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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第五章 『悪の組織と夏のデキゴト』 後編
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その名は、心鏡水天流剣術道場 その8

 (本当に生身か、このおっさん!?)

 試合とは名ばかりの、もはや殺し合いにも近い乱舞の中、ツカサは自分と斬り結んでいる相手にある種の恐怖を感じていた。

 何せツカサが“気功”全開のパワーを以て挑んでも、真人は倒れるどころかむしろ悦ばしいと言わんばかりに食らいついてくる。それもヒーローにも匹敵するほどのスペックで、だ。

 陰陽術と真人は言っていた。だから何かしらタネはあるのかもしれないが、それが分かったとしても今のツカサに対処の方法はない。

 (有効打に近いのはさっきの膝蹴りだけ。他は全て防がれていて、一分の隙もない)

 虚をつけたのは一度だけだ。それ以降は何度本気で竹刀を振るおうとも全て弾かれカスりもしない。

 土煙がもうもうと舞う中でも、両者の動きは鈍りもせず、むしろ更なる加速を続けながら、狭いシールドの中を跳ね回る。

 「うおおおおおぉぉぉぉぉおおおッ!」

 それはどちらの雄叫びか。もはや竹刀がへし折れんばかりに幾度も幾度も交差するが、拮抗が崩れる事は無い。


 「──スト……ネガ……ス!」

 最後に交差する刹那に真人から声がかかったが、一瞬過ぎて何を言っていたのかは聞き取れない。聞こえた言葉から推察するに、

 (……ラスト・ネガース!?)

 ラストは分かるが、ネガースとはなんだ。一体どんな技なんだと考える間に、ツカサの足は自然と止まってしまった。無論、真人はその隙を逃さないつもりだろう、今までにない加速でツカサへと突撃をかけてくる。

 (はっや……いっ!?)

 水術による加速を加えて、竹刀を腰だめに一直線にツカサへと向かってくる真人。その目は剣呑そのもので、もはや殺気に近い何かを宿している。

 (ネガースとは……!? どうすれば……! 対処を……?)

 一瞬の交差になるはずが、走馬灯のように感覚が鋭くなり、時の流れが遅く感じる。その中で。

 ──鈴のように、誰かの声が聴こえた気がした。

 その瞬間、ツカサの思考はクリアとなり、全身にチカラが漲る。

 そう、ラスト・ネガースなぞどうでもいいのだ。目の前に自らを斬らんとする漢がいて、己は竹刀を構えてそれと対峙している。ならばする事はひとつだ。


 (イメージだ)

 今あの一刀を受ければ、いくら気功で防御をしているツカサでもタダでは済まないだろう。ならばどうすればいいか、その問に関するヒントは既に得ている。

 (あの一撃に対し、一撃で受けようとするからダメなんだ)

 一撃でダメならば複数回当てればいい。

 刹那の交差より前に攻撃を放つ事ができれば、最大のインパクトの瞬間を回避できるかもしれない。しかしそれには、ぶっつけ本番でやらなくてはならない事がある。

 それが先のイメージ。その先にあるのは、この試合中に真人が見せた水の刃だ。

 (俺に水を操る(すべ)はない。だけど、俺には“気功”がある)

 電気だろうがビームだろうが気功だろうが、結局は全てエネルギー。前々からポンポン撃っているのだから、質が変わったとしてもやれない通りはない。

 ならば、あとはやるだけだ。幸いにも、技のイメージは既にツカサの頭にある。


 (少々、気恥しいが……やるしかねぇ!)

