決戦!『王子』と『姫』を討伐せよ! その2
地下室の猛攻は続く。
「とにかく三ツ首を優先的に落とすぞ! この密室で炎を吐かれ続けたら酸欠で死ぬ!」
「生き埋めの心配もしませんか!? このゴリラ、容赦なく壁にヒビを入れるんですけどぉー!」
「蜘蛛の糸を焼き切るのに火は必要になるから先にぶっ倒すなよ!? くそっ、殴っても殴っても止まりやしねぇな……」
「硬くない分斬りやすいですけど、落とした首がその場に残るのは面倒ですね。そろそろ足の踏み場もなくなってきそうです」
現状は不利というか、戦力としてはほぼ互角に近いのだ。
ただ、地下の密閉空間という条件下で酸素の心配と、落としても落としても再生により増え続ける首長竜の生首。この2点により戦況は徐々に不利となっていく。
「博士、博士ェ! なんかないですかなんか! このままじゃ撤退の判断を下すしかありませんよ!?」
『そうは言ってもなぁ。どちらも逃がさず仕留めきれる可能性を、その戦力で探るのは難しいんじゃが……』
通信の向こうでもカシワギ博士の周辺は騒がしいが、本人は至って冷静のようだ。
時折ミュートにしてしばし間を置いたり、何かを頬張った後のようなモゴモゴとした声で話したりしている。
「……博士、まさかこの状況で茶ぁシバいてたりしてません?」
「君のような勘のいいガキは嫌いじゃないが好きでもない」
人類の危機の前に通常運転。ある意味頼もしかった。
「しっかし、どうしたもんかのう……」
悩むばかりで答えは出ず。しかし、現状で頼れる者はカシワギ博士以外にいない。
黒雷の方でも考えてはいるが、角に追い込まれないように立ち回りつつ、薄くなっていく酸素を徐々に実感し始めた段階で妙案が浮かぶわけもなし。
割と絶体絶命にも思える状況である。罠であると知りながらわざとハマっておいて、マヌケな話だ。
「せめて一体を地上の部隊に任せられればのう」
地上と聞いて、そういえば瀧宮達がどうなったかの報告を聞いていなかったと思い出す。
もっとも小鈴持ちのコッペルナは現在必死に逃げ回っており、とても通信をできる状況ではないだろう。
そこでふと、黒雷の脳裏に何かがよぎった。
「……博士、今地上にはどれくらいの戦力が集まっていますか?」
黒雷のアイディアを試すには、少なくとも『マザー』を討伐した時と同程度の戦力がいる。あまりにも分の悪い賭けになるが、黒雷にはもう、それを試そうという発想しかない。
「そうじゃなぁ。今しがた上がってきた報告では、我々が送り込んだ戦力と先行部隊が合流。その他集まってきたヒーロー達と共にどうやってその場にたどり着くか思案中じゃ。どちらか一体なら相手にできる程の戦力はあるはずじゃが……」
未知数な事も多く、聡明な博士ですら断言する事ができない状況。アクワラジ本隊がほぼ壊滅状態となっているので、敵の増援を気にしないで済むのがまだ救いだろう。
「つまり……」
「! 黒雷さん危ない!」
話と思考に熱中するあまり、黒雷は己に向かって振り下ろされたゴリラの拳に気付くのが遅れた。
遅れてしまった。
「!? ごぶぉ──」
トンファーによる防御は間に合ったが、踏ん張りの効かない状態で受けたのが不味い。
おおよそ大型トラックと同サイズと思われるその巨大な拳をそんな状態で受けたら、打ち負けるのは当然。浮いた身体ごとコンクリの壁に叩き込まれ、黒雷はプレス機にでも挟まれたかのような衝撃を受けて、マスクの下で血を吐いた。
その後に、情け容赦のない拳の連打が壁ごと黒雷を打ち据える。
一打目でめり込んだコンクリに穴が開き、二打目で壁が崩壊し、三打目で遂に剥き出しになった土へと、黒雷の身体はめり込んでゆく。
「黒雷さん!?」
「黒いの!」
「ペチャンコのグロテスクは勘弁してくださいね!?」
三者三葉の言葉が聞こえるという事は、生きてはいるのだろう。さすが防御力特化のダークエルダー製スーツである。
しかし、キツイ。
意識を失っていないのが奇跡であろう。プリンセスは今ので仕留めたと考えたのか、それ以上の追撃が無いのも幸いした。
「ぐっ……げほ………」
黒雷スーツの基本機能である自己判断ツールが素早く起動し、損傷箇所を洗い出す。
内臓破裂までは至っていない。全身打撲と数箇所の骨折、その他諸々の損傷を合わせて大怪我と呼べる範疇だ。
まだギリギリ、致命傷ではない。
『……くん! ツカ……ん、大丈……かね!? 脱出装置……起動目前のダ……ジを受け………じゃが!?』
ヴォルト・ギアの不調なのか、それとも鼓膜がやられたのか。どちらかは分からないが、とにかく音が遠い。
今まで散々入退院を繰り返してきた黒雷だったが、ここまでのダメージは初めてだ。意識すら朦朧としていて、視界も霞む。
そんな時だ。
“──しっかりしなさいよ。私が産まれる前に貴方が死んでしまったら、意味がないじゃないの”
不意に、聞き覚えのあるような声が脳内に響く。
(……ああ、ヴォルト、か………?)
その声は確かに、未だに目覚めぬ相棒のもの。
それは幻聴か、はたまた黒雷の魂が冥界に近付いた拍子にでもテレパスが繋がったのか。
原因は分からないが、それでも。
また聞きたかったその声を聞けた。
“……呆れた。まだその名前で呼ぶのね。名前はもう考えてくれていたんじゃなかったの?”
脳内に響くその声は不機嫌そうに呟く。実体があったら頬でも摘まれていそうだ。
(考えては、あるさ。ただ……)
“ただ?”
約束、そう約束だ。黒雷はヴォルトと約束を交わした。
(次に目覚めた時にと、君はそう言っただろう? だから)
まだ目覚めていない君に、その名を聞かせるわけにはいかない。
それだけ伝えると、何となくだが。
彼女は笑った気がした。
“ちゃんと覚えているのね。ここで喋る気でいたら、その前に貴方の脳ミソを焼き切って殺していたわ”
物騒な事を言われているが、今のところは合格なのだろう。
それに黒雷はまだ、こんな所で死ぬわけにはいかない。
(……そうだ。まだ………)
やり残した事はたくさんある。
やらねばならない事もたくさんある。
だから、まだ。
“まだ死にたくない。貴方がそう言うのならば、私が手伝ってあげるわ”
彼女の面影が、声が、少しずつブレていく。
“だって私達、パートナーでしょう?”
その声の後に、ヴォルト・ギアが僅かに光を放った。
その光から飛び出したのは、ひとつの部品。
轟雷のトリガー。
それは未だに繰り広げられる激戦の中を縫うように飛び、地下空間の中央で即座にパーツを展開・合致する。
轟雷。東洋龍を模した、パイルバンカー。
その顎が捉える先はしかし、姫でも王子でもない。
天井。
“シュート”
彼女の声とともに速やかに、その行為は成された。
野太い杭が射出され、あらゆる物を貫通しながらその身を地面へと埋め込んでいく。
数秒の後に、爆音。
かつて『マザー』を焼いたその爆風は、またしても人類の活路を拓いた。
地下室と地上。それぞれを繋ぐ、巨大な大穴。
道が出来たのである。
とあるゲームに熱中していたら危うく遅刻しそうになりました。