悪夢、再び その2
変身し、秩父の森を駆けるふたり。
黒雷とウンディーネ。
変身時のずば抜けた身体能力をフルに活かし、野を駆け木々の間を飛び回り、時にはワイバーンの背を踏み台にしてふたりは急ぐ。
背後でワイバーンが吠えているが気にしない。
「あとどれくらいですかっ!?」
「あと2km程だ! あの大木の上から一気に飛ぶぞ!」
「えっ、はい!」
地を蹴り、大木を踏み台にして更に前へ。
なんともそれらしい建物が見えてきたところで、ふたりは人集りを見つけ、その側へと着地する。
「おお、ようやく来たのかの。待ちくたびれて置いていくところじゃったわ」
そこに集っていたのは、黒雷と共にいた者達とほか数名。
瀧宮 帝、コッペルナ、枢 環、アーミーΔ(inカゲトラ)、スズ、霧崎。そして、仮面ダンサーストローグ。
黒雷とウンディーネを合わせ、9名が先行突入部隊として集結したのである。
どうして霧崎がドヤ顔で仁王立ちしているのかは知らない。
「……ええっと………?」
黒雷はストローグ以外知り合いなので問題はないが、ウンディーネからすれば見知った顔が半分と知らない顔が半分といったところか。
どうして自分達よりも早くこの場に居るのかや、自己紹介等もあれば嬉しいと言いたいところではあるだろうが。
「ウンディーネよ、すまんが今は一分一秒が惜しい状況でな。互いの詮索は後回しじゃ」
そう瀧宮に言われては、ウンディーネも黙るしかない。
巫女服の少女が現状を仕切っている事については疑問に思わないのだろうか。
その事に慣れている黒雷達も大概であるのだが。
「さて、まずは突入経路から話しておこうかの」
状況は誰しもが理解しているだろうという前提で、瀧宮は話を始める。
木の枝で地面に描くのは、建物……このアクワラジの基地を上空から見た時の簡略図のようだ。
敷地内に三棟ほどの建物が並び、それぞれに『本館』『社員寮?』『研究所?』と文字を書き添えていく。
本館を中心に、西側に社員寮らしき建物、東側に研究所のような建物といった並びのようだ。
「今回の目的はデブリヘイム『プリンセス』の討伐じゃが、正直どこにおるのかはさっぱり分からん。研究所のようなものと社員寮のようなものと本館。どれかしらにはおるのだろうがの。……最適なのは、この面子を保ったまま総力戦なのじゃが、一丸で進んではハズレを引いた瞬間に逃げられる可能性がある。そこでじゃな……」
瀧宮は簡略図から少し離れた場所に『黒雷』と『瀧宮』と『ストローグ』の名を書く。それぞれの名前の上にリーダーと書き添えているあたり、みっつに班分けをしようという事だろう。
「見ればわかると思うが、三班に分けての同時突入じゃ。確実に激戦が予想される本館には黒雷を宛て、同時にワシとストローグの班が残りの建物を攻略しようという考えじゃ。異論はあるかの?」
その言葉に、先程から名が上がるストローグが手を挙げた。
彼は仮面の下から全員を一瞥したあと、口を開く。
「彼の強さに一目を置いているのは理解できた。三班に分ける理由もな。……だが、俺の厄介な仕様は潜入には不向きなんでな。どうせなら俺も黒雷の班について突破力を上げた方が無難だと思うのだが、どうだ?」
「なるほど、一理ある」
仮面ダンサーストローグ。彼は戦闘となると己の意志とは関係なく爆音のBGMが周囲に轟いてしまうという、厄介な性質持ちのヒーローだ。
その性質上、戦闘になった瞬間から居場所がモロバレになるのは当然。ならば最初から戦闘が予想される本館に、という話である。
「話は分かる。じゃがワシはそれを込みで別行動してもらいたいと考えておる。詳しく説明する時間も今は惜しいのじゃが、なんとか納得してもらえんかの、ストローグ?」
「ああいや、それも込みで考えがあるならば問題はない。できれば汚名返上の機会をと考えもしたが、今はそれどころじゃないからな。続けてくれ」
瀧宮の返答に素直に引くストローグ。
恐らくだが瀧宮は、彼を囮兼誘導員として使いたいのだろう。
これから続々となだれ込んで来る予定の味方に、現在の戦闘位置を教えるのならば彼の方が分かりやすい。内部の事情も知らぬヒーローがやってきた場合、当然のように黒雷も敵と判断しかねないから、まずはちゃんとしたヒーローであるストローグの所に送り込もうという魂胆である。
今は悪の組織の構成員が占める割合が多いから仕方のない事である。
「……よし、ではさっさと割振りを決めるぞ。意見があるなら今のうちにな」
そうして割り振られた班員は以下の通り。
黒雷班・・・ウンディーネ、霧崎、コッペルナ。
瀧宮班・・・スズ。
ストローグ班・・・アーミーΔ、枢。
上から脳筋+頭脳、諜報特化、器用貧乏となっております。
メンバーがメンバーなだけに偏りが激しいが、要所に必要な能力を鑑みるならばこれが最適だろう。
ただ、ほとんどの面子の能力を把握している黒雷だからこそ納得できる話であって、ウンディーネやストローグから見れば疑問点も多そうなものだが。
「魔女と忍者と忍者を振り分けるならばこうなるのでは?」
「忍者と軍人みたいな怪人か。面白い組み合わせだな」
……と、何故か割と好評っぽいので野暮なツッコミはしないでおく。
実際に3人とも万能っぽいので問題ないだろう。
「では、ルナと忍者達にはこの小鈴を渡しておこうかの。これは『遠話の小鈴』と言って……まぁ要するにトランシーバーみたいなもんじゃ。何かあったらこれに話しかければ他のふたりにも声が聴こえる。よいか、今回はアクワラジを壊滅させることが目的ではないからの。『プリンセス』を発見し次第、即座に集合・撃滅じゃ。よいな?」
皆が頷くのを確認し、瀧宮は改めて口を開く。
「戦況は未知数じゃが、皆生きて帰るぞ……!」
◇
アクワラジ本部、正門。
象すらもすれ違えるほど巨大に作られたその門は、天外魔境と化した秩父山中の中でも一際異様な気配を放っている。
その大きさに見合った頑丈さと、蟻一匹たりとも見逃さない歴戦の門番、最新鋭の警備システムを前に、過去幾多の騒乱の中でさえ難攻不落を誇っていた。
しかし。
「「敵襲だぁぁぁ! 敵が来たぞぉぉぉ!」」
なんて大声で叫びながら突っ込んでくる黒雷・霧崎により、その門は一撃の下に砕け散った。
「やったるぜ!」
「おお!」
隠れて侵入できそうにないなら真正面から挑めばいいと結論付けた脳筋チームは、アラートが鳴る中を悠然と駆ける。
何やら既視感を感じる状況の中、常識人たるウンディーネとコッペルナは脳筋の後ろでひっそりと溜息を吐いていた。
セミによる大合唱アラートか機械によるアラートかの違いです。
余談ですが、屈強な門番は脳筋の脳筋による脳筋の為のダブル・ラリアットで一発KOとなりました。