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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第五章 『悪の組織と夏のデキゴト』 後編
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その名は、心鏡水天流剣術道場 その7

 野外の修練場にて、ツカサと真人が激突した。

 それはまず爆発にも似た衝撃から始まり、それによって舞い上がった土煙の中を、両者の竹刀が交差する音と地面を荒く削る音のみが支配する。その土煙はものの十秒程で晴れるが、それによって見えた地面の削れ方がまたえげつない。

 まるで猛獣同士が爪を立てて争ったかの如く、地面には縦横無尽に引っ掻いたような跡が残り、整地されていたのが嘘みたいに思えるほどの荒野と成り果てている。

 「いやー、はっは。見事見事」

 そんな惨状の中でも気にした様子もなく、道場師範代たる真人は笑って竹刀を振るい続けていた。

 居合のような構えから、真っ向・袈裟斬り・一文字・逆袈裟など、あらゆる角度からの斬撃が飛ぶ。その振るわれる斬撃が衝撃波として延び、ツカサを襲っているのだ。

 「ちょ、ちょっと待て! それは人間業じゃないだろう!?」

 しかしその斬撃を受ける側であるツカサはたまったもんではない。

 「我々の剣術には陰陽術も組み込まれておりましてね」

 なんて真人は可笑しそうに笑っているが、それだけで生身の人間が斬撃を飛ばせるようになるわけが無い。きっとそれ相応に鍛錬を積んだ結果なのだろう。


 「いやいや、だからって納得できるか!」

 何せ一発で地面が捲れるほどの威力。竹刀でまともに受けたら簡単に切断されると踏んで回避に徹してはいたが、このままだと徐々にでも追い込まれるのは目に見えている。

 どうにかして接近したいが、真人はいつの間にかシールドを背にしているので回り込むことすら困難なのが今の状況だ。

 「ほらほら、何か打開策は浮かびましたか? なければどんどん撃ちますよ?」

 「容赦無さすぎだろうがっ!」

 ツカサに思考する隙すら与えないかのように、真人の放つ斬撃は段々と数を増してツカサを追い詰める。もはやギリギリでの回避しか出来なくなってきたところで、ツカサはようやくある事に気が付いた。

 「水……? そうか水か!」

 斬撃がシールドに当たり拡散する瞬間、何故か水しぶきが発生し、それがツカサの頬を濡らした。『斬撃のみ』を飛ばすとなると意味不明の力業にしか思えないが、他にタネがあるならば。

 「ようやく気が付きましたか? だから陰陽術なんです、よ!」

 元より隠す気のない真人は気にした様子もなく、今度は先程よりも軽く竹刀を振るう。しかしそこから放たれるのは数多もの水弾であり、今度は“線”ではなく“面”でツカサを襲った。


 「この技は、まさか!?」

 今度は避ける隙もなく、ツカサは竹刀を庇いながら気功全開で防御を行う。食らってみれば大してダメージはなかったが、ツカサにとってはそれよりも精神的な衝撃の方が大きい。

 何故ならば、ツカサはその技を別の人物から幾度も受けた事があるからだ。

 「水刃時雨、という技です」

 それを知ってか知らずか、真人は事も無げにそう言った。

 「ブレイヴ・ウンディーネと呼ばれる少女が好んで使う技らしいですね。我が流派は水と相性がいいので、水の精霊のチカラを扱うならば最良の選択肢だと思いますよ」

 そこで真人は本日一番の笑顔を見せ、

 「どうです、本気を出す気になりましたか?」

 と宣った。

 どうやら、ツカサがトンデモ道場の師範代相手とはいえ、一般人に向けて全力を出す気がないことまで見通されていたらしい。

 「……ははっ。いやぁ参った参った」

 ツカサの心境を探り、興味のありそうなツボを刺激し、なおかつ自身は未だに手札をチラ見せしただけで何一つ大っぴらにはしていない。

 これが年季の差なのかと、ツカサは思い知らされた気分であった。

 「なら、本気で挑まんとな」



 ◇



 明らかに雰囲気が変わったと、真人は思う。

 (挑発にしては度が過ぎましたかね……?)

