悪夢、再び その3
アクワラジ本館の正門が弾け飛んだと同時、基地全体に警報が鳴り響く。
「敵襲ぅー!」
「敵襲だー! 正門を固めろー!!」
アクワラジの面々にとって聞き覚えのない声が響く中、警備に当たっていた怪人達が急ぎ正門へと駆けつける。
そこに立つのは4人の襲撃者達。統一感のないその珍妙な奴らは、駆けつけた怪人を次から次へとなぎ倒して奥へと進行を続ける。
「き、貴様ら何者だ!」
とある職員が問うた。彼はただの研究員だが、たまたま本館で用事があった為にこの現場へと鉢合わせてしまった不運の人だった。
「知りたいか?」
アロハシャツにサングラスをキメた大漢が職員に歩み寄る。
その威圧感は生身にも関わらず相当なもので、職員は堪らずに悲鳴を上げ、涙目となり壁際まで這って逃げた。
「知りたいよな?」
漢はそんなの関係ないと言わんばかりに、さっさと歩み寄って職員の首根っこを引っ付かみ、高々と持ち上げてしまった。
片腕で、天井スレスレまで持ち上げる腕力。職員からは何故か、その漢が金色のオーラを纏っていたようにも見えた。
「アイエエエエエエェェェ!」
職員は堪らず失禁。怪人の顔に見慣れていた職員であっても、本業がヤのつく怖いところな漢のスマイルには耐性がなかったのだ。
「だったら教えてやるぜ」
漢は職員を投げ捨て、彼を救出しようとしていたであろう怪人へと踊りかかる。
「俺の名はミスターK! シングルファーザーだ!!」
漢の叫びは館内に響き渡り、その意味不明さに誰もが首を傾げた。
◇
「……ワシは陽動と釣り出しを含めて大暴れしろとは言ったが、壊滅させろとまでは言っとらんのじゃがなぁ……?」
突然の襲撃者によって本館が騒がしくなり始めた頃。瀧宮とスズはすでに、『社員寮?』の中を無遠慮に物色しつつ練り歩いていた。
「……うーわ、この人頭から壁に突っ込んでもまだ寝てるっスよ。効き目エグいっスねぇ……」
スズが廊下に倒れている職員をつつこうとも、誰も起きる気配はない。
それもそのはずで、瀧宮達は黒雷達が突入する10分前にこの建物の通気口に毒を流し入れていたのだ。
異界化した秩父で採れた、人体に対して猛烈な眠気と幻覚を誘発するアブナイ茸の胞子である。
これにより社員寮にいた人間はほぼ壊滅。僅かに居残っていた怪人は本館へと移動したか、職員達を起こそうとして声を上げているので瀧宮達は余裕でスルーできたという話である。
「この資料とこれは……まぁもらうか。こっちのは焼いていいかの。……おーおー、コイツは驚いたの。この職員、私物ロッカーにペチェ〇グと4.0スコープとレーザーサイト、ついでにバイポッドまで入っておるぞ。好きモンじゃのぅ」
「あの、瀧宮サン? 当初の目的は忘れてないっスよね?」
デブリヘイムを探すはずが、瀧宮が行っているのは完全に勇者的物色である。わざわざ私室のドアをこじ開けてまでやる事がそれなのは如何なものかと、職業忍者のスズとしては何だかいただけない。
必要な情報を必要な分だけ、誰にも気付かれずに盗み出すのが忍者としての美しさではないのか、と心の中の何かが叫びたがっているのである。
「まぁまぁ落ち着きなさいな。ワシだって理由もなしにこんな物色をしてたりは……おっ、コイツはポン〇ツ浪漫大〇劇!? もうプレミアがついてて五千円から下がらんソフトじゃ! ……これは、可哀想じゃから置いておこうかの」
「はぁ……。なんか、この組織にいると気張るだけ無駄なんじゃないかなって最近思い始めてきたっスよ……」
どいつもこいつも我が道突っ走る系の人間ばかりで、規律に縛られながらも死線を掻い潜って生きてきたスズにとってはまるで別世界に生きてきたような人達である。
まだまだ秘伝の胃薬は手放せないなと、スズはまた一錠取り出して飲み込みながら思う。
その時。
「嗚呼! ようやく見つけたぞ!!」
とある一室へと踏み込んだ瀧宮が声を上げたので、遂にデブリヘイムへとたどり着いたかと小鈴を掲げて部屋を覗き込んだスズが見たものは。
「春風! 夏火! 秋水! 冬地! みんな元気じゃったかー!?」
『うなぁ~』
4匹の猫にじゃれ付きながら、満面の笑みでチュ〇ルを与える瀧宮の姿だった。
「………」
スズはただ絶句するしかない。
「あいやスズよ、そんな目で見るでない。この子達はワシが送り込んだ密偵なんじゃよ。この子らのおかげで今回の件も発覚したんじゃ。だからそんな目でワシを見んでくれ」
『うなぁ~』
瀧宮の言葉に同意するように、4匹が同時に首を縦に振る。それぞれの首輪にも『遠話の小鈴』が付いているようで、それを証拠だと言い張りたいらしい。
「……ま、いいっスよ。密偵ちゃんと合流できたのならさっさと見て回りましょう? 早くしないと本館が先に解体されますよ」
それだけ言って次へと移動しようとしたスズの足元に、春風と呼ばれた猫がやって来る。そして前足でスズの足を叩いた上で、
「まぁまぁ、慌てるのも分かるんやけどな? まだワイら挨拶もしてへんやんか。もう場所は分かってんねん。そない急ぐ必要もないやんけ」
と宣った。
「………すぅ~、はぁぁぁぁ」
スズは深呼吸いっかい。
「猫が流暢に関西弁っスー!!」
気苦労忍者の受難は続く。
◇
一方その頃、ストローグ班。
こちらは研究所と思しき施設へと侵入し、ゲニニンによる人海戦術を掛けている真っ最中である。
「この睡眠……幻覚剤? は卑劣過ぎやしないか。悪の組織というのはこれだから……」
「まぁまぁ、俺達が本気で暴れたら辺り一帯が焦土と化すんだから、まだ良心的な方だろう?」
「アタシとしてはやってみたかったけどね、ゲニニンの整列射撃。RPGの三段撃ちは見物だと思うよ?」
あまりにも物騒な話をしながら、三人は片っ端から資料を焼いたり薬品を盗んだり、怪人の幼体が収められた培養カプセルに珈琲を混ぜたりとやりたい放題だ。
これが道すがらの八つ当たりだと言うのだから、悪辣が過ぎる。
「おや?」
ストローグは手に入れた見取り図を確認し、一番怪しい研究室を覗いてみたが、そこも空振り。
そこには巨大な培養カプセルが二基、鎮座しているのみである。
「………これはぁ、マズイなぁ」
そう、まったく同じ培養カプセルが二基。
それが意味するところとは、だ。
「こちら枢。おふたりさん、まだ聞こえているかい?」
小鈴を口元に、告げる。
真実は、多分ひとつだけ。
デブリヘイムは二体いる。
バン〇ート〇ットはいいゲームでした。
当時は二千円で買えたのになぁ……。