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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第五章 『悪の組織と夏のデキゴト』 後編
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君が浴衣で甚平が俺で、夏祭り その5

 普段は厳かで静かな神社ではあるが、夏祭りとなると話は変わる。

 浴衣を着付けたハイカラ美人や、あれこれやりたいと騒ぐ子供達。酔っ払いの怒号や、どこから流れているかも分からない和楽器音に、テキ屋のあんちゃん達の客引きの声。

 それらが全て折り重なったカオスこそ、ザ・日本の夏祭りとも思える情景である。

 「あっはは、懐かしいなぁ……」

 ツカサとて、昔は夏祭りというものを楽しみにしていた子供のひとりであった。

 友達と放課後に待ち合わせをして、家に帰ったらランドセルを投げ捨てるようにブン投げて、母親に怒られながら、この日の為にと貯めていたお年玉の入ったがま口財布を握りしめてチャリを漕ぐ。

 そして皆で集まったら、罰ゲームをその場で考えながら、まずは射的や金魚すくいの屋台を回るのだ。

 負けたら奢り、買ったら独占。そんなルールの下で本気の勝負をし、一喜一憂する。

 ……そんな夏は、もうほど遠く。

 今ここに居るのは、単身で上京しブラック企業勤めで心身共に摩耗して、遂には悪の組織の一員となった陰の者。

 かつての学友が結婚した等という話を後から人伝に聞くような、そんな日陰者である。


 「兄さん、兄さん。何を思っているかは大体予想がつきますけど、私達が居ることを忘れてませんよね?」

 「おっとと、すまん。どうにもこの空気が懐かしくてな……」

 そう、ぼっちにはハードルが高すぎる夏祭りとて、今のツカサは美少女4人を引き連れた両手に花ならぬ花束状態。もう何も怖くない!

 例えそれが、ナンパ避けの保護者役だとしてもだ。

 「さ、何はともあれまずは腹ごしらえかな? 何でもとまでは言えないけど、ある程度なら財布に余裕もあるからご馳走するよ」

 ツカサは最近の活躍により、ボーナスという名の、文字通り桁外れの金額を振り込まれている。その一部を戦士の嗜みとして、十数枚の千円札に両替して持ち込んでいるのだ。これならば屋台での買い物も安心安全である。

 「そういうつもりで誘ったワケじゃないんだけど……。ま、奢ってくれるなら遠慮しないぜ」

 「こら陽、また貴女はそうやって……」

 「歌恋、歌恋! この浴衣を汚さずにイカ焼きって食べられるかな!?」

 「流石にレンタル品でチャレンジするのは分が悪いでしょうに……。諦めて唐揚げかスパボーにしましょう?」


 皆が思い思いに発言し、とりあえず人の流れに沿うように移動を開始する。ツカサはただ、それに追従する壁役。気分はアイドルのSPだ。

 そう思ってないとどういう感情で生きればいいか分からないだけであるが。

 兎も角として、5人の夏祭りは始まる。



 ◇



 (ま、分かってた事なんだけどね……)

 ツカサはひとり、屋台で買った唐揚げのカップをゴミ箱へと投げ捨てて瓶サイダーを煽る。

 そう、ひとりで、だ。

 元々さほど広い境内でもないし、そんなところを5人で固まって歩けば他の人の邪魔になるのは当たり前。人通りも多く魅力的な屋台も多数あるため、グループは徐々に分断されていき、最終的に残った……というよりは、いつの間にかはぐれていたのはツカサの方であった。

 認識阻害装置の影響もあり、多少の顔見知り程度の間柄ならば、今のツカサは一般人A位にしか認知できなくなっている。実の妹ですら兄の存在を忘れて屋台めぐりに没頭しているのだから、その効果はお墨付きだろう。

 実際は目立ちたくないという願望が仇になっただけだが、かといって外すワケにもいかない理由がある。


 「ヘイ、そこのカーノジョ! ウチらと遊ば……」

 「ウチのお嬢様に、何か御用ですか?」

 「ヒッ! な、ななななんでもナイデス!」

 良くも悪くも目立つ4人だ。それが個別に別れて男の影もなく歩いていれば、ナンパも寄ってくるというもの。ツカサの役目は4人の動向を常に監視し、ナンパが近付けばその者の背後に立って殺気全開で脅すことである。

 気功を体得した今のツカサの殺気は、例えるならば冬眠前の飢えた大熊。素人ならばソレを向けられただけで生命の危機を感じるレベルだ。その障害を前にしてなお、出会い頭の女の子を口説こうなんていう根性の入ったナンパはいないだろう。

 なんでこんな役割に座ったのかは、ツカサ本人にも分からない。素直に楽しめばいいのに馬鹿な男だ、という声がプロテインバーの屋台から聞こえた気がしたが、多分気のせいだろう。


 「……あ、また兄さんどっか行って。見つけたついでにかき氷奢ってください。私はジンバーピーチで」

 「あいよ。土浦さんはどうする?」

 「あっ、えーっと……じゃあボクはバナナオーレをお願いします」

 無論、殺気を放てば精霊戦士である妹達にも見つかるわけで。そうやって見つかっては奢って離れて、またナンパを撃退しては見つかって、を繰り返しているのが現状である。

 一体何が楽しいのかって?

