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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第一章 『悪の組織とご当地ヒーロー』
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悪の組織のお仕事

 春。桜の蕾がようやく開きだした時期。

 その日、とある街の商店街に奴らはいた。

 「ほら、さっさと歩け」

 平日の夕方とあってか、普段なら少なくない人々が歩いているであろうメインストリート。その人々が大きく避けて出来た道を奴らは堂々と歩いていた。


 「やめろ!離せ!おっ、俺が一体何をしたって言うんだ!」

 その奴らに連れられ……いや、両脇を独特デザインの黒い全身タイツを着た男たちに連行されているのは、一人の男性。彼は必死にもがきながらも、抵抗虚しく連れられていく。

 「何をしたか、だと?……貴様、本当に自分が何をしたのか分かっていないというのか?」

 そう言って、彼らの前を歩いていた者が振り向く。


 その者は、異様な出で立ちをしていた。いや黒タイツも十二分に異様なのだが、それらとはまた別の異様さであった。

 その者は全身に鎧のような黒い装甲を纏っていた。トゲトゲしいデザインは、例えるならまさにファンタジー世界の暗黒騎士。深紅に輝く瞳と合わさり、中二病心をくすぐるような、そんな出で立ちである。


 「良かろう。ならば今この場で、貴様の罪状の読み上げと我々から与える処罰について話してやろうではないか」


 暗黒騎士(仮)はそう言うと、手持ちの鞄からタブレット端末を取り出し軽く咳払いをし、先程よりも声を張りそれを読み上げた。

 「まずはひとつ、ここ数年有給休暇を取っていない」

 「え?なんだよそんなの普通……」

 「ふたつ、毎日残業と持ち帰りの書類仕事をしているのに、その分の給金を受け取っていない。みっつ……」


 彼はは男性の声を無視し、罪状を読み上げていく。そのどれもが酷く恐ろしく、周囲でそれを聞いていた人々の幾人もが恐怖にうち震え、悲しい視線を向けていたという。


 「そして最後、これがもっとも重い罪状だ」

 彼はそこで一拍を置き、周囲を見回して多くの視線が集中しているのを確認すると、ソレを一息に読み上げる。

 「産まれたばかりの子供と奥さんを放ったらかしにして何の感謝も告げずに仕事に明け暮れている事だァ!!」

 その瞬間、ほぼ全ての視線に敵意が混ざった。

 「あ……ぅ……」

 男性も糾弾されて初めて自覚したのか抵抗をやめ、それどころか膝をついて声を震わせていた。


 「これが、貴様の罪状。そしてこれに対し、我らが悪の組織、『ダークエルダー』が与える罰を告げる」

 彼はゆっくりと歩んで男性の目の前まで行くと、片膝をついて男性と目線を合わせた。それは罰を告げるというには不適切な体制のはずだが、もはやここに居合わせた誰もが口を噤んでいる。


 「これより貴様には適切な期間の有給休暇を取らせ、妻子に対する家族サービスの時間を強要する。また、貴様の所属している部署には必要十分の人材を派遣し、ゆくゆくは会社全体の制度を見直させる。これは貴様自身への罰でもあり、その状況まで貴様を追い込んだ会社側に対しての処置でもある」


 彼はそこまで告げると、男性の肩に手を置いた。そして震える男性の視線をしっかりと受け止めると、

 「これが、我々より貴様に下す罰である。心して受け入れよ」

 「そ、そんな……そんなぁ……」

 男性は項垂れ、彼は数拍の後に黒タイツに立たせるように命じる。男性は抵抗もなく、されるがままにゆっくりと歩き出した。



 ――これが、悪の組織によって支配された町の実状。毎日幾人もの人々がこうして連れられ、法とは無縁の罰を与えられている。

 いずれ誰もがそれを当たり前だと思ってしまうようになるだろう。たとえそれが悪による絶対支配によるものだとしても……。


    ◇


 「俺の隊長役どうでした?少しはマトモになってきました?」

 先程の男性を自宅へと送り届けた後。暗黒騎士(仮)と黒タイツ達は一台の自動車に乗って移動していた。誰も彼も覆面や仮面を外しており、和気あいあいとした雰囲気である。

 「ツカサにしてはまぁまぁだな。演技も台詞回しも問題ないんだが、組織の怪人として恐れられるにはまだまだ威厳が足りん」

 そう黒タイツの一人が話すと、もう一人の黒タイツも横で頷く。

 「僕としては、最後の方で目線を合わせたのは良かったと思いましたけどね。途中で迷子の子供を肩車してあげなければ、満点だったと思いますよ」

 「あっあれは仕方ないでしょう?交番も遠かったし、お母さんを探すのと泣き止ませるのにはあれが一番だったんですから!」

 ツカサと呼ばれた鎧姿の青年は、座席に座りながら篭手を外せないかと四苦八苦しながら話す。仮面を外していると、顔の造りが典型的な目立たない日本人顔なので、暗黒騎士の鎧とはとても不釣り合いな、ただの一般人にも見える。


 「ま、それでも悪くはなかった。お前の希望通り、俺から推薦を出しておいてやるよ」

 「ホントですかゲンさん!」

 黒タイツ姿のゲンさんは、老いにより皺のできた顔を笑みの形に歪ませ、ゆったりと紫煙を吐いた。

 「しかしモノ好きだなお前は。わざわざヒーロー共との最前線に転勤したいだなんて。痛い目を見に行くようなもんだぞ?」

 「そりゃもう、悪の組織に入ったのなら、ヒーローと戦うのがお約束ってものでしょう!給料も上がるようだし!」

 ツカサの楽観的な見方に、ゲンさんはやれやれと首を振るも、本人はすでに期待に満ち溢れている。


 「ツカサの特撮好きは聞いていましたけど、ここまでだとは思ってませんでしたよ」

 「マツキ、こりゃ好きってもんじゃねぇ。馬鹿っていうんだよ馬鹿。特撮バカだ」

 「ゲンさんは相変わらず辛辣ですねぇ」

 運転席に座るもう一人の黒タイツ、マツキと、ゲンとツカサはここしばらく三人でチームを組んで仕事をしていた。本来ならばゲンが騎士甲冑を着てリーダー役をしていたのだが、ツカサが転勤のためにリーダーの職務を覚えたいと言い出したので、この数カ月間はツカサが甲冑を着てリーダー役をしていたのだ。

 「いやぁ、楽しみだなぁ」

 「なぁに呑気なことを……」


 悪の組織『ダークエルダー』 社員コードネーム:ツカサ

 ただの特撮オタクだった彼が、今後様々な難題や事件に立ち会うことになるのだが、この時の彼らは誰もそんな事を想像できるわけもなかった――


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