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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第五章 『悪の組織と夏のデキゴト』 後編
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君が浴衣で甚平が俺で、夏祭り その4

 「敗因は対人戦闘の経験の差と、模擬戦という状況に油断した判断力ってところか」

 黒雷の勝利で終わった模擬戦から少し経ち。今は反省会と称して、支部に併設された喫茶店で一息ついている。

 「確かに、俺はデブリヘイムの相手ばかりで対人戦はあんまりですけど、そんなに違いますか……?」

 アベルことトウマも、あれだけ派手にぶっ飛んだ割には多少の痣程度で済んだらしく、ツカサと向かい合って珈琲を啜っている。

 「そりゃ、大いに違うだろうさ」

 そう話し出すのはふたりと同席しているカゲトラ。模擬戦と聞いて急遽駆け付けた彼は、一番近くで戦闘を見守っていた。この反省会に呼んだのも、そんな第三者の意見が必要だと思ったからである。

 呼ぶ前から既に着いてきていた気もするが。

 「これはさっきの試合の映像だがな……」

 そういって彼はタブレットを取り出すと、試合の録画を最後の場面まで早送りし、気功雷砲の直前で止める。

 それは丁度、アベルが奥義をもって黒雷を仕留めに掛かった瞬間だ。だがその映像をコマ送り再生すると、明らかな違和感が見えてくる。

 「手を抜いた……というか、本当に当てても平気なのかと迷ったってところだろうな」

 それはツカサが模擬戦中に感じた、アベルの攻撃が軽いという違和感の正体。

 「……バレてましたか」

 そういってトウマは、温くなった珈琲を飲み込んだ。


 トウマは今まで、地球外生命体デブリヘイムを相手に戦い続けてきた歴戦の戦士だ。

 奴らの硬い装甲を破れるその技の数々は一級品。だが、その技を人に向けた経験はほぼ無いに等しいと言っても過言ではない。

 つまり、“本当に当ててしまって大丈夫なのか。殺してしまわないか”という、一瞬の葛藤があったのである。

 そこに気付いたツカサは、あえてその身を晒してカウンターを狙った。結果はご覧の通り。

 「その迷いはその内、致命的な隙になる気がしてな。だからあえてそれを突かせてもらったんだ」

 ツカサもまた珈琲を飲み干し、店員に人数分のおかわりを頼む。負けたトウマが奢ってくれるそうなので遠慮はしない。

 「悔しいなぁ……。でも、次は必ず勝ちますから!」

 「おう、また機会があったら再戦だな」

 ふたりは軽く拳同士を打ち合わせ、また他に粗が無かったかとタブレットの画面へと視線を移す。

 その反省会は定時頃まで続き、三者三様に満足のいく結論を出してから退社するのだった。



 ◇



 「お待たせしました、兄さん」

 夕暮れ時。

 『野暮用ができたので先に出ます。鳥居の前で待ち合わせましょう』とメモ書きを残してカレンがいなくなっていた為、仕方なくひとりでリア充の巣窟へと足を踏み入れたツカサは、目立たぬようにと強力な認識阻害装置を取付けた伊達メガネを装備し手持ち無沙汰にスマホをいじっていた。

 「随分と遅かっ……?」

 待ちに待った妹の声に顔を上げれば、そこには見慣れた4人の女性と見慣れぬ和装。

 「……おやまぁ随分とべっぴんさん揃いなこと……」

 ツカサが惚けたように呟くように、その一角だけは他より随分と色が違う。

 「こんばんは司さん。へへっ、似合うかい?」

 日向 陽はオレンジに近い赤色、向日葵の紋様をした浴衣を着付け、最新の仮面のバイク乗りのお面を斜めにして掛けている。高い背丈と、サラシを巻いた上でも主張の強い豊満な胸は、すれ違う男達全てを魅力してやまない。

 「この面子で並ぶと、見劣りしてしまいそうですね……」

 そう呟く水鏡 美月は淡い水色に花火の紋様の浴衣。元々大和撫子然としたその容姿と相まって、この場の誰よりも“夏祭りの場が似合って”いる。

 「こここ、こんばんは司さん! 本日はお日柄もよきゅっ……!」

 「楓、緊張し過ぎですよ。この朴念仁に女性の浴衣姿を褒める語彙なんて存在しないので諦めてリラックスしてください」

 土浦 楓とカレンは、それぞれ黄色と緑色のレンタル品で、紋様のない浴衣のようだ。髪にお揃いの簪を差していて、それが唯一ふたりに色を添えている。


 4人も揃って素が良いだけに、このような変化球で来られるとツカサの魂が保たない。ひとりだけ飾り気のない甚平姿で混ざってもよいものなのかとか、そもそも今すぐ逃げ出して遠くから眺めているだけで幸せになれそうだとか、俺が今すぐ美少女に変身できれば世界平和が成立するのではとか、よく分からない思考がツカサの脳内をぐるぐる回り出す。

 「……あの、兄さん?」

 「お、おう……?」

 兄と呼ばれ、ぶっ飛んだ思考から戻った先には4人の不安げな顔。

 どうやら感想を求められているようで、ツカサは元より少ない語彙力を振り絞って、なんとか一言、

 「……その、なんだ……。みんな、似合ってるな」

 とだけ呟く。そもそも彼女のいた経験すらないツカサでは女性の服装を褒めるなんてイベントを照れずにこなせる訳はなく、夏の暑さのせいだけではない熱で顔が火照るのを感じながら、なんとか聞こえるように声を発するのが精一杯だ。

 「ヘタレ」

 「うっ……!」

 カレンにバッサリ切り捨てられるのも致し方ないというもの。不甲斐ない兄ですまないと心中で謝りながら、ツカサは持ってきていた扇子で顔を扇ぎながら境内を指差す。


 「とにかくほら、揃ったなら早く見て回ろう。給料も入ったし今日は奢っちゃうぞー!」

 変なテンションのまま鳥居を潜れば、んじゃいくかーという日向の声と複数の草履の擦れる音。

 ハァ……と小さなため息が溢れた気がしたが、今のツカサには、それが誰のものなのか確かめるだけの余裕はなかった。

 タッパがあって豊満で、だけれどもお面のせいで妙な親しみ安さを醸し出す子と、純和風大和撫子が浴衣持ち込み組。

 プロに着付けをお願いしたものの、小遣いの範囲ではさほど背伸びできず、なんとかお揃いの簪で妥協した親友コンビ組。


 こんな美少女に囲まれていいのは、撃たれる覚悟のある主人公だけですよね。撃たれろ……いや爆ぜさせるよう頑張ります。

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