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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第五章 『悪の組織と夏のデキゴト』 後編
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秩父の夜空と、黒・青 その3

 「……ほう、気付いていたのか」

 男……黒雷は、苦笑と驚きが混ざったような声でそう言った。

 「そんな話し方をする人に、他に心当たりがないもので」

 黒雷の声はいつも、いくつかのフィルターを掛けたかのように判別しにくいよう加工されていたものだったが、今日は何故かそのフィルターが薄いというか、聞き取りやすく感じる。何故か声が篭って聞こえるが。

 「動けるならば歓迎しようウンディーネ。ちょうどカレーも出来上がった頃合だ。変身するのを忘れずにな」

 「……?」

 そう言われてようやく、美月は手首にはめたブレスレットに目をやる。

 それはブレイヴ・エレメンツに変身する為に必要なものだ。知らない者からすればただの装飾品だが、元々アクセサリーの類が苦手で付けていない美月がこれだけは持っているとなると、変身アイテムだと勘ぐって然るべきだろう。

 「どうして、取り上げないんですか? ……それに何故、捕まえないのです?」

 思わず聞いてしまった。

 黒雷からすれば、ブレイヴ・ウンディーネという存在は邪魔者でしかないだろうに。

 それに彼らは人々を拉致する為にワープ装置を使用すると聞く。それであれば、気絶した美月を本部へと連れ帰り牢へと繋ぐ事も容易だったろうに。


 「深く考える必要はないぞ。単に、我々の美学に(もと)る行為をしていないだけだ」

 それだけ言って、黒雷は説明は済ませたとばかりに黙ってしまった。

 「……美学って、なんの美学ですか?」

 「悪の組織の美学だ」

 「……なんなんです、その悪の組織の美学って」

 「………そうさなぁ。変身中のヒーローに攻撃してはならないとか、民間人の子供を人質にとってはならないとか、そういった外道行為に踏み入らないための線引きとでも言えばいいかな」

 「悪の組織なのに?」

 「悪の組織だからこそ、だ。その線引きを踏み越えた組織は我々だって敵と認識し撃滅する。……邪神大戦の時には、間に合わなかったがな」


 おかしな話だ。悪の組織にもプライドがあったとは。

 とはいえ、ダークエルダーとは何度か共闘しているし、それらしい言動や行動も見て取れている。あながち嘘ではないのだろう。

 今まで敵と認識していてもそこまで憎めなかったのは、そういう部分にあるのかもしれない。

 「……悪の組織というのも、難儀なものですね」

 思わず、そんな言葉が出てしまっていた。

 同情したわけでも、哀れんだわけでもない。

 ただぼんやりと、そう思っただけだ。

 「そうでもないし、同情から手を抜くような事をする必要もないぞ。我々が悪を名乗る以上、正義のヒーローを名乗る君達とはどこまで行っても敵同士だ。だから次に会った時にはコチラも遠慮はしないし、そちらもそのつもりでかからなければ怪我をするだけだぞ」

 おまけに心配までされてしまった。

 それっきり話すことも無く、お互いに沈黙の時間が続くが、次に発言したのは黒雷の方だった。


 「いやいや、問答はいいのだ。カレーは好きか? 甘口だが、苦手ならば保存食もある。ちょうどワイバーンのもも肉が上手に焼けましたーってな、丸かじりもできるぞ。食べるならば変身した状態で出てこい」

 まただ。

 「どうしてそんなに、ウンディーネに拘るのですか?」

 さっきから何度も、『変身して』という発言をする。外の状況は分からないが、呑気にカレーを煮込んでいる余裕があるなら危機的状況でもないだろうに。

 「別に深い意味はないぞ、ウンディーネ。ただ……敵の前に、無防備なままで居たくあるまい?」

 その言葉でようやく、美月は気付いた。

 (私の正体を、見なかった事にするつもりなんだ)

 おそらく、美月を……ウンディーネを看病していたのならば、途中で変身の解けた姿を見ているはずなのだ。

 だけど、黒雷はそれを見なかった事にしようとしている。

 何故か? 多分だけれど、それもまた美学というものなのだろう。

 変な人だ。


 そういえば、変身が解けた状態ならば精霊ウンディーネが美月の身体から分離し、美月を護るように立ちはだかるはずなのだが、今は何故か怖いくらい沈黙してしまっている。

 「ウェンディ……?」

 黒雷に聞こえぬよう、小さく彼女の名を呟く。すると、

 「ウルゥ……」

 ブレスレットから小さな、流水で形作られた女の子が顔を出した。

 彼女こそが精霊ウンディーネ。まだ人間の言葉を話せない中位精霊だけれども、美月にとっては大切な相棒だ。

 「よかった、無事だったのね」

 「ウル、ウルルゥゥゥ……」

 だけれども、彼女は何かに怯えるように首を振ったあと、またブレスレットへと戻ってしまった。

 (黒雷が、怖いの?)

 そういえば彼は電撃を扱う戦士だった。もしかしたら精霊ヴォルトとも関係があるのかもしれない。

 ウンディーネはヴォルトと相性が悪いらしいので、それが原因だろうか。


 「どうした、ウンディーネ。出てこないのか?」

 「あ、いえ……」

 「気が変わったか、まだ眠たければ無理に出てこなくてもいい。そのテントの中にもいくつか水と食料は置いてあるから、好きに使ってもらって構わない」

 どうしようかと、美月は迷った。

 ウェンディが怯えたままでも変身することは可能だが、なんだか無理矢理引っ張り出したようにも思えて、なんだか可哀想だ。

 かといって変身せずに出ていくとなると、彼はもしかしたら正体を見てないという事実を作るべく、美月をこの場に置き去りにして離れてしまうかもしれない。

 それもなんだか寂しい。

 もっと彼と話をしたいと、そう思ってしまっている。


 どうしようかと迷いながら、とりあえず外の様子だけでも見ようかとテントの入口を微かに開けて、覗き込んでみた。

 そこに見えたのは、森にぽっかりと空いた広場と、みっつに分けられた焚き火と、その焚き火の明かりに照らされる黒い影。

 いや違う。

 鍋をかき混ぜ、骨付き肉を肉焼き台の上で回し、飯盒の炊け具合を確かめている者は、焚き火の明かりで影になっているのではない。

 全身黒タイツなのだ。

 「え……黒タイ……えぇ………?」

 「ん? ああ、黒タイツだとも。正確には戦闘員服だがね。こんなオフの日に正装をしている必要もあるまい?」

 「……それは、まぁ……そうでしょうね」

 美月はてっきり、いつもの鎧姿が外に居るものとして考えていたために驚いてしまったが。

 思えば、彼にとって今日はオフの日なのだろう。土曜日だし。

 彼に拾われたこの事態の方が異質なのだ。


 「で、どうするのだね? これ以上はカレーが煮詰まってしまうし、肉も焦げるか冷めるかの二択だ。……ああ、なんなら私がここを離れてもいいぞ。それなら安心して……」

 「……を、かっ貸してください……」

 「ん?」

 「く、黒タイ……戦闘員服の予備があったら! 貸してくださいッ!」

 彼に離れて欲しくないという想いから咄嗟に出てきた言葉は、美月にとっても予想外のものであった。


 沈黙の中、焚き火の発する音だけが空間を支配する。

 そんな夜は、まだ続く。

 次回も引き続き美月視点回。

 今までヒロイン成分が薄かった分、たっぷり丁寧に書こうとしてたら伸びていきますね。


 彼女の視点だといくつかの箇所で自己分析を中断しているところが多分ミソです。

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