、

 「離してください! 私だって大精霊ルナのチカラを借りられればあれくらいできるんですー!」

 「落ち着け青いの! お前さん、作戦前に『体調が万全ではないので大精霊のチカラは使えません』って断言してたじゃねぇか!」

 どうにかして戦闘に参加したいウンディーネと、こんなチーター同士の全速力の狩り合いに手負いのライオンを突っ込んだ所で無駄だと諭す霧崎。

 脱出路が天井にしかなく、かといって四人ともに敵の攻撃を掻い潜って通り抜ける術は無いという悲しき現実と共に、四人はただ黒雷達の攻防を見守る他なかった。



 ◇



 “……と、いうのが現状らしいわよ?”

 「解説どうも!」

 目覚めてからずっと楽しそうにクスクスと笑うノアは、真面目に緑雷と激戦を続ける黒雷へと上記の状況を伝えていた。

 現在ノアは黒雷とどういう理屈か一体化し、高速戦闘に際して演算能力の大半を任せているというのに気楽なものである。

 “大精霊になると、目とか耳とかそういう概念とは別の感覚が生えるみたいなのよねぇ。……まぁいいわ。そろそろギアを上げるわよ!”

 「おいおいまだこの速度にすら慣れてな……おわっ!」

 ならし運転のつもりなのか、少しずつ黒雷スーツの制限を解除し、それに伴って黒雷自身の強化を施していくノア。元々人体の電気信号なんかも操作できる雷を司る精霊だった為か、その手の調整もお手の物だ。

 実際にやってる事は、黒雷スーツというモンスターマシンを完全に乗りこなす為に、その操り手たる黒雷を強化すべくバフを山盛りにしているだけであるが。


 「アア……ァァァァアアアア……!」

 しかし黒雷が強化されればされる程、緑雷もまた負けじと己を進化させる。急速な進化はやはり肉体が追いついてこないのか、時折手や足がもげるように飛んでいくが、それも自己再生で治してしまえるのだから異常な生命体だ。

 「さっきまで動きが緩慢なデカブツだったくせに、よくやるよ……」

 黒雷は幾度も緑雷と交差しながら、徐々にキレの増す緑雷の動きに戦慄する。子孫を残す事こそが最重要、というのが生物の大前提の筈だが、この緑雷はそれに当てはまらず、まるで兵隊のように相手を殺す事だけを考えているような、そんな印象すら抱かせるのだ。

 “おそらく、だけど。彼は妹である『姫』がいれば自分は兵士として生涯を終えてもいいと考えたのでしょうね”

 そうノアが黒雷へ告げる。

 「分かるのか?」

 “なんとなくよ。聴こえてくるのも途切れ途切れだからね”

 「そっか……」

 ノアがそれ以上を言わないのは、黒雷が緑雷に対して感情移入するかもと考えているからか。確かに同じ妹をもつ兄の身として思うところがないわけではないが、それでも人類の天敵はこの場で仕留めねばならないという使命感もある。

 勝たねば、ならないのだ。


 「グアグ……」

 もう何度衝突したのか分からなくなった頃、ようやく緑雷が足を止めた。

 隙と見るか誘いと見るか、とにかく黒雷もまた緑雷とは距離を置いて停止する。

 “多分、アレね”

 ノアが嬉しそうにそう呟く。

 「まぁ、アレだろうなぁ……」

 対して黒雷はあまり乗り気ではない。

 対デブリヘイム戦において、最も懸念される行動。おそらく、今からそれが行われるのだろう。

 黒雷はいつもソレに対して対処しきれず、毎度ボロ雑巾のようにやられていたのだ。忌避するなと言うのが無茶である。

 “ちゃんとさっき、やり方は教えたでしょう? 言う通りにさえしていれば大丈夫よ”

 「…………信用してるよ。ただ怖いもんは怖い。それだけは変えられないからな」

 緊張のつかの間。緑雷も小型化して初めての行為だからか、なかなかアレをしようとしない。

 ……が、コッペルナが突然盛大なクシャミをしたその時に、両者が動いた。


 「ガァッ!」

 咆哮一声。緑雷の姿が掻き消える。

 クロックアップ。

 “ツカサ”

 「分かってるよ……。付き合ってやる、10秒だけな!」

 対して黒雷が行うのは、ヴォルト・ギアの操作。10秒のカウントダウンタイマーだ。そして、

 “スタートアップ♪”

 楽しげなノアの声と共に、黒雷もまた超高速の世界へと突入した。



 ◇



 初めて体験した超高速の世界は、極めて鈍重であった。

 まず、空気が重い。水よりも比重の重い液体の溜まったプールの中に居るような、そんな動き辛さがある。

 この世界に侵入する為に、黒雷が行なった事は言葉にすれば単純。ノアの能力により思考加速・電気信号の効率化を行い、その後黒雷スーツのリミッターを全て解除。それらの負担を全て受け止めるべく、気功によって肉体を保護しているだけである。

 今のふたりでしか成し得ない、奥義。

 制限時間が10秒なのは、負担が大きいと言うのもあるがただのリスペクトだ。

 (アイツはどこだ……?)

 重たい空気を掻き分けて、黒雷は緑雷を探すために視線を動かす。同速の世界にいるのだから、動きが見えないという事はない筈だ。しかし地下室の中を見回してもその姿は見えず、石像のように動かない四人組が居るばかりである。

 (まさか……?)

 “そう、そのまさかね”

 黒雷もノアもひとつの可能性を思いつき、おもむろに地上へと繋がっている大穴の下にその身を晒す。

 そこから上を見上げれば、必死になって壁を蹴りあげ地上を目指している緑雷の姿があった。


 (ああ……残念だ)

 自分で思考しておいて何が残念なのか、黒雷はうまく言葉にはできない。

 だけれども、こんな結末を迎えてしまったのは仕方のない事と言えよう。

 緑雷……『王子』にとって大事なのは『姫』の存在であり、黒雷達は最初から眼中に無かったのだ。

 だから、クロックアップという自分だけの時間が生まれた瞬間に、緑雷は地上を目指すという選択をした。

 それが過ちだと気付けないまま。

 (やるぞ、ノア)

 “ええ。最後くらいは、ド派手にね?”

 大穴は縦一直線。横道なぞ存在せず、逃げ場はない。

 そんな所に入り込んだ敵を討つには、どうするか。

 (ルミナストーン、エネルギー解放)

 黒雷は地下にて、己のエネルギー源とも呼べるルミナストーンのチカラを解放する。

 その可視化する程の濃いエネルギーを右腕に集め、ゆっくりと天に向けて伸ばす。

 “──神話模倣。レプリカトールハンマー、構築開始”

 ノアは空に予め雷雲を用意しており、その中で増幅させていた雷を基礎に、とある物を生成する。

 それは、神格武装のレプリカの構築。かつてトールハンマーと呼ばれた神話の武具、そのチカラの一端を具現化した模倣品。


 天と地、その双方で用意された大いなるチカラの矛先は、今まさに地上と地下を結んでいる大穴へと向いていた。

 (“シュート!!”)

 ふたりの思考が重なり、双方にてチカラが解き放たれる。

 大穴を更に広げんとするほどの強大な破壊の狭間で。

 「──ミシャ……」

 緑雷は驚くほどあっさりと、その身を消失させた。

 勝った! デブリヘイム編、完!

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