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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第五章 『悪の組織と夏のデキゴト』 後編

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悪夢、再び その1

 長かった2人きりの夜の、翌朝。

 普段は聞き慣れないワイバーンの雄叫びを目覚まし代わりに、ツカサはムクリと身体を起こした。

 「ふあぁぁぁあああ……」

 昨晩は色々あって、ブレイヴ・ウンディーネ……いや、水鏡 美月と大いに語らった後に別々のテントで就寝したのだが、無事に朝を迎えられたところを見るに夜襲などは掛けられていないらしい。

 「ヒーローが悪の戦闘員に夜襲って、普通逆だっていう話だよな」

 自身の考えにツッコミを入れつつ、ツカサは桶に溜めていた山水で顔を洗い、マスクをきっちりと着用し、昨晩のカレーの残りとその他食材を持ってテントから出た。

 外は快晴。コッペルナの結界のおかげか何者かが立ち入ったような形跡もなく、平穏無事である。

 美月はまだ起きていないらしく、精霊ウンディーネが小さい身体を精一杯張ってこちらを威嚇していた。

 「心配しなくても、私が寝ている女子校生に手を出すなんてマネはせんのだがな」

 何せ字面が本当にヤバい。いくら悪の組織の一員とはいえ、警察のお世話にはなりたくないのだ。


 「ご飯に残りのカレーと、カブの酢漬けに山菜の和え物、卵にワイバーンベーコン……。うーん、ご機嫌な朝食だ」

 焚き火台は三台もあるし、米を炊きつつカレーを温め、残りの一台でベーコンエッグでも作ろうかと、ツカサは要領よく作業を進める。

 キャンプ飯は普段の料理とは違って、多少失敗しても美味しく召し上がれるのがよいところだ。

 何故か調理の最中、ずっと精霊ウンディーネから値踏みをする様な視線を浴び続けていたが、攻撃されなければ問題ない。

 「………おはよう、ございまふ………」

 料理も半ば出来上がったところで、テントから水鏡 美月が這い出てきた。どうやら朝は少し弱いらしく、目元をこすりながらの登場である。

 というかマスクを付けていない。昨晩の話をもう忘れたのだろうか。

 誤魔化した甲斐がない。


 「ふっ、ようやく目覚めたかウンディーネ。あちらに山水を引いた水場があるからそこで顔を洗うといい。……あまり、無防備になり過ぎるなよ」

 美月に背を向けたまま嘯く。

 皮肉を込めた一言でようやく気が付いたのか、美月は慌てて水場へと向かい、戻って来る頃にはきちんとマスクをして全身黒タイツモードへと切り替わっていた。

 ホント、色気もクソもない格好だが、ツカサも現状は同じ格好なので何も言うまい。

 「朝からカレーとは少し重たいかもしれないが、残すわけにもいかんからな。食い切ってくれとは言わんが、手をつけてもらえれば助かる」

 朝食まで焚き火を囲むのも味がないので、倒木を加工して作った長テーブルに二人分の食事を並べる。

 飲み物は水のみ。他にまともな飲料はない。


 「……なんか、全部やってもらってしまい申し訳ありません……」

 特に手伝う場面もなかったため、ぼんやりと椅子に座っていた美月がポツリと漏らす。

 昨日からずっと世話になりっぱなしと考えれば、心苦しいのも分かる。分かるが……。

 「なに、この恩はいずれ返してもらうさ。ふふふふふ」

 現役ヒーローの、しかも本来であれば自身と一切接点がないような美少女に対して世話を焼くという、そんな特殊な場面において。

 元来根暗オタクであるツカサは、美味しいシチュエーションだと大いに楽しんでいた。

 女の子とキャンプ? 手作り料理を食べてもらう? おはようって声をかけてもらう?

