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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第五章 『悪の組織と夏のデキゴト』 後編
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秩父の夜空と、黒・青 その6

 あけましておめでとうございます。

 今年も毎週欠かさず更新していこうと思いますので、皆様どうかこれからもご愛読のほど、よろしくお願いいたします。

 黒雷の話が終わり、次は美月の番と相成ったワケだが。

 (話すこと、ないなぁ……)

 目覚めたばかりの時に語った事が、他人に話す事のできる最大限にナイーブな話だ。

 残っていた理性を総動員して個人名など暈したが、それでも吐露できるものは全て語った気がする。

 「……例えば、そうだな」

 美月が黙して語らずの姿勢となったからか、黒雷は自らが質問をする方向へ切り替えたようだ。数秒間うんうんと唸り、

 「どうして君は、ここに来たんだ?」

 そう、言った。

 「……? 私、強くなりたいと言いましたよね?」

 それについての答えは語ったはずだ。悔しいと泣いたはずだ。忘れたのだろうか。

 だけれども黒雷は首を振り、こう続ける。

 「どうして君は、()()()()強くなりたいのかと、そう聞いているんだよ」

 なんて、宣った。

 「サラマンダーやノームに予定があったから、とかそういう返答を期待しているわけではないぞ。それなら日を改めて三人で予定を組めばいいだけの話だ。在野にいるヒーロー達に師事を乞うことも選択肢としてあったはずだし、君の話した実家の道場で訓練を続けるという道もあったはずだ」

 なのに何故、と黒雷は問う。

 「なのに何故、君はたったひとりで、こんな危険な場所へと足を踏み入れた」


 「……それ、は………」

 美月としては、思い立ったが吉日とばかりにやって来たものとして考えていた。

 いや、そう思い込もうとしていただけかもしれない。

 黒雷が問うているのは、きっと根幹。話の根っこ。

 即ち、『何故バディ又はトリオのヒーローなのに、たったひとりで強くなろうとしているのか』だ。

 「君達の連携にはいつも煮え湯を飲まされてきた。ふたりならば呂布イカとも渡り合える戦力であろう。なのに何故、今回はひとりなんだ?」

 そう、ブレイヴ・エレメンツはふたりでひとつ。最近はノームも加わり、三人でチームとなった。

 三人での戦いで未だに負けはない。目の前にいる黒雷とはまだ戦ったわけではないが、ふたりの時に押し込められる相手ならば、三人で負ける道理はないだろう。

 しかし、個人の戦績なら?

 「……そこに、君が焦る理由があるのだな?」

 図星、なのかもしれない。

 美月はただ、無言で焚き火を眺める他ない。


 黒雷は返答を待ってくれている。いや、美月が答えにたどり着くのを待ってくれている。

 しかし、ただ待つばかりではいられないようだ。

 「『マザー』との決戦。君とサラマンダー、ふたりの連携であの大鎌を切り飛ばし、勝利したと聞いている」

 美月は頷く。

 「貂蝉アンコウとの死闘。あれは君の完全敗北だな。全てあちらが上回っていた」

 その言葉に、ビクリと身体が反応する。

 圧倒的なまでの戦闘力の差。終始冷静さを欠いた上に、まんまと相手の罠にハマって窒息死寸前まで追い詰められた。

 今美月が生きているのは、単純に彼らが闘争目的で相手を殺すような意図がなかっただけ。そうでなければ、あの時に……。

 「邪神大戦。君達が上位精霊のチカラを使用した時だな。あの時はそれぞれが単独でデブリヘイム合金製のゴーレムを消滅させた……と、報告を受けている」

 そう、あの大戦の時はノームとハクのふたりが中心だった為に、援護に収まったのだ。無事に歌恋達を救い出せたし、街に被害も出なかったのはよかった。


 「……ついで、これは独り言だが」

 黒雷がそう前置きし、マグカップに残したココアを一気飲みした。その後にあーとかえーとか唸った後に、恐る恐る口を開く。

 「夏祭り。とある男性が銃撃された事件」

 その言葉に、ついに美月の視線が焚き火から黒雷へと向いた。

 「どうして、その事を……!?」

 その事件は()()()()()関わった事件であって、()()()()()()()()()()は登場しないはずだ。

 そう、少し前にあった夏祭り。その最中に事件は起きた。

 美月達が大杉兄妹と共に夏祭りへと出向いた日。

 そこでジャスティス白井という組織を名乗った者により襲撃されたのだ。

 「──ああ、安心していい。私は当時あの現場を検分した身であるから諸事情を理解しているだけで、君が『誰で何者か』なんてものは私しか理解していない。……ああいや、これは独り言だ。君はウンディーネであって、その正体を私はしらない。うむ」

 なんだかボロを出しまくりであるが、つまりは当時の事件はダークエルダーの知る所となったという事だろう。一時はニュースにもなっていた事件ではあるし、知っていても不思議ではないが。