 卑屈なツカサにはこれくらいの距離感が丁度いいというだけである。

 「ねぇ兄さん。守ってくれているのは分かりますけど、過保護過ぎません? ナンパくらい私達でも追い返せますよ?」

 そんな事を続けていると、ついにカレンから苦言をもらう。リア充の巣窟に馴染めないツカサを慮って今まで放置していてくれたようだが、いい加減普通に過ごせと、そう言いたいらしい。

 「そうですよ。ナンパくらい、ボクの拳でワンパンですよワンパン!」

 「ほう、それは頼もしいなぁ」


 土浦はツカサの前でシャドーボクシングを披露してくれているが、その振るわれる拳ひとつひとつが平均男性の急所の位置を的確に狙っているのはツカサにも見抜けている。カレンとて最初は言葉であしらおうとするだろうが、余りにもしつこい相手には周囲の酸素濃度を調整して気絶させるくらい平気でするだろう。

 ……つまり、本当に危ないのはナンパをしようとした男の方。少しでも強引な態度を見せれば、即座に地に伏す事になるのだから、危険度の高いトラップである。

 ツカサだって鬼ではない。公衆の面前で気絶するような無様を晒すよりは、保護者役の男にビビって逃げた方がまだ言い訳がつくだろうと思ってやっている一面もあるのだと理解して欲しいものだ。

 その点、日向・水鏡ペアはあしらい方が上手いようで、ツカサの見ている限りでも6組ほどは既に撃墜済みである。カレンからの報告によれば、2人とも日頃から目立つ美少女として学校でも有名らしいから、そこで培われた経験からなせる技なのかもしれない。


 「お、ようやく合流できたなー」

 なんて、のんびりと笑う日向の手元にはジャンクフードが山盛りだ。ツカサが傍にいるタイミングの時はあれこれ言って奢ったりもしたが、その時よりも増えているとは……健啖家である。

 「屋台も大体見終えましたし、後は花火が打ち上がったらプログラムは終了でしょうか。……たまにはみんなで回るのも、悪くないものですね」

 そう言って笑う水鏡の手には水風船と夜光ブレスレット。割と堪能していたらしい。

 「やっぱり浴衣って動きにくいねー」

 「楓としては魅せたかっただけ、ですもんね?」

 「わわ、歌恋! シーッ!」

 カレンと土浦もじゃれあいながら、楽しそうに笑っている。

 彼女らの笑顔を間近で見られたのだから、背伸びして夏祭りなんてものに来た甲斐はあったと考えてしまうのは、我ながら単純だろうかと、ツカサは内心苦笑する。


 『皆さん、おまたせしました。本日の最終プログラム。夏の夜空を彩る、打ち上げ花火でございます。お誘い合わせの上、拝殿を正面に見て左側、東の空をご覧下さい』

 会場にアナウンスが鳴り響き、人の波が動く。より花火の見やすい場所を確保すべく、または会場を離れ、ひっそりと2人きりの時間を過ごすべく。

 「……どうしたの、兄さん? 早く行かないと場所無くなりますよ?」

 どうやらボーッとしていたようで、ツカサはいつの間にか人の波からはぐれ、ポツンと残されていた。

 ツカサの他に、その場に残っている者はまばら。ほとんどの人が移動した後で、そこに残るメリットは多分ないのだろう。

 「おーう、悪い。今」

 行く、と言い出して、不意にその場に炸裂音が鳴り響く。

 花火とは違う、軽い“パンッ”という音。

 それが立て続けに、二度、三度。


 「………え?」

 ツカサは気付く。

 自身と、連れの少女達の周囲には、囲むようにして並ぶ男達。

 そして、胸に感じた不自然な衝撃。

 撃たれたのだ、と脳が理解する頃には、ツカサの身は既に地へと伏していた。

 撃たれましたね(ありのまま)。

 物騒な世の中ですが、ちゃんと銃刀法は機能しています。

 では何故撃たれたのかと言いますと、それはまた次回。


 ワクチンを打つ時期なので、もしかしたらいつも通りの更新ができなくなるかもしれませんが、生きている限りは完成まで続けるつもりですのでっ!


 これからの御愛読もよろしくお願いいたします。

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