秩父の夜空と、黒・青 その1
「貴方に恩を……売る?」
最強さん(仮称)にそんな話を切り出され、黒雷は混乱の極みにあった。
何せ初対面だし唐突だしあからさまに怪しい。
とはいえ断ったら何をされるか分からないため、今の黒雷に選択肢はないに等しいのだが。
「ああ、ふたつほど頼みたい事がある。いいか?」
「はい、何なりと」
命大事に。黒雷は最強に対して強気に出られるほどチャレンジャーではないのだ。
その言葉に、最強さんはポリポリと頭を搔く。
「あーなに、畏まるな。俺は単に最強レベルに強いってだけだ。だけど暴力で解決できないことがあるのも分かってる。だからそこは人の手を借りて、代わりに俺は武力を貸す。ギブアンドテイクってやつだ。オーケー?」
「オッケイ」
恩を売るというより、貸しを作る。その貸しに対して最強の武力を貸与される。
そういう事だ。単純明快。
「よし、じゃあひとつ目な。単刀直入に言うが……食糧、わけてくれねぇか?」
最強さんは直後にぐぅと腹を鳴らし、恥ずかしそうに手を当てた。
「なにぶんこっちに戻って来てから三日はマトモに飯食えてなくてな……。木の実もないしワイバーンも寄り付かねぇし、残っているのは食えるか怪しいキノコだけ。人里に辿り着く分だけでいいから、な? 頼むよ」
どうやら最強さん、腹ペコらしい。
まあこの辺の食糧になりそうな物は黒雷達や他の勢力が粗方採取してしまったので、仕方なかろう。
構いませんよと言って黒雷は背負っていたリュックを降ろし、保存食を漁る。
遭難した場合に備えてレーションやら飲料水等は持ち込んでいたため、それらをビニール袋へと詰め替える。その過程でチラリとワイバーンの燻製肉が見えてしまったためか、一瞬だけ殺意にも似た圧力が黒雷を押し潰そうと迫ったため慌ててそれも袋に加える。
「いやワリィ。昔食ったワイバーンの味を思い出しちまってな。催促するつもりはなかったんだが」
「ま……まぁ構いませんとも。恩を売れる時に売る。これも打算だと思っていただければ」
「すまねぇ……。あんた、良い奴だなぁ」
とりあえず4食分。カロリーメ〇トを含めてだが、だいぶリュックがスッキリしてしまった。
小分けしたビニール袋を最強さんへ手渡し、代わりに黒雷は電話番号を交換してもらう。有事の際はこれで呼び出せということだろう。
「俺の名前はカスティル。カスティル=シシオウだ。空に向けて「助けてカスティル様ーっ!」って叫んでくれても駆けつけてやれるんだが、成人男性がそれをしたくはあるまい?」
「まぁ確かに」
そんな助けてア〇パン〇ンのノリで叫ぶ悪の怪人とか誰得だと苦笑するしかない。
「これで俺は貸しひとつ。大抵の暴力で片付く事ならやってやる。んでふたつ目だが……」
そう言って最強さん……カスティルは自身の掻き分けてきた草むらの方を指差し、
「あの奥に俺に挑んできた女の子がひとり倒れてるんだ。それなりに強かったし放って置こうかとも思ったんだが、なんか後味が悪くてな。それの面倒、見てやってくれねぇか?」
と宣った。
「女の子?」
「ああ、武者修行中らしくてな。目と目が合ったら尋常に、って斬りかかってきたから返り討ちにしたんだが、今思えばこんなとこで気絶してたら危ねぇよなぁってさ。かといって俺が助けるのも変だろ?」
武者修行か。土曜日だし、一泊二日のつもりでやってきたのだろう。
ここからなら押収したキャンプ場が近いのでそこで保護して明日にでも帰せば問題ないだろうか。
「分かりました、いいでしょう」
黒雷は快く了承する。この魔境に気絶した人間を放置するのも気が引けるし、最強相手に挑もうとする猛者の顔も気になった。
「助かるぜ。お前さんの頼みなら……名前なんつったか?」
「ああ、この姿では黒雷です。コードネームはツカサ。ダークエルダー所属の怪人です」
キャラ作りを忘れ、敬語で話す黒雷。
「ツカサ、か。その名前と組織の名前は覚えておくぜ」
「ありがとうございます」
そしてふたりは別れ、カスティルは国道の方へ、黒雷は言われた方向へ向かう。
足跡を頼りに草木を掻き分け、周囲の木々に生々しい傷跡が増えてきたのを横目に見ながら、ちょっとした広場に出たところ。
カスティルの話では、この付近に転がっているはずだと言っていたが。
戦闘というより災害の爪痕のような有様の広場を、足場に注意しながら歩き回る。
何せ所々にクレーターがあるのだ、歩きにくくて仕方ない。
その挑戦者は本当に生きているのだろうかと、そう不安になったところで、チラリと視界の隅に不自然な色が映る。
「……マージかよ」
より一層抉れたクレーターの中心、そこに倒れていたのは、黒雷がライバルと勝手に定めた相手の片割れ。
青い髪にバトルドレスの美少女剣士。
ブレイヴ・ウンディーネであった。
◇
とにかくここに寝かせておくのは危険だと、黒雷はウンディーネを背負ってキャンプ場へと急いだ。
呼吸は安定しているし目立った外傷もないが、かといって油断はできない。ヒーローが気を失うなど、滅多な攻撃では有り得ないからだ。
幸いにも道中では何とも遭遇せず、手早くテント内の布団へと寝かせ、女性陣へと助力を願った。
『キャンプ場への道中で気絶したブレイヴ・ウンディーネを拾った。ヘルプを願いたい』
『こんな山中に警察は来ないっスよ。変態っスね』
『状況意味不明過ぎて笑うんじゃが。じゃから素人判断でキノコは食うなとアレほど……』
『えっちなやつ?』
『テントに兵糧丸と治癒促進用の符が置いてあったからそれ使いな。流血してなけりゃ何とかなるはずだよ。今日一日寝かせてみて、もし目を覚まさないようならまた連絡しな。絶対に揺すらないこと』
温度差が激しすぎてリアクションが取りにくいのだが、とりあえず誰一人として帰ってこない事だけは分かった。というかコッペルナさん、貴女本当にそれでいいの?
とにかく、枢 環に感謝しつつ、追加で送られてきた道具の使い方を読みながら応急手当を行う。
それが終われば後は起きるまで手持ち無沙汰だ。とりあえず当初の予定通りに、持ち込んだ食糧の調理を始めよう。
もはや二度寝という気分ではなくなってしまったが、問題ない。暇つぶし用の本やゲームは持ち込んでいるから。
「……のんびりするか」
黒雷のままでいると気が休まらないし、かといってウンディーネの傍で生身になるのも怖い。
折衷案として黒タイツへと着替え、ツカサは火を起こすべく薪拾いを始めた。
タイトルで既にネタバレだった気がします。
次回は私の筆のノリ次第ですが、多分ウンディーネ視点の話メインになるかと思います。