 「その話、貴方はどこまで把握しているのですか?」

 つい気になってしまう。

 「……私個人としてならば、そうさな。美女が4人と冴えない男がひとり。そんな珍しい組み合わせを目で追っていた。人が捌けた所に銃声がしたので戻ってみたら、ジャスティス白井と名乗るグループによる殺人未遂現場を目撃した、という具合さ。すぐに警備を呼び、私は傍で飛び出す機会を伺っていたが、男が起き上がって全て叩き潰してしまったから出番がなかった、というところかな」

 黒雷は澱みなく答える。一瞬だけ、『この黒雷の正体が司さんなのかも?』という疑念も生まれたが、まさかあの人が自分の妹を含めて『美女4人』なんて表現は使わないだろう。

 「ふむ」

 そうして黒雷は口を噤む。そして数秒ののち。

 「もしかしてなんだけど。君は“責任感”で、自分だけ強くなろうとしていないかね?」

 そう、言った。


 「責任感……?」

 責任感。確かにそれはなければならないものだけれども。

 それだけで?

 「私の知る君達の戦績はそれだけだ。だけれども」

 そこで黒雷はまたココアを注ぐ。

 これは私の推測だが、と前置きして。

 「多分君が、君だけが。──死ぬ恐ろしさと、人に死なれる恐怖を知っているんじゃないかなと、そう思うんだよね」

 そう言い切った。

 「死ぬのは怖い。人が目の前で死なれるのは嫌だ。だけどサラマンダーもノームも、多分後者しか体験したことは無い。そうではないかな?」

 それは、確かに。

 美月達は死闘を繰り広げたことはあっても、死にかけた経験があるのは美月だけだ。

 「だから君は、ある意味で“死”という概念に惹かれてしまった。死を誰よりも恐れるようになり、だけれども誰よりもその傍に在る事を無意識の内に良しとした。自己犠牲の先に活ありと、そんな事を思ったことはないかね?」

 「そんなこと……」

 ないと、言い切るのは簡単だった。だけれども何故か、口はそう動いてくれない。

 少しの間が空く。


 「……まぁ、今のは私の勝手な憶測だ。私は君達ヒーローの心の内を見ることはできないし、散々並べた文句だってアニメや漫画の受け売りに等しい。悪の組織の戦闘員の言葉なぞ、酷く軽いものだと思ってくれていいよ」

 そう黒雷は締めくくり、少しだけ冷めたココアを口にしてほうっと息を吐いた。

 「だけども、そうだな。君のような若者にはまだ、死という概念は重すぎるように思う。話を振っておいてなんだが、()()()()()()()()()

 「…………」

 「私は気楽に生きた結果、怪人として君達の敵となった。だけれどもソレに後悔はないし、懺悔もしない。大人でも間違った道を我が物顔で歩く私のような者がいるのだ。だから君も、責任なんてもの、他人に押し付けたっていいんだ」

 一息。

 「だから、なんだ。──笑ってくれ、ヒーロー。君達には、笑顔が、よく似合う……はずだ」

 その言葉に、返すものはない。

 黒雷が何をどうしたいのか、さっぱり読めない。

 だから美月はただ、

 「……………………ぷはぁっ」

 なんとなく息を止めて。そしてなんとなく息を吐いた。

 よく分からないものを真面目に考えても仕方ないと。

 気楽に生きたらいいと、今しがた言われたばかりなのだから。


 「感傷的ですか?」

 「感傷的で、悲観的で、楽観的なのさ」

 「詩人ですか?」

 「怪人だよ」

 「押し問答?」

 「暖簾に腕押し、猫に小判」

 「無意味な会話ですね」

 「無益な会話さ」

 「面白いです?」

 「最っ高に」

 「あはは」


 意味なんてしるか。深い理由なんかしるか。

 人の心に踏み込むだけ踏み込んで、勝手に二の足を踏んだ怪人の話なんて、与太話と思って聞くのがいい。

 きっとこの人の本当の顔はコミュ障なのだろう。

 話が抽象的で、要領を得ない人の話し方だ。

 だけれども、まぁ。

 今日この日、この時間だけは。

 「私もちょっとだけ、面白いですよ。ちょっとだけ」

 やれやれ手厳しいなと笑う、その横顔だけは。

 ちょっとだけ、可笑しいと思ってしまったのだ。



 ◇



 その後、黒雷は焚き火を消して片付けを始めた。美月も手伝いを申し出たが、病み上がりだからと却下され、大人しく元いたテントへと戻る。

 「朝食は用意しておくが、私は君を起こすつもりはない。勝手に起きて勝手に下山するといい。長居だけはしてくれるなよ?」

 その言葉が、本日の最後の会話となった。

 歯を磨いて、布団に潜り、ウェンディに挨拶をして、目を閉じる。

 夜は終わり、朝が来る。

 呉越同舟が終わり、また敵同士の関係へと戻るのだ。

 「ああ」

 今までゆっくりと話した事はなかったが、いざ話してみるとこんな人だったとは。

 「あぁ……」

 この感傷はなんなのか。美月には分からない。だけど。

 「面白かった」

 それだけは確かなものであったと記憶して。

 美月は意識を手放した。


 翌朝が、誰の予測も外れた急展開になるとも知らずに。

 というわけで長くなりましたが、美月視点はこれで一旦締めとなります。

 次からはまたツカサ視点。のんびり御付き合いくださいませ。

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