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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第五章 『悪の組織と夏のデキゴト』 後編
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秩父の夜空と、黒・青 その5

 注意

 今回の話はローファンタジーのくせに少々現実味のある話が含まれておりますが、フィクションです。

 

 食事も終わり、互いにココアの入ったマグカップを片手に持ち、ただぼんやりと焚き火を見つめるだけの時間が過ぎる。

 無言でいるのも辛くないが、やはり気になるのは互いのこと。

 月下の座談会なんてシチュエーションが敵同士の間柄で成立するとは、またおかしな話である。

 「黒雷……さんは、どうしてダークエルダーに?」

 美月は以前から気になっていた事を聞いてみる事にした。

 すなわち、悪の組織に属する理由はなんぞやと。

 その問いに対し、黒雷は苦笑いをして。

 「正義では成せない事を成すため。……なんて答えられたらカッコイイのだろうが、私はそんな殊勝な人間ではないからな。単純にブラック企業務めで疲弊しきっていた所を拾われただけさ」

 なんて、答えてくれた。

 なんというか、美月にとっては拍子抜けである。

 「ブラックと分かった時点で、他のまともな会社に転職すればいいのでは?」

 日本人にはその道が残されているはずだ。少なくとも美月はそうだと思っている。

 だけどその言葉に対し、またもや黒雷は苦笑いで返した。


 「未成年の夢を壊すようで悪いが、少しだけ現実的な話をしようか」

 そこから訥々と語られたのは、ダークエルダーが表面化する前の日本の話。

 どこにでもある、難儀な話だ。

 まず、優良企業に所属する為には学歴と新卒というカードがほぼ必須ということ。

 その両方を手に入れる為には、上層の大学に入学しそれを卒業せねばならないこと。

 だけど、それには金がいる。金のない者には、門を叩く資格すらないのだと。

 「だけど、奨学金制度を使えば」

 「それは両親への負担がなくなるわけじゃない。君は毎月家計簿の前でため息をつく母親に対して、更に負担を強いることはできるかね? それももし、自分の下に兄弟がいたりしても?」

 その言葉に対して美月は言葉を詰まらせることしかできない。

 美月の家は道場だ。時代が時代なだけに門下生も多くいて、それなりに潤ってはいる。

 だけどこれがもし、閑古鳥が鳴くようになったなら。

 明日にも道場を畳み、土地を売ってアパートで暮らそうかなんて話を両親がしていたら。

 それを思うだけでなんだか、やるせなくなった。


 「よく聞く話だ。一昔前のアニメでは、うだつの上がらないサラリーマンだって結婚してローンを組んでマイホームを建てて、子供に囲まれながら波乱万丈の人生を過ごす。これが当時の()()()()ってやつだった。しかし今は、それすらも贅沢や金持ちだと言われる時代。結婚もせず、一生を独身で娯楽と共に過ごす。そんな選択肢が当然となった時代なんだ」

 子育てにかけるお金すら捻出できない家庭が一般化した時代。

 貧困が日常化し、それを当たり前にしてしまった国。

 「そんな国で会社を維持するなんてのは、とんでもない労力だろうな」

 削れる経費は削る。取れる仕事は全てやる。そうしないと潰れてしまうから。

 「そこで削られたのが人件費で、増えたのが従業員のサービス残業と休日出勤。ついでにストレスとパワハラ・モラハラ・アルハラだ」

 そんな重圧の中で、時間も余力も金もない中で転職活動ができるかどうか?

 答えはNOだ。

 今を生きるだけで精一杯で、それ以上を望めない。

 夢も希望もありゃしない。


 「……が、そんな中で私は、ダークエルダーに出会った」

 最初の出会いは、同級生から受けた怪しげな宗教勧誘的な何かだっただろうか。

 生きている理由もなく、死にたくなる理由だけが降り積もる社会人生活において、悪の組織という名は甘美に聞こえたと、黒雷は語る。

 「紆余曲折を経て入社した私は驚いたよ。福利厚生はしっかりしていて、完全土日祝休み。年間休日数は128日だ。作戦の都合上どうしても休日出勤が必要となったら拘束時間分の1.15倍の給金と代休あり。ボーナスは4ヶ月分を年2回。……正直、破格すぎる条件ばかりだった」

