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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第五章 『悪の組織と夏のデキゴト』 後編
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君が浴衣で甚平が俺で、夏祭り その2

 夏祭り当日。そのお昼時。

 こういった日はダークエルダーも空気を読み、一切の矯正活動を行わない。

 祭りを心待ちにしている人達はこの日の為に前々から予定を組んでいるだろうし、そうでない人達も、その人混みを避けるために色々工夫を凝らしているだろう。そこに突撃をかけたならば、様々な部分で予定を狂わせられる人達が出てくる。地域密着型悪の組織としては、その辺もきちんと理解して行動しなければならないのだ。

 「では、俺達は出店の準備があるのでお先に」

 そう言って、カゲトラと数人が席を立つ。

 彼らもまた祭りの準備に追われる者達だ。ダークエルダーからも屋台を出すため、その設営やら何やらで早上がりを許可されているのである。

 無論、設営から運営、片付けまでの給料は別途支給されるので、皆安心して行動できる。……というか、普段の給料に若干色が付くため立候補者が多く、何気に倍率が高かったりもするのだが、それはさておき。


 「おー、お疲れ様ー!」

 ツカサは自分のデスクから手を振り、彼らを見送る。

 屋台組でない者達も今日は大した仕事はなく、残務処理や手持ちの仕事を先行している者がほとんどだ。特に戦闘員はデスクワークそのものが少ないため、定時間際までトレーニングルームで過ごす者も多い。

 アットホームな職場……というよりは、常に余裕のあるフットワークの軽い職場とでも言おうか。

 悪ではあっても黒ではない。そこのところがツカサは気に入っている。


 「さぁて、と……」

 カゲトラ達を見送ったツカサは改めて、自身のデスクを見る。

 仕事が、ない。

 「………」

 自分宛のメールをチェック、何もなし。

 処理すべき書類、ゼロ。

 邪神戦線お疲れ様という意味で送られてきたお菓子、散々処理したにも関わらずまだひと山ほど。

 ヴォルト専用のミニ座椅子、いつの間にか神棚に飾られている。

 「……博士、なんか仕事ありません?」

 「今日の分は全て終わっとるな。もう帰っていいんじゃないかのう」

 頼みの綱である上司に話を振るも、収穫なし。

 ツカサ、まだお昼時だというのに社内ニートである。

 普段ならばこの時間はパトロールや襲撃の下準備等々を行っているのだが、今日だけはツカサもシフトから外れている。何せ『ツカサが歩けば敵に当たる』とまで支部内で揶揄されるほどの遭遇率なので。


 「ただいま戻りましたー」

 もういっそ本当に帰ってやろうかと、ツカサが腰を上げかけたその時、オフィスの扉が開く。

 入ってきたのは、流星装甲(メテオナイト)アベルこと、コードネーム:トウマ。

 彼はダークエルダー所属後、全国のデブリヘイムを討伐する任務へと就いており、各ダークエルダー支部を転々とする毎日だ。彼の『デブリヘイムレーダー』とも呼ぶべき感覚は、ダークエルダーの技術力を持ってしても未だに上回れず、それのせいで未だに出番の減らない苦労人である。

