決戦!『王子』と『姫』を討伐せよ! その5
突如舞い降りた銀騎士は、『王子』のその姿を見回し、醜いなと吐き捨てた。
「何とも異様な姿だ。これが王子などと、『マザー』もよほど醜悪だったのだろうな」
銀騎士は黄金の剣から数本のレーザーを『王子』に向けて放ち、四足の関節を同時に射抜く事で足止めとした。
支えが折れればその重量もまた地に落ちる。重たい甲羅を背負った巨体は腹からコンクリへと沈み、その際に怯んだ四つ首の根元をレーザーで薙ぎ払う事で、『王子』は一瞬の内に甲羅と尾ビレを残すだけの達磨へと成り下がった。
武器との相性もあるのだろうが、見事な手際である。
『王子』はまたすぐにでも再生しようとしているが、何かが生え代わろうとする度に銀騎士がレーザーを放って焼いてしまうため、今しばらくは達磨のままだろう。
その内進化して超速再生を身に付けてしまう可能性もある為、諸刃の剣ではあるが、現段階では有効な手段である。
「急患が居ると聞いたが、手当をするならば急いで欲しい。何にしてもこの足止めは長く持たないからな」
「おっと、そうだった。黒いの、大丈夫か!?」
「黒雷さん! 生きていますか!」
「死骸を見ると心臓がキュッとするので、なるべくなら生きていてくださいねぇ……?」
王子を銀騎士がひとりで足止めしているのをいい事に、他の三人は揃って黒雷の埋まった壁へと駆け寄る。
霧崎が力技でコンクリごと壁を掘り返し、なんとか発掘できた黒雷の姿はボロボロだった。
取れたりひん曲がっていたりこそ無いものの、衝撃に強いはずのダークエルダー製スーツがベコベコに変形してしまっている。
見るも無惨な、という言葉を体現したような様相であった。
「黒雷さん! 死んじゃダメですよ! そ、そうだ今すぐ上に運びますから……!」
「落ち着け青いの。あんまし動かしてやるとそれこそ致命傷になるぞ」
完全にテンパってしまっているウンディーネをたしなめ、霧崎は淡々と脈や呼吸、出血等と、ついでに気の巡りも確かめ生命活動に不備が無いかどうかを調べる。
その間もコッペルナは思案顔のまま黒雷を眺めており、ウンディーネにいたってはオロオロと落ち着かない様子で辺りを伺っていた。
「……ふむ、どうやらコイツはかなりしぶといらしいな。多少内臓に傷がついているのと骨がそこら中折れてはいるが、今すぐどうこうってワケではなさそうだ」
その言葉に、ウンディーネがあからさまにホッとした表情となるのを霧崎は見逃さなかった。
ダークエルダー……というか黒雷とブレイヴ・エレメンツはライバル関係にあると以前聞いていたのだが、その安堵の様はそれ以上の感情を窺わせている。
あまり人のそういう事情に深く突っ込むのはよくないと、その昔椎名に窘められてしまったので自重するが、いつか黒雷と呑む日が来た時には散々弄ってやろうかと、少しニヤける霧崎であった。
「……よし、じゃあ一旦コイツを上に運んじまうか。何にしてもここじゃあ、いつ巻き添え喰って死ぬかも分からねぇ」
今は銀騎士の助力により『王子』を抑え込めているが、それも長くは続かないという。だったらお荷物だけでも霧崎が背負って外の忍者達にも預けてこようかと、そう思って黒雷を担ぎあげようとした時。
「待ってください。彼にはここでまだ戦ってもらいます」
沈黙を保っていたコッペルナが、そう切り出した。
「……何言ってやがるお前。コイツはどう見ても重症だ。アニメやゲームみたいにHP1でも戦闘続行です、なんてワケにはいかねぇんだぞ?」
あまりの謎言動に、つい訝しげな視線を向けてしまう霧崎。
魔女というのは人の心すら無くしたのかと、そう思われても仕方のない発言だったが、もしや本当に囮等に使うつもりだろうか。霧崎としてはこれでも、黒雷とは師匠と弟子という関係になるのでそれなりに情がある。椎名の借りもあるし、個人的に嫌いな奴じゃないので生かしてやりたい。
こんな状況で揉めたくはないのだが、こればかりは譲れないと、コッペルナの目隠しをひん剥いてガンつけてやろうかと立ち上がったその時。
「──貴様、覚悟はできているだろうな?」
既にウンディーネの刃がコッペルナの喉元にピタリと当てられていた。というか既に薄皮一枚分切れているのか薄ら血が流れている。
一瞬だけ、霧崎の背筋に冷たいモノが過ぎった瞬間であった。
「……はぁ。落ち着いてくださいよ」
しかし、そんな状況でもコッペルナは冷静であった。
冷静に足を震わせ目隠しは涙で滲み必死に手の甲を摘んで痛みによって耐えている。
……なんだか可哀想になってきた霧崎であったが、流石に先程の言動は許容できないので放っておく。
「何もこのままの状態で何かをやらせるつもりはありません。流石にある程度は怪我を治しますとも」
その言葉にウンディーネはようやく刀を下ろし、けれども目だけはいつまでも剣呑である。
何かおかしな事をした時には即座にたたっ斬るという強い意志を感じる瞳だ。
「………はぁ。ヤダなぁこんな場所でこんな相手じゃなぁ……。今あの占い師が居たら絶対後悔させてやるのになぁ……」
コッペルナは何やらブツクサと呟き、慣れた様子で黒雷の変身を解除させる。
黒雷……ツカサは全身黒タイツの状態で変身していたので、解除した時もそのままだ。故にウンディーネ相手に正体がバレずに済んでいるのだが、コッペルナもその段階でようやくその事に思い至ったようで、慌ててウンディーネを見やり、
「み、みみ見世物じゃないんです! あっちで加勢しててくださいよ!!」
としどろもどろとなっていた。
「嫌です。貴女が何をするか分からない以上、私は離れません。それに昨日もその姿の黒雷さんと食事を共にしているので、今更どうこうと言うつもりはありませんよ」
ウンディーネはコッペルナを信用していないらしく、頑なに傍を離れようとしない。その間も銀騎士はひとりで『王子』を圧倒せしめているのだが、霧崎ひとりが加わったところで焼け石に水だろうと感じたので霧崎もまた傍に残る。
素顔を知っている者として、最低限のプライバシーくらいは守ってやる所存である。
全身黒タイツでの食事という点に関しては絶対にツッコまないと心に誓う。
「…………はぁ。いいですけど、見ていて気持ちのいいものではないですからね……?」
コッペルナはそれだけ前置きし、ツカサのマスクを口元だけ開けると、
「ああもう、ヤダなヤダなヤダなぁ……。せめて無駄にだけはしないでくださいよ、私の初めて」
何やらポーションの様な液体を口に含み、そのまま気絶しているツカサの唇を奪った。
ズキュウウウン
初めては血の味がしたそうです。