その名は、心鏡水天流剣術道場 その3
狂戦士達の坩堝へと囚われたツカサ。
彼ら彼女らの目は爛々と光り、噂に聴く“気功使い”の強さに思いを馳せている。逃げようかとも一瞬考えたが、師範代である水鏡 美月の父親、水鏡 真人がそれを許すことは無いだろう。
……なんて思考をしているウチに真人と美月に背中を押されて門下生達の輪の中心へと引き込まれてしまった。これでは何人か相手にしないと帰して貰えないだろう。そういう雰囲気である。
「師匠! ようやく師匠の本気が見られるんですね! 俺、師匠の一番弟子として勉強させていただきます!」
星矢よお前もか。だけど一番弟子という発言(まだ何一つ教えたりとかはしていないのだが)で幾分かは関心が逸れたようなので、緊張しいのツカサからしたら少しはやりやすくなった。
「さて、ではまず誰から……よし、斉藤! まずは君からだ」
「はい!」
真人に呼ばれ、既に剣士の風格を持ち合わせた少年がツカサの前へと歩みでる。その手には三本の竹刀を持ち、一本をツカサへと手渡すと数歩下がり、自身は残りの二本を構えてツカサと対峙した。
最初手から二刀流の変わり種である。
あんなのあり? 等とツカサからは疑問しか飛び出してこないのだが、周囲からは『あの斉藤先輩が、本気を……!?』とか『斉藤、マジだな』とか『斉藤さんが本気出したらいくらあの人でも……』とかそういう囁き声しか聞こえてこない。
「驚きましたか司さん。ウチの流派は実践向けの剣術。一刀の扱い方だけでなく、飛び道具や忍術紛いのモノまで、生き残る為の術を多種取り込んでいるのですよ」
それが代々続く心鏡水天流だと言い張られたら、門外漢であるツカサは何も言い返せない。
「……ま、気功を使う俺も卑怯だのなんだと言えないか」
むしろやりやすいというか、普段とは違う実践経験を積めると思えば悪くない。
ならばやってやるデスと、ツカサは気功を出力抑え目に発現し、二刀流の斉藤と向き合った。
◇
「それでは、始め!」
立会人としてふたりの間に立った水鏡父の声を聞きつつ、星矢は己が師匠と仰ぐツカサの動向を注視していた。
星矢と瑠璃があの川辺でツカサと出会って以降、ふたりはダークエルダーの庇護下に置かれはしたが、未だに入隊までは至っていない。それでもアルバイトという形であれば近いうちに手配してくれると、カゲトラという人に説明された。どうやら学生の身分でもアルバイトとしてダークエルダーに所属している者は多いらしく、彼らと同様に学業と両立しながら、空いた時間に仕事をこなすスタイルとなるようだ。
瑠璃が癒しの巫女として覚醒してからというもの、ふたりが怪異やチンピラに絡まれる回数は極端に多くなった。その度に星矢が『白鶴八相』を使って撃退しているし、時折ダークヒーローと名乗る仮面の人物が援護してくれたりもして、今の所は順調そのものなのだが、いずれ星矢の実力では瑠璃を守りきれなくなる日が来る。それは、未来視にも似たデジャビュが見せた、幾つもの星矢達の終末が物語っている。
このままではダメだと、どうにかして強くなろうとしていた矢先に、師匠から今回の話を持ち掛けられたのだ。
「参ります!」
斉藤はそう言うやいなや、己が得物である二本の竹刀を以て怒涛の連撃を繰り出していた。それは正しく縦横無尽。並の人間ならば竹刀一本ですらその速度で振るい続ける事はキツイというレベルのものを、斉藤は二刀流で扱っている。それは十数秒間続けても衰える事はなく、殊更に精錬されていくようにも見える。
「すっ……げぇ!」
【なぁに言ってんだ。あれくらいならお前だってできるようにならぁよ】
合間の時間に『白鶴八相』の件は道場にいる全員に周知され、彼も気兼ねなく声を発するようになった。そんな彼が、斉藤のやっている事は腕力次第だと少々呆れた感じで告げてくるが、星矢が感動しているのはそちらではない。
「よっほいっほいっとっ」
師匠だ。彼は竹刀を使わず、素手で斉藤の乱舞を捌いている。高速で振り回される竹刀を素手で受けるなぞ正気の沙汰ではないが、それを可能にするのが“気功”と呼ばれるチカラなのだろう。
(俺もいつか、あんな風に……)
瑠璃を守る為には強くなければならない。そして今の星矢が目指す強さとは、目の前で欠伸を噛み殺しながら今度は指先だけで竹刀と打ち合いを始めた憧れの人を指す。
「あれが“気功”のチカラなのか!?」
「斉藤先輩、舐められてますよ!」
「ばっかお前、相手が硬さがやべぇんだよ! 斉藤さんの攻撃は急所以外にはちゃんと当たってるけど無視されてるだけだ! ……よく見ればほとんど弾けてねぇ。フルプレート相手に木の棒で殴ってるようなもんだから効いてないように見えるだけだ」
「何やってもカッコイイなぁ師匠……」
【おい星矢、正気に戻れ。お前の師匠とやらは今まさに溝打ちに一発もらってむせてるところだぞ】
周りがごちゃごちゃ言っていようが関係ない。星矢はあの人の黒タイツに救われ、あの強さに憧れたからこそ今ここにいるのだ。
「……よし、大体分かった。お疲れ斉藤くん」
その一声と共に先程まで有利に攻め立てていた斉藤が見学者の輪を超え、壁に立てられたクッション代わりのマットへとくい込んだ後床へと落ちた。
どうやら最後まで竹刀を使わず、張り手一発で退場させたらしい。
「そこまで。……斉藤、様子見のための攻撃一辺倒だったのだろうが、最後は完全に足を止めていたな? あれでは避けられるわけがない。反省して次に生かすように。……さて、次は」
と、真人が次の対戦相手を指名する前にツカサが手を挙げてそれを遮る。そして、
「時間が掛かるだけなので、今の斉藤くんよりも実力が劣っている自覚がある人はまとめてかかって来てください。ここの門下生なら集団戦の心得もあるんでしょう?」
なんて宣った。
「「ちょっと司さん、それは……」」
水鏡親子が同時に止めようとするが、一度吐いた言葉は取り消せるわけもない。門下生達は次々と立ち上がり、己の得物を手にツカサの前へと立ち並ぶ。
次々と、次から次へと、立ち並ぶ。
そしてツカサを囲ったのは、その場にいる門下生の半数以上。座っている者の方が少ない有様である。
「あっ……斉藤くん、強かったんだ……」
なんて言葉がツカサから漏れ出たように思えたが、星矢はそれを空耳だと断じて、尊敬の念を込めてツカサを見つめる。
「さっすが師匠、めっちゃ強気!」
おそらくだが、今の斉藤以下の実力であるならばブレイヴ・ウンディーネである確率は低いと踏んだのだろう。ならばひとりひとり判断するのも時間の無駄なため、こういう対戦形式を希望したに違いない。
自己申告で『斉藤より弱い者』に限定させているとは言え、ウンディーネのような達人を産む流派の門下生達を一度に相手にしようなどとは、普段なら自殺行為以外の何物でもないはずだが。
本気の師匠は誰よりも強いと半ば盲信している星矢は、これがツカサが墓穴を掘っただけの行為だとは気づけない。
「……司くん、ウチの生徒達を甘く見た事、後悔しても遅いですからね。………始め!」
呆れ顔の真人が号令をかけた瞬間、殺意にも似た何かを目に宿した門下生達がツカサへと殺到した。