日常にはそんなにない光景 その2
土曜日の真昼間。ツカサは買いたくもない喧嘩を買っていた。
「おうおう兄ちゃんやってくれたやんけ!もう謝っても許さねぇからなゴラァ!!」
相手は六人。ウチ一人は不意打ちで既に気絶している。
ツカサ自身は古臭いナンパ達に絡まれていた少女達の助太刀というか、その古臭いのがダークエルダーを名乗ろうとしたので多少のお灸を据えに来ただけなのだが。
しかし今は黒雷でも黒タイツでもなく、ただの一般市民としての参戦であるため下手なセリフを吐くこともできない。
悪の組織の一員は簡単に自身の正体をバラす訳にはいかないのだ。
「何とか言えってんだよくぉらぁ!」
古臭いのの一人がさっきから吠えているが、こちらの持つ警棒のような物を警戒してかなかなか仕掛けてこない。それでも囲んでジリジリと輪を縮めてくるあたり、一応喧嘩慣れというか、こういう事をやり慣れているという事だろう。
でも、何も相手から仕掛けてくるのを待つ必要はない。
「伸びろ!スタンローッド!」
「へぶぅ!!」
このダークエルダー特製の護身用スタンロッドは、携帯性を維持しつつ最大限まで『先手必勝』を意識して制作されている。数々の特殊技巧をその内に含み、音声入力によってその機能を使用できるのだ。
「三人目!」
相手が驚いている間に、返す刀でもう一人も沈める。しかしこれ以上は何か対策を取られる危険性もあるため、即座に元の長さへと戻して身構える。
「余談だが、ダークエルダーの一員は組織の名前を出すような行動をする際には必ず素顔を隠すんだ。何せ、それが彼らの『美学』だからね」
「野郎……ふざけやがって!」
残りは三人。バラバラに挑んでも返り討ちと感じたのか、一人が動いた事に釣られたのかは分からないが。それぞれが別の方向から一斉に仕掛けてくる。
しかし、残念ながらそれも悪手なのだ。
「中距離展開!」
「がッ」「ぐえぇ」「アァん!」
高々とスタンロッドを掲げれば、それを中心に一瞬だけ半球型の電磁網が展開される。範囲型故に一撃で昏倒させる程の威力はないが、触れてしまえば大抵の人間なら一時的に行動を鈍らせる事ができるのだ。
そして走ってきた勢いのまま地面へと倒れ伏した三人を改めて気絶させれば、この喧嘩はツカサの一方的な勝利となる。
◇
「お見事」
パチパチパチと、控えめな拍手の音にツカサが振り向けば、そこにはナンパに絡まれていた二人の少女が立っていた。
「でも、気絶させたコイツらはどうするつもりだい?コイツらは一応はただのナンパだし、ダークエルダーの一員ってワケでもないんだろ?」
少女が指で周囲に転がる男達を示す。確かに、現場だけを見ればツカサが一方的に彼らを暴行し気絶させたようにも見えるだろう。
実際その通りなのは置いておいて。
「それならば問題はない。この警棒は使用した際には『組織』へと連絡が行く様になっているからな」
その台詞を言い終える辺りで、数台の黒いワゴン車がツカサ達の近くへと駐車する。そこから出てくるのは数人の、黒スーツとサングラスで統一した屈強なマッチョマン達。彼らは脇目も振らずに気絶したナンパ共を抱え、次々とワゴン車に放り込むと素早く撤収した。
「一応、誤解のないように自己紹介をしておこう」
ツカサは改めて少女達へと向き直る。そこで初めて、彼女達が夕陽の公園で会った二人だと気付いたが、しかしまぁ、今は関係のない事だろう。
一息。
「我々は政府により結成された名も無き『地域安全保障組織』。ダークエルダーに対抗する為に作られた、秘密組織だ」
そう、表向きの名を口にした。