 娘から、司さんは大のヒーロー好きだという話を聞いていたので、()()()同じ流派の技を使うブレイヴ・ウンディーネの名を出したのだが。それにしては雰囲気の変わり方が異様な気もする。

 もしかして自分は、虎の尾を踏んでしまったのだろうかと、真人が一瞬でも後悔したその時、ソレは来た。

 もう目の前に、竹刀の先端が迫っていたのである。

 「うおおっ!?」

 あまりにも初動の早すぎる突き。直感的に避ける事はできたものの、その刹那の後に飛んできた膝蹴りまでは避けきれない。

 ガンッという衝撃音。それは膝蹴りが運良く構えていた竹刀に当たった音と、その竹刀が受けきれずに真人の肩口を叩いた音と、真人がその勢いに耐えられずシールドへと叩きつけられた音。その全て重なったものだ。

 「くっ……あああァ!」

 鈍い痛みを感じながらも、真人は全力で司を弾き返す。しかしそれで距離が離せるのはせいぜい一間(1.8m)ほど。気功使いの足ならば一足で届く距離だ。


 (ああ……ようやく思い出しました)

 かつて、真人が“気功”を扱える友人と本気で喧嘩した時。今回と同じような状況になった覚えがある。

 (「俺は喧嘩屋で、お前は剣士。俺は全身が得物で、お前の得物はその剣だ。戦法(やり方)なんて別物にならぁな」なんて、喧嘩の後の酒の席で言い聞かされましたっけ)

 それは今となっては古い記憶だ。だからこそ、“気功使い”がまた目の前に現れて試合をしてくれると成った時、真人は人知れず歓喜に震えたのだ。

 (あの時の雪辱、なんて。この人にはなんの関係もありませんのにね)

 あの時、真人は敗けた。そりゃもう完膚なきまでに。

 あの時は師範代ではなかったにしろ、それなりに実力はあったはずなのに、だ。

 今度は横薙ぎの一撃が来た。今度はそれを竹刀で受けるが、両手で構えていてもなお支えきれずに足が地面を滑る。

 “気功”を扱えるかどうか。たったそれだけの差で、こうも膂力は変わるものか。


 (攻防速全ての強化符を使用しても、まだ届きませんか……!)

 真人とて道着の下はこの試合の為に用意した符術の札でいっぱいだ。しかしそれは持久戦を予期して用意したものなので、瞬間の出力ならば追い付かないと、そういう事だろう。

 そういう事であって欲しい。

 「うおおおおおぉぉぉぉぉおおおッ!」

 それはどちらの雄叫びか。シールドで区切った修練場の一区画では狭すぎると言いたげに、ふたりは天地を蹴って交差し続ける。

 もはや土煙や砂埃で門下生達には試合の様子は観れないだろう。

 だがそれは仕方ないと割り切ってもらうしかない。今の真人は己の欲に忠実に戦っているのだから、むしろ観ないでくれた方が威厳が保てるというものだ。

 しかし、時間は有限。強化符の使用時間も限界が近い。楽しい試合であっても、これ以上は続けられないだろう。

 ならば。


 「……ラスト、お願いしますッ!!」

 交差の刹那に伝えた言葉。端的過ぎて伝わらない可能性もあったが、司さんはちゃんと理解してくれたのか、立ち止まって構えてくれた。

 後は期待に応えるのみ。

 「──奥義!」

 強化符最後の瞬きと、水術による加速、更に手のひらを鞘に見立てた抜刀術を上乗せした、閃光の如き一閃の太刀筋。

 これぞ奥義。

 「翠華瞬散(すいかまたたきにちる)!!」

 一瞬の突風に土煙が晴れる中、ふたつの影が交差した。

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