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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第五章 『悪の組織と夏のデキゴト』 後編
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秩父の夜空と、黒・青 その2

 その日、()()()()は目を覚ました。

 「……ここは……っ……つぅ………」

 目が覚めて一番に、見知らぬ天井ならぬ見知らぬテントの内装。何故か私服のまま布団へと横たわっており、身動ぎするだけで全身に鈍い痛みが走る。

 明らかに普通では無いのだが、重い頭痛も相まってこの状況へと陥った理由が何も思い出せない。

 (私は今日何をしていた? そもそも今は何日の何時なの……?)

 テントの入口は固く閉じられているが、陽光が差していない事だけは理解できる。もう既に日は暮れて夜の帳が降りているのやもしれない。

 テントの中にはLEDランタンが掛けられているが、眠りを妨げないように配慮してか光量は控えめだ。薄ぼんやりと、身の回りが把握できる程度と言えばいいだろうか。

 身に付けている腕時計かスマホを確認すればいいだけなのだが、置かれた状況が状況だけにそこまで思考が追い付いていない。


 「よう、気が付いたか」

 「!? 誰だ!!」

 混乱の極みの中で、突如テントの外から掛けられた男性の声。警戒するなという方が無理だろう。

 咄嗟に、普段は枕元に置いているはずの木刀へと手を伸ばすが、その手は虚しく空を切るばかり。

 当然だ。ここは美月の知る場所ではない。

 「……そうだ、警戒しろ()()()()()()()()()()()。ここは敵地も同然なのだから」

 その動作に気が付いたのかいないのか。その男性の声は、美月のもうひとつの姿へと声を掛けていた。

 つまりブレイヴ・エレメンツの片翼、ウンディーネへ、だ。水鏡美月にではない。


 それが意味する可能性はパッと浮かぶ中でみっつ。

 ひとつは、ここに運び込まれた時には美月はウンディーネの姿のままであった。だから男は美月をウンディーネと呼ぶ。変身が解けた事も正体も知らないから。

 もうひとつは、美月がウンディーネだと知っているからこそ、その名で呼んだ。お前の事を知っているぞと、そういう警告を含めた意味だ。

 もうひとつは、男はその名を聞かされてただ居るだけの無関係な人間。美月をテントに連れ込んだ人物は他にいる。

 ……まぁ、この場で考えても詮無きことではあるのだが。


 「……貴方は何者です。それにここはどこなのですか?」

 美月は慎重に言葉を選び、次いでなるべく物音を立てぬようにテントの中を漁った。

 声の主が敵か味方かはまだ分からないが、どちらにせよ敵地同然と宣うのだから武器は必要になるだろう。せめて代わりなるものくらいはあって欲しいものだが。

 「私か……。いやなに、名乗るほどの者ではない。君を拾ったのも成り行きだ。秩父の山中で倒れていたのだが、覚えてはいないか?」

 男の言葉に、朧気だった美月の記憶はようやく繋がる。

 武者修行の為にと、一泊覚悟で挑んだ魔境秩父山中。そこで出会った恐ろしい程の威圧を放つ男に美月は挑み、そこで意識が途絶えたのだ。

 今でも身震いするような、そんな重圧。デブリヘイム『マザー』や呂布イカすら上回る圧倒感。

 それに美月は無謀にも挑み、負けたのだ。


 「……拾った、と仰いましたね。つまり貴方は私を倒した彼ではないと?」

 「別人だな。彼は最強の男カスティル=シシオウ。名前くらい聞いたことがあるだろう?」

 そう言われると確かに、美月にも聞き覚えがあった。武力の頂点にして暴力の化身。

 敵対して、殺されなかったら運がいいと言われるほどの豪傑。

 そんな化け物に、美月は知らずとはいえ挑んでいたのだ。

 「……ふふっ、勝てないわけです」

 それを聞いてふと、美月の身体からチカラが抜けた。

 チカラが抜けて、抜けすぎた。

