悪夢、再び その4
ストローグ達が研究所を探索途中、黒雷達は本館で好き放題暴れ回っていた。
「悪の組織がナンボのもんじゃーい!」
「雑魚怪人に用はない! さっさと強いの出してこい!」
等と叫びながら、道中の怪人を返り討ちにしているのである。
「やっている事は完全に抗争ですねぇ」
「め、面子的には……間違って、ない。のでは……?」
脳筋の後ろからついて歩く少女ふたりは呑気なものだ。脳筋が戦闘中に脇道の調査をするくらいで、戦闘らしい戦闘は一切せずにもはや中程まで進行してしまっている。
「ええい、くそ! お前ら引けェ! 上があれを出すそうだぞ!」
指揮官らしき男が一声かけると怪人達は全て引っ込み、その後に通路の明かりが全て落とされる。
……否、一箇所だけ点灯している場所があった。
それは地下へと続くであろう階段。ご丁寧に『この先に進む者は希望を捨てよ』なんて洒落た看板まで掲げてある。
あからさまに罠であった。
「楽しくなってきたな」
「ようやくご対面だな」
準備運動はバッチリですと言わんばかりに、脳筋は意気揚々と階段を降りていく。
本来ならば脳筋組を少女達が止めるべき場面ではあるだろうが、こちらの目的は最初から『マザー』クラスのデブリヘイムのみ。罠のつもりでわざわざお出ししてくれるのならば好都合である。
「これなら始めから全員で本館に突入してもよかったんじゃないか?」
そう霧崎が呟くが、後ろからコッペルナが否といい、口を挟んだ。
「帝様が、班行動を推奨したのは。諜報員の回収と、我々からストローグを切り離す為ですから」
普段から一緒に行動しているコッペルナには、瀧宮 帝の真意が理解出来るらしい。
諜報員というのには聞き覚えがないけれども、あの得体の知れない少女の事だ、何かしら仕込みはあったのだろう。
しかしストローグ限定とはまた、変な話でもある。
「それはどういう意味です? 彼はヒーローとして実績があります。悪の組織以上に信用できない、というのは少々納得がいきませんが」
案の定ウンディーネも疑問に思ったようで、コッペルナに食ってかかる。彼女もヒーローとしての立場があるし、かつて共に(といっても直接の関わりはなかったが)この秩父山中に乗り込んだ仲間を疑いたくはないのだろう。
「……では、簡潔に説明しますね」
まだまだ地下へと伸びる階段は続く。先頭を行く霧崎が警戒を促さないのであれば、もうしばらくは話す時間もあるはずだ。
「率直に言いますと、あのストローグは本人ではない可能性があるのです」
そうコッペルナは言った。目深に被ったベレー帽に片手を突っ込み、ゴソゴソと漁った後に引っ張り出したのは一般向けに販売されている『ヒーロー大全』という雑誌。
黒雷も愛読しているそれをコッペルナは広げると、とあるページを開いて指さした。
『仮面ダンサーストローグ! 愛と勇気と踊りの戦士!』
見開きにデカデカと書かれたその文字の下には、本人が喜んで撮影に応じたとしか思えないような写真が何枚か貼られている。
その姿は先程出会ったストローグと瓜二つに見えるのだが。
「これがデブリヘイム事変より少し前のストローグの写真で。そしてこちらが先程出会ったストローグと名乗る者を盗撮した時の写真です。どうぞ、見比べてみてください」
言われるがまま、黒雷とウンディーネは並べた写真を覗き込む。
「……触覚の角度、ボディペイントの光沢、ベルトのバックル部分、装飾品の数と形………。なるほど、大部分は大差ないが、細かい意匠が異なっているな」
「よく見ないと分からない程度の違いとはいえ、確かに一点物のヒーロースーツとしては変化が大きい気がしますね」
デブリヘイム事変の時ですらロクに挨拶も交わさなかった仲だ。黒雷やウンディーネでは本人かどうかの確認はできない。
そして、本人ではない何者かがストローグを騙っている可能性がある。この可能性が浮上するだけで、警戒しない理由がなくなるのだ。
「今回揃った九名の内、ストローグだけが他の面子の誰とも交流を持たないんです。つまりは、誰も彼を本人だと断定できない。これが理由になります」
瀧宮の危惧はもっともだ。
ただでさえ人類の天敵を相手にしようとしている時に、背後を気にして戦いたくはないだろう。
「しかし、それだとアーミーΔ達が危ないのではないか?」
流石に先んじて警戒するように話はしているだろうが、正体不明の者と行動させるには不安が残る。
何せ、アーミーΔはダークエルダーの怪人スーツを着用しているので緊急脱出装置が使用できるが、枢にはそれがない。
戦闘力でいっても彼女はこれだけの面子の中だと下位に位置するだろう。忍者らしい逃走手段があれば別なのだが。
「まぁそこはなんと言いますか、何とかする為の諜報員回収でして……。あ、そろそろ出口みたいですね」
長い長い階段を降りた先。そこには無機質な扉が一枚ある限り。きっとその先に、アクワラジの連中が用意した何かがあるのだろう。
「よーしお前ら、準備はできているな? 開けるぞ」
返事を待たず、霧崎が軽い調子で扉を蹴破る。くの字に曲がったソレは、先に広がったコンクリートの床を数度跳ねたのち、巨大な何かにぶつかって停止した。
その時、チリンと小鈴が鳴る。
『こちら枢。おふたりさん、まだ聞こえているかい?』
それは研究所を探索しているであろう枢環の声。
その声は多少緊張を帯びた様子で、こう続ける。
『気を付けなよ。アンタ達の言っていた大型のデブリヘイムってヤツ、多分二体はいるよ』
そうか、ヤバいなと。そう返してやりたかった。
しかし黒雷達にそんな余裕はない。否、無くなったと言うのが正しい。
「よくぞやって来たな、侵入者共。ここで死ね」
偉そうな小太りのおっさんがモニター越しに宣う。
その声と共に、二体のデブリヘイムを拘束していた楔が全て外され、先程まで黒雷達が歩いていた階段はおそらく人為的に崩落した。
退路のない大広間で、その化け物達は鎌首をもたげる。
「「■■■■■■■■■■──ッ!」」
10mを超える二体の化け物を前に、黒雷達は否が応でも戦闘態勢を取らざるを得なかった。
『マザー』クラスの大型デブリヘイム二体と、たった四人の混成部隊。
あまりにも分が悪い決戦の火蓋は、いともたやすく切って落された。