 そんな夢のような場面をツカサは今体験しているのである。

 真剣にどこに金を払えばいいのかと悩んでしまいそうだ。

 「……あの、黒雷さん?」

 「おっと、すまない。ぼーっとしていた。冷めないうちに食べてしまうとしよう」

 真剣に考えすぎて、思考が飛んでしまっていたらしい。今はとにかく、黒雷としてボロを出さないように気をつけねばならないのだ。

 「「いただきます」」

 ふたりが揃って着座した時点で両手を合わせ、ちょっとだけ焦げついた朝食へと手を伸ばした。



 ◇



 せめて洗い物くらい私がやりますねと、そう言った美月に片付けを任せ、ツカサは撤収の準備を進めていた。

 このキャンプ場を破棄するわけではないが、余った食材等は持ち帰って冷蔵庫にしまわねばすぐに傷んでしまう。もうすぐ秋だとはいえ、暑いことに変わりはないのだ。

 『──オペレーターから黒雷へ。黒雷、聴こえますか?』

 ちょうど互いの作業が終わり、休憩がてら少々雑談してから解散かなと思った矢先、ヴォルト・ギアに通信が入った。

 普段ならカシワギ博士が直接話しかけてくるはずなのだが、今日は何故かダークエルダー所属のオペレーターであった。

 正体は分かっていないとしてはいるが、気絶したブレイヴ・ウンディーネを保護したという報告は上げているので、それを考慮したのかもしれない。

 「黒雷よりオペレーターへ。電波は良好。何か問題でもあったのか?」

 普段は定時報告以外に連絡を寄越さないのに、今日に限っては朝イチから唐突な通信だ。

 何か重大な事件や事故の可能性が高い。


 『よかった、繋がったのね。ブレイヴ・ウンディーネはそこに居る? 居るならばちょうどいいから一緒に聞いてちょうだい』

 その音声が聞こえたのか、美月も近付いてきて隣へと座る。

 「ここにおります。──大事件ですか?」

 美月も同じ発想のようで、神妙そうな声でオペレーターに先を促す。悪の組織の通話をヒーローに聞かせる時点でそれなりの案件であるのは間違いない。

 ええ、そうなのと。オペレーターはそう前置きし、

 『秩父山中にて、大型デブリヘイムの反応を感知しました。反応の大きさは『マザー』クラス。恐らく、討伐戦時に逃げ出した幼体をアクワラジが回収・培養したのかと推測されます。以後、この個体を『プリンセス』と呼称します』

 と宣った。

 「……なんて、馬鹿なことを………」

 ツカサはそう嘆かずにはいられない。

 恐らくデブリヘイムの生態を研究し、軍事兵器な何かに転用しようとでもしたのだろうが、あんな永遠に進化し続ける人類の天敵は、いくら幼体だからといっても人の手に余る代物でしかない。

 ダークエルダーでさえデブリヘイムの死骸しか研究していないのだ。

 あまりにも危険過ぎる。


 『……よろしいですか。我々はこの事態を重く見て、悪の組織『アクワラジ』、及び『プリンセス』の討伐を決定しました。戦力の逐次投入となってしまいますが、まずは現場にほど近い貴方達に威力偵察、可能なら『プリンセス』の討伐を依頼したいと思います』

 一息。

 『事態は一刻を争います。我々も今全力で兵力と動けるヒーローをかき集めていますので、どうかお願いします』

 日本を救ってくださいと、オペレーターは続けた。

 数ヶ月前とはいえ、デブリヘイム事変は国の根本を揺るがすような大事件であった。

 人類の天敵が街中を闊歩する、そんな悪夢のような日々。

 それがまた起こるかもしれない。

 「行きましょう黒雷……さん」

 美月は立ち上がる。逃げることもできるはずなのに、その選択肢がまるで頭に無いかのように。その瞳はまっすぐ、森の奥深くを見つめている。

 「……ふふ、仕方がないな。今回はエスコートだけでなく、パーティ会場まで辿り着けるといいのだが」

 前回はデブリヘイムカブトとの戦闘において、黒雷自身はリタイアという結果に終わっている。『マザー』にトドメをさしたのも黒雷ではあるが、あれは空から落ちてきただけなので戦闘に参加したとは言い難い。

 対象が『プリンセス』いうことで小粋なジョークを言ってみたのだが、美月はどうやら聞いてすらいないようだった。

 切ない。


 『………えーっと、ではマップを表示します。近場にいる人達には既に向かってもらっていますので、現地で合流できるかと思います。よろしくお願いします!!』

 オペレーターとの通信が切れ、代わりに3Dマップが表示された。現在地点からそこそこ遠い場所に『アクワラジ』の本拠地があり、その位置に向けて、今回の作戦に参加する者達のマーカーがいくつも接近している。

 急げば突入前に合流できるだろう。

 「では、いくか。──変身!!」

 「はい! ──ブレイヴ・エスカレーション!!」

 二体の黒タイツの姿が変身エフェクトの裏に隠れ、再び姿を現した時にはその姿は既に別物へと置き変わっている。

 黒雷と、ブレイヴ・ウンディーネ。

 ふたりの精霊戦士(片方はハテナが付くが)がそこに居た。

 「目指すは!」

 「『プリンセス』!」


 ふたりは駆け出す。


 ふたりの勇気が、明日の日本を救うと信じて──!

 本編とは別に、『悪の組織とウラバナシ』というモノを投稿し始めました。なんか適当に思い付いたモノを不定期に投稿していきますので、そちらもよろしくお願いします。

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