 デブリヘイム自体、事変後は出現数こそ減っているものの、未だに人類にとっては天敵だ。地下に潜む奴らを駆逐するまでには、まだまだ時間がかかるだろう。

 「君も毎日大変だな。これ、おすそ分け」

 「いやいや、ツカサさんの戦績を見てたらなんの自慢にもなりませんよ。はい、お返しです」

 ツカサが労いを込めてバナナ型の焼き菓子を差し入れれば、トウマからはお土産にとひよこ型の饅頭が返ってくる。

 ココ最近は同じような事を繰り返しているため、一種のルーティンみたいな行為になりかけていた。


 「……でもさ、トウマはあのデブリヘイムのクロックアップ、どうやって対処してるんだ? 俺はヴォルトがいないと全く歯が立たないんだが」

 ツカサは早速饅頭を齧りながら、席についたトウマに向けて話しかける。

 ふと思い至った話題だが、実は前々から気になってはいたのだ。

 「あの高速移動ですか? あれ、幼体はほとんど使いませんし、成虫とは最近やり合ってませんからねぇ」

 トウマも同じく焼き菓子をつまみ、ふと思い至ったようにパソコンをつけてファイルを漁る。

 数分後に出してきたのは、過去のアベルの戦闘動画。

 ダークエルダーに所属する前はまともに記録を残しておらず、町中の監視カメラや現場にいた民間人の録画等を貼り合わせてようやく観られるようにした物も多いが、無いよりはマシである。

 「あー、やっぱり俺、これ直感で対処してますね」

 トウマが流していた動画では丁度、成虫体がクロックアップを発動した瞬間を収めていた。奴らはこれを発動すると、人が視認できない速さで自由に動き回る事ができる。これをツカサは、昔見ていた特撮に因んで“クロックアップ”と呼んでいるのだ。

 動画では微動だにしないアベルを中心に、カメラがデブリヘイムを探して右往左往している様子が見て取れる。

 その数秒後に金属音が鳴り響き、カメラが再度アベルを捉えた時には、そのすぐ側に成虫体が脚を切断されて転がっている姿が映っていた。


 「これ、直感で?」

 「ええ。なんとなく今かなーって、カウンターのつもりで攻撃すると当たってるって感じですね。なんで詳しい話とかはできそうにないですよ」

 つまり本人も分かっていない。先のデブリヘイムレーダーで感知しているのか、本人の素質なのかも不明という事だ。これでは何の参考にもならないだろう。

 ツカサも暇つぶしの話題として振ったものの、これではなんとなく収まりが悪い。

 ならば、

 「トウマ、暇なら模擬戦でもしようか」

 幸いというか、お互い今は暇なようだし、帰るくらいなら少しでも研鑽を積みたい。

 「お、良いんですか? ……実は俺も、一回はツカサさんとやり合ってみたかったんですよ」

 トウマも乗り気な様子だし、ここはいっちょガチ目にやりますかーなんて、気楽な気持ちで立ち上がった瞬間。


 会話の聞こえていたほぼ全ての人間が同時に立ち上がった。


 「ファッ!?」

 不意を突かれて立ちすくむツカサとトウマを尻目に、周囲は蜂の巣をつついたかのように急に騒ぎ出す。

 とはいえ、話題は皆ひとつだ。

 「その模擬戦あと5分……いや3分待て! それで今日必要な書類が終わる!」

 「急いで他の面子に速報を出せ! アベルVS黒雷って書いときゃ嫌でも通じる!」

 「前に下馬評からオッズ出してた奴誰だ!? 組み直す暇はないから今すぐ差し出せ!」

 「トレーニングルームに運ぶ機材はこれで全部じゃ! 40秒で設置しな!」

 「屋台組にも連絡しろ! 抽選漏れた奴は交代するチャンスだぞ!」

 騒ぎも騒ぎ、大騒ぎ。

 どうやら誰もがこの対戦を心待ちにしていたようで、本人達が乗り気になるのを今か今かと待ち構えていたのだろう。

 「ははっ……こりゃ、手を抜けませんね……」

 トウマもこれは予想外だったのか、冷や汗をかきながら状況を見守っている。だがやる気は十分。引く気はおろか、その目には闘志すら宿っていた。

 対するツカサといえば。

 「……暇つぶしのつもりで提案したのに、大変な事になっちゃったぞぉ……」

 ただただ面を食らったまま、人の波に流されるようにトレーニングルームへと向かわされていた。

 一波乱あるって書いた以上、戦闘しなきゃなーとか思った末路がこれです。

 素直にラブコメさせるだけにしておけばよかった気もしますが、最近黒雷の戦闘が少ないのでこれはこれでありかなぁと。

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