狐とキツネと秩父山中 その2
じわじわと残暑が肌を焼く中、ツカサ達はジープを降りて徒歩での移動に切り替えていた。螺旋吶喊号がつけた一直線に延びる道はまだまだ続いているのにも関わらず、だ。
それは何故かと問われれば、ジープの安全を考慮してという事になるが、どうしてそうなったかと問われれば……。
「なんで道の真ん中に巨大丸石と丸太トラップが仕掛けてあるんっスか!?」
「俺が知るか!」
ツカサ達は先程まで、道幅ほどの岩石と転がる丸太に追われて来た道を全力で逆走していた。途中でようやく脇道を見つけ、そこに退避したところで一息つく事はできたが、今後の安全を考慮して少し離れた草の陰へとジープを隠し、徒歩での登山に切り替えたのである。
先程の丸石は原始的だが明らかに人為的で、殺意の高いトラップだ。これが入山に対する洗礼なのだとしたら、これを生易しいと感じるような目に遭うかもしれないと、そういう警告でもあるのだろう。
ならばとツカサ達はその場でそれぞれの格好へと変身し(ツカサは黒雷に、カゲトラは新しい怪人スーツに。スズは顔が隠れるタイプの女幹部っぽい怪人スーツを貰っていたようだ)、今度は森の中を慎重に進んでいた。
「偵察用にゲニニンを数体散らしておくよ。アタシのゲニニンならやられても察知できるから、最適なハズさ」
そう言って枢はヒトガタを散らし、それが煙を吹いてゲニニンへと変化して森の中へと消えていく。諜報活動に長けている能力だ。
「ちなみに私には無理っス。私は単独行動タイプなんで」
大丈夫期待してなかった、とはちょっと言えなかった。
「……はぁ。小さい枢さんも可愛いなぁ……。筋肉の動きとかどうなってんのかなぁ……」
完全に色ボケたカゲトラを肘で小突いて、注意するように促す。もうここは敵地同然なのだ。集中力散漫ではあっという間にお陀仏だろうに。
「……これ、俺がまとめんの?」
どう見ても協調性というか、タイプも能力もバラバラな四人。ツカサとクノイチとクノイチと筋肉。
これから先の不安を思い、ツカサは人知れずため息をついた。
その後はどうなることやらと思いつつも、何故か特に何事もなく一行は森の中を進んでいく。
何かあったとしたら、たまにゲニニンが罠に掛かって吹き飛んだり消し飛んだり地中に埋まったりする程度だ。ツカサ達に影響はない。枢 環はちょっと悲しそうな顔をしていたが、消耗品だと言っていたので散財を嘆いているのかもしれない。
このまま順調に進めればいいなと考えていたそんな時、ガサガサと近場の茂みが動いた。
「気をつけろ、何かいるぞ」
茂みから距離をとり、臨戦態勢で待ち構える四人。並大抵の相手ならば余裕で倒せる戦力だが、場所が場所だけに油断はできない。
それから待つこと数秒。なんなら先にコチラから先手を打ってやろうかと、トンファー・ビームの構えを取った時だ。
「ああ、待って。殺さないでくださいお願いしますやめてください」
茂みから出る直前からいきなり命乞いを始め、出た瞬間には既に土下座をして敵意がない事を示す謎の人物が現れた。
……いや、ツカサはこの人物を知っている。全身を覆う純黒ローブにピンクの髪。そしてずっと低姿勢なこの様子。
「あんた、もしかして……ヤミの魔女コッペルナ?」
「は、はいぃ……そうです。だ、だから武器を下ろしてくださいぃ……」
邪神戦線で世話になった、ダークエルダー所属のダークヒーローのひとり、ヤミの魔女コッペルナがそこに居た。
「こらこら、待たんかルナ。ワシは高下駄で歩きにくいんじゃよー」
そしてコッペルナの後ろに続くように、もう一人の少女が現れる。
「おっと、ようやく現れよったか。待っとったぞ、ツカサ坊と仲間たちや」
邪神戦線での巫女服とは違って今度は天狗っぽい装いではあるが、その人物はまさしくあの時の舞姫こと、瀧宮 帝であった。
◇
「それで、貴方達はどうしてここに?」
「それはまぁ、話せば長くなるんじゃがのう」
まさかの邂逅の後、ツカサ達は瀧宮達がセーフハウス代わりに使っているという洞窟まで案内された。そこではどうやってか電力を確保し、食料事情以外は町中と変わりない生活を送れるらしい。
「まずはそうさな、ワシらの馴れ初めから話しておくとするか」
それから瀧宮は安楽椅子に座った老婆の如く(というか本当に安楽椅子に座って暖炉の前でホットミルクを片手に)、訥々と語り始めた。
その話を要約すると、瀧宮 帝とコッペルナは昔からの知人で、ダークエルダーには協力者という形で関与していたらしい。そして神霊関係の情報をいち早く回してもらい、その対処に当たっていたそうな。
そもそも瀧宮家はとある神様に仕える一族で、全国津々浦々の龍脈やらパワースポット等の管理の一端を任されていた。なので邪神戦線では復活阻止の為に尽力したし、邪神にお帰り願った後の再封印も担当していたのだそうな。
再封印が終わると、今度は秩父の霊峰が余所者に荒らされているという話を受け、コッペルナとふたりで原因の調査と根本的解決を目指して少し前から現地入りしたそうな。
「あの悪たれ坊……今はカシワギと名乗っておるんじゃったか。彼奴には昔から幾度も恩を売ってあったでの。それなりに強そうなの寄越せと強請ったらツカサ坊達を寄越したと、そういう訳じゃよ」
初老を超えたはずのカシワギ博士を悪たれ坊扱いとは、本当はこの瀧宮も見た目通りの年齢ではないのかもしれない。言動やら動き方にも節々に老いが見て取れるので、もしやカシワギ博士よりも歳上ではないかとの予感はあるが、訊ねたら何をされるかも分からないのでここは黙っていようと心に誓うツカサであった。
「んでまぁ、調べた限りでは複数の戦力がこの地で争っておるようでの。何を目的に、という点はまだ不明じゃが、渦中に『陰逸』のシノビのがいたのは確認しておる」
そしてその『陰逸』お得意の式神、ゲニニン対策として、対抗する何者かがそこら中にトラップを仕掛けたと、そういうワケだ。
「そこな赤い狐も『陰逸』のシノビじゃろうけど、ワシの邪魔さえしなければ今すぐ潰しはせん。ワシは騒動を収めるのが目的であって、渦中の何かが欲しいワケではないからの。じゃから今しばらくは協力してもらえれば、互いに助けになるかもと思うが、どうじゃ?」
「アタシとしては願ってもないよ。……ここに来て、実力不足は肌で実感しているからね」
枢 環は思ったよりも素直に頷き、元々この地の調査を目的にやってきたツカサ達にも異論はない。
こうして秩父山中での争いに、ツカサと筋肉と忍者と忍者と舞巫女と魔女という凸凹ドリームチームが参戦したのであった。
……色物にも程がある。