 大切なのはイメージ。そして、イメージを固めるのに最適なのは、その技の名前を叫ぶこと。昔読んだ漫画でそんな事を言っていた気がする。

 ならばと、ツカサは竹刀を投げ捨て、両腕を交差させた。



 ◇



 「あの構え、まさか!?」

 【知ってるのか星矢……じゃなくて、見えているのか星矢!?】

 シールド内で土煙が舞い続け、門下生の誰もが見え辛いと不満を言う中、何も言わずじっと試合を睨めつけていた星矢が突如叫んだ。

 その声に周囲の門下生達が振り返るが、星矢は気にした様子もない。

 「ああ、あの技に間違いない……!」

 星矢は確信をもって呟く。だってそれは、星矢も幼少期に観ていたあの技にそっくりだったから。

 「あれはかつて、空想な特撮番組でかの有名な光の巨人が得意とした必殺技!」

 その声に大多数の男の子が目を輝かせて土煙の中を必死に見ようとし、女の子達は意味がわからぬとばかりに互いの顔を見やった。

 そして、憶測は確信に変わる。

 「──“オーラリィム光線”!!」

 微妙なネーミングセンスの、男の子ならば一度は憧れたあの光線。

 体内の気を凝縮し、一点から放射する必殺技が今、放たれたのだ。



 ◇



 真人が奥義を以て挑んだ刹那に対し、ツカサが選んだ道は光線技による迎撃だった。

 回避は不可能。威力は不明。撃ち落とす他に道はなし。その状況にまで追い込まれては、真人とて剣を振るうしかない。

 土煙が突風により晴れる中、奥義と光線が激突し爆風にも似た風が再度巻き起こる。それが晴れた後に残ったのは、残心を保つふたりの姿。

 (……見事!)

 真人は心からの賞賛を思うと、振り上げたままでいた腕を降ろした。

 その手に残っているのは、半ばから先が消し飛んだ持ち手のみの竹刀。技同士の衝突に、市販の竹刀では耐えられなかったのだ。むしろよくここまでもったと褒めるべきであろう。

 剣士が剣を失えば負け、と決まっているわけではないが、全力を出し尽くした真人は既に満足してしまった。生命のやり取りでもなしに、これ以上続ける理由はないだろう。

 そう思って負けを宣言する為に振り返った真人。その視線の先には、自らを打ち破った勝者がいるはず……だったのだが。

 「……さすがは師範代。お見事です」

 その視線の先にいたツカサは、骨が折れたのか両腕が上がらない様子でブラリと垂れ下げ、胸には薄らとではあるが袈裟斬りの跡が残されていた。

 真人の斬撃が光線を割き、気功の防御を貫いた確かな証拠であった。

 「………」

 「…………」

 「「……くっ……はーっはっはっはっは!!」」

 ここで参りましたと言うと気まずいとお互いに察したふたりは、ただただ大笑いしてその試合を締めくくった。



 ◇



 「──ふぅ……」

 ツカサ達が道場見学へとやってきたその日の晩。

 真人はただ独り縁側へと座り、秘蔵の日本酒を傍らに月見酒と洒落こんでいた。

 あの試合の後、怪我人は皆『治癒の巫女』と称される瑠璃嬢によって治療され、ツカサもまたそれによって全快し、「いい試合でした」と言い残して去っていった。

 「いい試合でした、かぁ……」

 あの試合中、真人は間違いなく本気だった。事前準備も完璧にこなし、生身ながらにそこらの怪人程度ならば余裕で倒せるほどの戦力を整えていた。

 しかし、結果は引き分け。むしろあのまま続けるとなっていたら、強化符の効力が切れた真人に勝ち目は無かったであろう。

 真剣を握っていれば結果は違っていたか? それは多分否。

 (こちらが真剣を握ったならば、司さんはきっと本来の得物を使っていたでしょうね)

 “気功使い”にしてヒーロー。噂に聞く白い狐面の甲冑姿は、さぞ美しいのだろう。その立ち姿に金色のオーラを乗せた場面は一度は立ち会ってみたい気もするが、それはともかく。

 彼の元来の戦闘スタイルは、変身型のヒーローだ。それに気功を乗せる事で、そのチカラがは何倍にも膨れ上がる。

 そんな状態で敵対したら悲惨な結果になるに違いない。


 「……貴方、どこでそんな逸材を拾ったんですか?」

 「拾ったんじゃねぇよ。どっちかっつーと敵対してから拾われた立場だ」

 一人酒の縁側に、屋根の上から珍客が舞い降りる。

 真人は既に承知していたとばかりに、余分に用意していた杯をその珍客へと手渡すと、秘蔵の酒をなみなみと注いでやった。

 「俺の弟子は強かったろう?」

 「貴方に似たのか荒っぽいところが多いですけどね、龍馬」

 珍客の名は霧崎 龍馬。

 真人の友にして、ツカサの“気功”の師匠。

 その漢は受け取った杯を一息に飲み干すと、今度は自身の手持ちの瓢箪から酒を注ぐ。そして、

 「再会と」

 「良き弟子に」

 ふたりは軽く突き合わせた杯を互いに呷り、無言でまた互いの杯に酒を注ぐ。

 言いたい事は呑み込んで。表に出そうな感情も呑み込んで。

 ただただ無言で、月と七輪で焼いたスルメのみを肴に呑み交わす。

 その一風変わった月下の呑み合せは、互いの酒が尽きるまで続けられた。

 小話のつもりが、長かったですね。

 少々補足が足りない部分もありますが、これ以上深くすると間延びしてしまうのでこの辺りで。

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