 ああ、これはまずいと、美月は思う。

 このチカラの抜け方は怠惰の始まりだとも。

 最強という高みがあまりにも天上の彼方だからと、それを言い訳にして何か大切なモノを投げてしまった時のそれだ。


 止めなくては。でも止まらない。

 自暴自棄になり掛けている。

 うまく頭が回らない。思考が空転し、全てを破滅願望へと繋げてしまいそうになる。

 どうして。たかが一度の敗北だ。負けたという事実だけなら何度だって経験したはずなのに。

 「………泣いているのか、ウンディーネ?」

 「え……?」

 男の言う通り、美月の頬には涙が伝っていた。

 「そんなに、あれか。……意気揚々と修行に出て、何も成せずに終わってしまうのが、悔しいのか」

 男の言葉はたどたどしいが、それも言葉を選んでの事だろう。

 選んだ末に出てきた言葉が挑発とも取れてしまう文言なのはさておき。


 「……私が、悔しいと思っている?」

 悔しいとはまた的外れなと、美月も最初はそう思った。

 だけど不思議な事に、ストンとその言葉が胸の奥に落ちる。

 「………そっか。私、悔しかったんだ」

 すっかりチカラが抜け、うつ伏せに転がってしまった身体をどうにか仰向けになるように動かす。

 その行為にあまり意味はない。単純に視界を確保したかっただけだ。

 見える範囲なんてテントの内部でしかないのだけれど。

 それでも確かに、見えるものは増えた気がした。


 「私、強くなりたかったんですよ」

 言葉は自然と漏れていた。

 それは誰かに聞いて欲しかったナニカ。

 心の中のあやふやを、言葉として垂れ流すだけの行為だ。

 そばに居る男が敵でも味方でも、関係ない。

 聞き流してもらっても構わない、自己満足の為の発音。

 つまらない話を聞かせてしまってごめんなさいだ。


 「私は道場の娘に生まれまして。幼少期からずっと男勝りで、よく父に「女の子なんだからお淑やかになりなさい」と小言を言われながら育ちました」

 そこから先はたわいない自分語りだ。

 最初はなんとなく剣の稽古をしていたこと。

 途中から目標が父になっていたこと。

 小学三年生頃には、同年代の男子よりも強くなっていたこと。

 とある女の子の趣味をバカにしたら、取っ組み合いの大喧嘩になったこと。

 その喧嘩のあと、何故かふたりでいることが多くなったこと。

 その子を、親友と認識したこと。

 その子とふたりで色んな遊びをし、色んな経験をしたこと。

 ……その子と一緒に、ヒーローになったこと。

 挫折と、敗北と、焦燥感。

 ぼかしぼかし。

 あることあったこと。これまで。


 「──今回私は、彼女に黙って秩父に来ました。親には友達の家に泊まるって言ってあります。………どうして、私は秘密にしているのでしょう?」

 その疑問符は、男に投げかけるものではない。自分自身へと向けたものだ。答えなんて求めてはいなかった。

 だけど、その男は数秒唸って。そしてポツリと、

 「ひとりで頑張ればなんでも出来るって、そう思ったんじゃないか?」

 なんて宣った。

 「そうかもしれません。そうじゃないかもしれません」

 人の気持ちなんてその時々で千差万別。秋の空。

 次の瞬間には変わっているものだからこそ、言葉として切り取るのだ。

 その言葉がズレていたってご愛嬌。

 そんなものだ。


 「難しいな」

 男は苦笑混じりに言った。

 否定も肯定もしない。

 そんなものだ。

 ……そろそろ、いいだろうか。

 「そちらに行ってもいいでしょうか、黒雷さん?」

 美月はそう言って、身を起こした。


 夜は、続く。

 今回は美月(=ウンディーネ)視点で、内容もまた取り留めのないものになっております。

 なにひとつ深いことは書いていないので、意味がわからなくても『そんなものだ』と言って流してもらえれば幸いです。


 また次回も美月視点が続きます。

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