 そんな組織に入社し、数年。待遇は良くなるばかりで、仕事も個人の適正や要望を優先してもらえる。

 そんな夢みたいな組織に入社できて幸運に思えたと、黒雷は笑う。


 「そして今年の始め、ダークエルダーによる日本侵略の開始だ」

 ずっと以前から準備を行ってきたその侵攻は対して苦戦もせず、日本全域の七割を手中に収めるまでに至った。

 その中で行われてきた行為は、単純に言えば拉致や洗脳、暴力による支配、その他挙げればキリがない程に、悪の組織らしい侵略だった。

 「大企業の経営陣を全て徴集し徹底的に再教育を施したり、全国の教職員を集めて一定の型にはめ込んだり、職に溢れた者達の再斡旋など、やりたい放題をやったのさ。その結果が今の日本となる。まぁ、君達の妨害もあって支配は完了してはいないがね」

 学生である美月には、その成果がどう転んでいるのかは把握しきれない。

 だけれども、話を聞く限りでは。

 「貴方達が行っているものは、痛みを伴う革命です。……先進国である日本で、そんな行為が許されるはずはない」

 誰もが安定した生活を望み、細々とでも生きていた中で。その生活を破壊し、傍若無人に暴れ回る姿は正しく悪だ。

 「私達は、そんな悪を赦すわけにはいきません。……どうして、政治や経済から真っ当に国を正そうとしなかったのですかっ。貴方達のそのチカラがあれば、暴力を行使する必要すらなかったでしょうに……!」


 美月だって、今の話を聞いた限りでは社会の在り方が問題であることは分かる。だけど、だからといってこのような手段を取る必要はないと、そう思ってしまうのは。

 「確かに私達はまだ学生で、社会の何たるかなんてものは分かりません。だけど大勢の一般人にまで迷惑を掛けるのは、間違っているんじゃないですか!?」

 思わず感情的になってしまったが、言葉としては間違ってはいないはずだ。

 正義は我にあり、なんて大層なことを言うつもりはないが。

 それでも相手が“悪”を名乗る以上、こちらは“正義”をもって応えるしかない。

 それに、今からでも方針を変えることはできる。

 もしもここで黒雷だけでも考えを改めてくれたならば。いつかは、きっと組織全体で方針転換を考えることも叶うはずだ。

 「………ははっ」

 だけれども。そんな美月の淡い期待を迎えたのは。

 「素晴らしい正義の主張だ。ますますもって、我らが相手をするに相応しい」

 薄笑いを浮かべた黒雷の、乾いた拍手であった。


 「………っ」

 届きやしない。美月の声など。ヒーローの声など。

 そこでようやく、美月は思い至った。

 どうして彼らが“悪の組織”を名乗るのかを。

 正義を主張しないのかを。

 「もしかして貴方達は──」

 「おっと、それ以上は言わぬが花だ」

 黒雷の声に遮られ、美月は続く言葉を発する事ができず。

 また少し、焚き火の音が近く聞こえた。

 「私の話はここで切り上げよう。次はよければ、君の話を聞かせてくれないかな?」

 そう言われ、おかわりのココアを注がれる。

 「私の話、かぁ……」

 正直、先程に勢いのまま語った事が大半な気もするが。

 でも、少しだけなら……話せることがあるかもしれない。

 「つまらない話になりますよ?」

 「かまわんさ。少なくとも私の話よりはマシだろう」


 ふたりしてココアを啜り。

 月下の座談会は、もう少し。眠気が向こうからやってくるまで、続く。

 容姿端麗で成績優秀、実家は金持ちでその実は誰もが憧れるヒーローという恵まれた美少女と。

 容姿も成績もパッとせず、いい年こいて特撮オタクだからと周囲からは奇異の目で見られた何もない青年。

 ふたりは悲しいかな、敵同士でしか接点がないのです。


 普通は美少女が日々を怠惰に生きているだけの青年に見向きするワケないですからね。

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