決戦!『王子』と『姫』を討伐せよ! その6
ようやく望んだ空へと至ったその時、突如横合いから現れた何事かを叫ぶ者により、私の感動は怒りへと塗り変わった。
地上へと這い出た瞬間に蹴り飛ばされ、顔面から“樹木”と呼ばれる物へと突っ込まされたのだからさもありなん。
「………あーっ! もうっ!! 何よ! 折角の空なのに台無しじゃない!!」
脚をばたつかせ、腕を振り、ようやく自身の体制を把握して身を起こす。
この感動を邪魔した奴は捏ねて丸めて土に埋めてやろうと心に誓い、振り向いた先には。
「よっす妹よ。元気にしてたか?」
「って、お兄ちゃん!? 生きてたの!?」
かつて『母』より産み落とされ、その身辺を警護するのに人間と同じサイズを選んだ兄姉達。その中の一体が目の前にいた。
驚きと戸惑いで先程の怒りが吹き飛んでしまったが、再会できた兄を土に埋めるような妹はいまい。
だから蹴られた事は不問とするとしよう。
どうして蹴られたのかは、分からないままだけれども。
「生きていたの、とはまたご挨拶だな。まぁお互いヤバい状況だったし、そういう感想にもなるか」
兄は苦笑しつつ、私の脚の一本を撫でる。
私は代わりにというか、指の腹で兄の背を撫でた。
兄弟でもかなりのサイズ差があるが、これは仕方のないことだ。地下に残った兄と私は『母』から権能の全てを託され、眷属を生みだし己を進化し続ける事のできる、言わばこの兄の上位互換。
女王蜂と働き蜂。そう呼ばれた種族を参考にしたと、知識が告げていた。
「しかし、『母』よりもデカくなったんじゃないか? 流石に直接の跡継ぎはしっかりしてるよなぁ」
「ふふっ、そうでしょう? 下にいる兄さんも同じくらい強くて大っきいんだよ? もうお兄ちゃん位の子達なら産めるんじゃないかな?」
この兄と私は直接の面識がないが、同じ『母』より産まれた同族という点では強い愛着というか、何かしら通じるものがある。
それを種族としての本能と捉えてよいのかは分からないが、既に死んだものと思っていた兄が生きていたのだから喜ぶべきものなのだろう。
私はつい嬉しくなって、撫でるばかりだった兄を手の平に載せて目線の高さへと持ち上げる。首は蛇と呼ばれる生物の姿をしているので割と自由に動きはするが、胴体に絡みそうになるのでとにかく楽な姿勢をとりたかったのだ。
兄はすげーすげーと騒ぎながら、しかし抵抗しようとはしない。
小さいから潰さないように、しっかり力加減をして。
そうしてようやく、バッタ顔の兄と顔を突き合わせた。
……なんだか目が笑っていないような気がするけれど。
「……ところで妹よ。お前は人間を取り込んでいるよな?」
不意に、そんな言葉が兄から出た。
「え? ……うん、あるよ。ほら、ここ」
私はそう言って、首の根元辺りを指差す。
元々は信仰者達がご飯としてくれた捧げ物だが、『母』がこういった生物を体内に保管し知識を得ようとしていたのを覚えていたので、私も倣うようにしてそうしたのだ。
それになんだか、食べたらお腹を壊しそうな格好をしていた気もする。
「そういえばお兄ちゃん、この人間と似たような格好をしているね。擬態したの?」
私はなんとはなしにそう尋ねた。その瞬間に少しだけ殺意のようなものを感じたけれど、周りに敵でもいるのだろうか。
そう考えていると、遠い場所からコチラを伺うトカゲのような生物と目が合った。
「■■■■■■■■──!」
何を言っているかは分からないけれど、多分あれは敵意だろう。兄もそれを感じたに違いない。
「あっちいけ、しっしっ!」
私は近くに落ちていた樹木を手に取り、兄を落とさぬように気を付けながらそれをトカゲへと投げ付けた。
枝葉が繁ったままなので空気抵抗は激しく、トカゲに当たる前に失速してしまったが追い払う事はできたので良しとする。
「いやー、助かったよ妹」
兄はパチパチと手を叩き、するりと私の手から抜ける。
「?」
私には兄のどの行動も意味が分からない。
一体何をしたいのだろうか。
私はそれが気になって。長い首をゆっくりと下げたその時。
「お前が馬鹿で本当に助かった」
兄が笑い、
「流星鋏撃──!!」
突如背後から飛んできた私達の天敵が、一瞬にして私の首を刎ねた。
◇
「でかした!」
デブリヘイムが相手との事で、ダークエルダーが最優先で寄越すと言っていた専門家。
流星戦士アベルがたった今、到着した。
運送方法はとてもシンプル。ダークエルダーが所有するとされるステルス輸送ヘリ、そいつからの紐なしバンジージャンプである。
奇しくも前回の『マザー』戦において、黒雷が最終兵器と共に舞い降りた方法と同じであった。
尤も今回は一撃必殺の切り札としての登場ではなく、囚われた者の救出という方面での活躍となったが。
「さあさ、皆の者! 逃がす前に囲って叩き潰してしまえ!」
周囲の森で気配を殺し、成り行きを見守っていた瀧宮を含めたヒーロー達。
彼らが今、『姫』を討ち取らんと次々と姿を現し、その巨躯を目掛けて踊りかかる。
瀧宮と忍者ふたりは戦力不足と言うことにして、中距離からのサポートがメインではあるが。
「おう巫女さん! 信じてもらえて助かったぜ!」
「礼なら全てが終わった後にせい。ここからが我々にとっては本番なのじゃから」
「ははっ、違いねぇ」
つい先程まで『姫』とよく分からない言語でやり取りをしていたクオンが、切り取られた首から摘出したデカい球体を転がしつつ瀧宮の横までやってきた。
彼はそこでドカりと座り込み、球体の切断作業に移る。
おそらくだがその球体の中に、囚われた人間がいるのだろう。
『姫』が大穴より這い出てくる前、この場に集まったヒーロー達が唯一懸念していた人質の救出手段について、クオンと名乗ったデブリヘイムが提案した手段は至ってシンプル。
会話で間を引き伸ばし、現地入りしたアベルの奇襲によってその部位を切り落とす。
たったこれだけである。
最初はデブリヘイム同士を接触させる事について疑問視をする者も居たが、初めにクオンとサシで呑んだ瀧宮が太鼓判を押すことでなんとか押し通したのだ。
結果は大成功。
『姫』は驚異的な速度で再生していくが、アベルが攻撃を重ねる毎にその回復速度は徐々にだが落ちていく。
集まったヒーロー達も程よく質と量が合わさっており、このまま行けば『姫』の討伐は容易に成し遂げられるだろうと想像できる。
(さて、後は問題なのが……)
瀧宮はチラリと、大穴を見る。
銀騎士が降りてから継続的に光線的な音は響いているが、何かが這い上がってくる気配はない。
それ即ち、地下では未だに『王子』との激戦が続いているという事だ。
「……どうか、死んでくれるなよツカサ坊」
瀧宮は独り言のように呟き、大穴に背を向け『姫』へと向き直る。
今の瀧宮達の戦場はこちらだ。
地下の戦力が圧倒的に少ない気もするが、神が離れ際にこれを試練と言い放ち、人々もまたそれに倣った配置となった。
ならば、この状況をひっくり返せるような何かが地下の面子にはあるのだろう。
「………にゃあお」
何かを察するかのように、秋水のみが穴に向かって鳴き、それに合わせてチリンと小鈴の音が響く。
それは丁度、ツカサのファーストキスが救命行為のような何かによって奪われた瞬間であった。