決戦!『王子』と『姫』を討伐せよ! その7
「──な、ななななにやってんですかアンタはぁ!!?」
ウンディーネが絶叫し、霧崎が呆れて天井を見上げ、銀騎士が何事かと振り向こうとして光線があらぬ方向を穿ったので慌てて『王子』の制圧へと戻った、そんな中。
「………んっ」
コッペルナの息遣いに合わせ、ツカサの喉がこくりと鳴る。
それを幾度か繰り返した後にコッペルナが顔を上げた頃には、ツカサの顔色は幾分かマシになっていた。
「だから見ていて気持ちのいいものじゃないと前置きしたじゃないですかぁ……。私だって、あの占い師が一度でも予言を外していたら絶対にこんな事しませんよ……」
ぶちぶちと文句を垂れながら、自前の水筒を使い口をすすぐコッペルナ。顔が嫌悪に歪んでいる事から、嫌々やらされている事が察せられる表情だ。
「……で、コイツは起きるのか? 見た感じ気の流れは正常に近い状態ではあるんだが」
今にも噛み付こうとしているウンディーネを抑えながら、霧崎はコッペルナへと尋ねる。大怪我の後の気絶だ、普通ならしばらくは気を失ったままだろうと。
その問に対しコッペルナはぐっと力こぶポーズをして、
「準備ができたらたたき起こします」
と宣った。
「準備だぁ? まだなんかやるのか魔女いの」
正直力こぶは全く見えなかったし、コッペルナはチョークを取り出して地面へと向き直ったのでかなり不安な霧崎だが、ここまで来た以上は任せる他ない。
「おーい! 君達、私の方がそろそろ限界が近いのだがね!? サポートとか、して欲しいなって!」
ツカサはまだ起きず、コッペルナは黙々と魔法陣の様なものを描き進める中、唯一の戦力である霧崎はため息をついてウンディーネの首根っこを引っ付かみ、銀騎士の助勢へと向かった。
◇
──戦闘音が聞こえる。
爆発音に斬撃音。それに吹き抜ける風の音が合わさって、何度も何度も耳朶を叩く。
それが呼び水となったのか、指が動き、瞼が震え、咳を漏らし。
意識が、戻る。
「……うっ、ゲホッゴホッ……っ……!」
意識のない間に何かを嚥下したのか、舌先が痺れるくらいの苦味を感じ、思わず咳き込むツカサ。その衝撃で全身が鈍く痛むが、それが生の実感へと繋がるのだから皮肉なものだ。
「あ、ようやく起きました?」
その言葉に身体を起こすと、視界の隅でヤミの魔女コッペルナが床に魔法陣を描いている。その奥では『王子』と霧崎達が戦闘中で、現状は首も脚も引っ込めて回転シェルアタックを繰り返す『王子』に苦戦しているようだ。
あと謎の銀騎士が参戦しているし、天井には大穴が空いている。
「……どういう状況なんだ?」
壁に埋まっていた時にヴォルトと会話をしたような気もするが、何せ意識が朦朧としていたせいであまり覚えていない。
『姫』の姿も見えないし、何よりも黒雷スーツが解除されて全身黒タイツ一丁となっている。
気分的には正にキン〇・クリム〇ンを受けた感じだ。
「そうですねぇ……。説明するのは癪なのでしないとして、とりあえず彼女を叩き起しましょう!」
コッペルナは何故か半ギレになりながら、ツカサの腕を掴んで魔法陣の中へと引きずり込む。
寝起きで混乱しているツカサがそれに抗えるはずもなく、ただただ自身の大怪我による痛みが少ない事にだけ意識が向いていた。
「………ん? 彼女って、誰のこと?」
その疑問に辿り着いたのは、魔法陣の中心に据えられてからたっぷり10秒間もぼーっとしていた後である。
「…………」
この男、ほんっとに鈍いですねぇ……みたいな表情をするコッペルナ。
そんな蔑んだ表情をされても、ツカサにはそっちの趣味はない為戸惑うばかりだ。
そもそもツカサの周りで“彼女”という言葉が指し示す相手なんて数える程しかいないし、叩き起すという条件に当てはまる相手と言えば、現在休眠状態にある相棒くらいしかいない。
「……んん? ああ、そういう事か!」
そこまで思考が回った時点で、ようやく起こす相手が誰なのか分かった。床に大仰な魔法陣まで用意しなければ起こせない者なんて、該当者は一名しかいない。
「ようやく思い付きました? 今は彼女に名前がないので、私は迂闊に呼ぶ事はできません。現状、縁が一番強い貴方が、そのカンペの祝詞の後に名前を呼んであげてください。そうすればむりや……ゴホン、必ず目覚めさせる事ができますよ」
怖い笑みのままコッペルナが言う。
少し引っかかる言い方ではあるが、彼女を呼び起こせるのならばとツカサはやる気になる他ない。
今この状況を打開するには、彼女のチカラを借りる他ないのだ。それにしばらく会えなかったというだけで、こんなにも心が締め付けられているのに、このチャンスをみすみす逃す手はないだろう。
自分勝手なのは百も承知で、ツカサは今度は己の意思で彼女を呼び起こす事を決める。
ならば後は、行動に移すのみ。
「……やります。俺がやります!」
ツカサはそう叫んで、カンペに書かれた手順を踏むべく行動を開始した。
◇
「……おお? コッペルナよ、無事だったか!」
ようやく地下組との連絡が取れ、一安心する瀧宮。
こちらの戦闘は数の暴力もあって順調だが、瀧宮は万が一に備えて後方支援に回っている。
そんな状況で、ようやく連絡が取れたかと思えば。
「………何、アレを使って彼奴を呼び起こすというのか? バカを言え、この地脈の上でルミナストーンまで巻き込めば、そりゃもう精霊の枠では収まらなく……なんじゃと?」
コッペルナがやらんとする事、それ自体は悪いことでは無いのだが、今この状況で行うには少々分が悪い。そう説き伏せようとしたところで、とある者の名と言葉を引き合いに出された。
「あの、クソ占い師めが、そう、言ったんじゃな?」
瀧宮とコッペルナの共通認識では、『あのクソ占い師』でひとりの人物が浮かぶ。
胡散臭いを通り越して最早敵として殴っても良いのではないかと思えるほど、人をおちょくるのが大好きなクソ野郎なのだが、ソイツの占いだけは未来視にも似た必中率を誇る。
その言葉を無視しても良いが、結局はその通りにせざるを得ない状況へと必ず転がるのだ。
ならばもう、避けては通れない道なのだろう。
「………あい分かった。ならばせめて、我の全力を以て挑もうではないか」
瀧宮は天狗装束を素早く改め、着慣れた巫女服へと着替える。
執り行うは修祓。この秩父という霊峰の地で、大精霊生誕の為に穢れや災いを祓い清める儀。
『うな~お~』
春夏秋冬を司る4匹の猫が素早く散開し、即興で陣を構える事で場を整える。
上下で別れてはいるが、地上にて穢れを祓い、地下では魔法陣による独自の生誕の法を成す。
それぞれが役割に応じたチカラを発揮し、一瞬でこの場は清廉なる祭儀場へと変貌したのだった。
「──いざ!」
どこからか鈴が鳴り、横笛と鼓の音が木霊する。
人類の天敵を前に、それを討ち滅ぼすべく。
目覚めの時が、やってきた。
長くなりそうなのでここで区切りとしました。
儀式はまた、次回。