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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第五章 『悪の組織と夏のデキゴト』 後編
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君が浴衣で甚平が俺で、夏祭り その1

 妹に夏祭りへと誘われ、二つ返事でYESと答えたツカサは、その日の業務をさっさと終わらせて帰路へとついた。

 最近はブラック企業の数も減り、ダークエルダーから指導の入った所は軒並み業績が向上、離職率も過去最低となるなど改善が進んでいるためか、それを参考にして自ら経営方針を改める会社が増えてきているのだ。

 その為にダークエルダーによる唐突な襲撃も減ってきてはいるが、まだまだ隠れて人材を使い潰そうという輩は後を絶たない。日本を世界一暮らしやすい国へと変えるまでは、ダークエルダーの戦いは終わらないのだ。

 閑話休題。

 ともかく、そういう理由でツカサ達戦闘員の出番は少なくはなっている。出番がなければ訓練やら他の作業がある為、決して暇ではないが、残業する程でもない。


 多少の寄り道の後マンションへと戻り、鍵を開ける。

 「ただいまー」

 「お帰りなさい」

 ツカサのただいまに、誰かが答えてくれるのは何年ぶりか。それだけでも、ツカサは嬉しく感じるようになってしまった。

 居間へと入ると、丁度カレンが紅茶を入れていたようで、それをぼんやりと眺めている人物が一人。

 「あ、お邪魔しています」

 土浦楓であった。

 「……おや、いらっしゃい」

 ツカサは咄嗟の動揺を隠し、帰り道で買ってきたケーキをカレンへと渡す。

 ……ブレイヴ・ノームだと判明している土浦に生活拠点を知られたのは、ハッキリ言ってプラスにはならない。それはダークエルダーに所属するカレンにだって同様であろうが、まぁ断りきれなかったとかそういう理由だろう。あまり隠そうとして怪しまれても困るし、さっさと連れ込んで害はないと思わせた方が得という事だろうか。

 まで考えて、ツカサは詮無きことと思考を打ち切る。


 土浦からすればカレンは親友で、その兄であるツカサは友達の兄でヒーローである、位しか思っていないだろう。

 ならば放置が一番と、そう決めたツカサは。

 「ゆっくりしていってね」

 とだけ言い放って自室へと逃げ込んだ。



 ◇



 「……なんか、ボク避けられてる?」

 「実は割とコミュ障なんですよ。一人暮らしが長くて、家に人がいるのが新鮮らしいですから、大目に見てあげてください」

 何やらショックを受けている楓に対し、カレンは兄の弁護をしながら紅茶とケーキを渡す。

 多分このケーキ、ふたつ用意してあるが、片方は自分で食べる用だったのだろう。それが突然の来客で差し出すしか無くなったに違いない。本当は手作りのクッキーを出すつもりでいたので、ケーキの代わりにそちらを兄に渡そうと、カレンは決めた。

 「で、夏祭り当日の相談でしたっけ?」

 今日、カレンの住むマンションに楓がやって来た理由。

 それは今日の昼休みに兄から速攻で返事が返ってきたあのメッセージが原因である。

 ツカサが夏祭りに対してあまりいい印象を持っていないのはカレンも知っていた。なのでもっと渋るかとも思っていたが、結果は行くという即答。

 珍しい事もあるのだな、変わったのかな、とカレンは思う。

 それがまさか、普段から自分を避けていた妹に誘われたから嬉しくて、という理由とは想像もつかない。


 「そう、夏祭りね。実は、ね……」

 そこからあーとか、うーとか悩む楓。そんな親友を前に、カレンは悠々とケーキを口に運ぶ。流石兄さん、私の好みを把握してますね、なんて考えながら。

 そして楓が悩むこと1分弱。遂に意を決したかガバッと顔を上げると、

 「そう、ボク実は……浴衣って着たことないんだ!」

 と宣った。

 「私もないですけど」

 カレンの返答に楓が床へと沈んだ。

 轟沈である。You Win! なんてコールが聞こえてきそうだ。

 「着たことないの!? その大和美人なナリで!?」

 「ウチの家系、その辺あまり気にしない人ばかりでしたので。年に一度のお祭りの為に浴衣を買う、なんて誰もしませんでしたよ?」

 「あーんーまーりーだー!」

 どの部分に何を刺激されたのか分からないが、楓はヤケ食いのようにケーキをがっつき、温くなった紅茶でそれを流し込む。

 落ち着いて食べればいいのに、もったいない。


 仕方なくクッキーを取り出し、ついでに自分と楓の紅茶も入れなおす。その頃には楓も落ち着いたようで、フォークで銀紙をつついていた。

 「ごめん、ありがと」

 「いえいえ。……それで、どうして浴衣にこだわっているんです?」

 別に夏祭りなんて、屋台を見て歩く位なら洋服で参加しても問題ない行事だ。そこまで固執する理由がカレンには分からない。

 「いやだって、ホラ……ごにょごにょ」

 そこから徐々に声が小さくなっていく楓。このままでは聞き取れないので、カレンはちょっとだけズルをする事にした。

 シルフにこっそりと風を操って貰い、声を拾ってもらう。

 耳に届いた声は確かに、「せっかくだから、綺麗だーとか思って貰いたいじゃん……。それにさ、あんな美人の先輩達の前じゃボクなんて霞んじゃうし……」と話していた。


 恋する乙女か。いや、恋する乙女なのかもしれない。

 実際は恋未満かもしれないが、気になっているのは確かなのだろう。

 カレンには特撮バカ(自分の兄)に惚れる人の神経が理解できないし、自分でもまだ初恋すらした事がないのでさっぱり分からない範疇の出来事なのだが。

 (……応援するくらいは、いいでしょうか)

 悪の組織とヒーローという、本来は相容れない関係ではあるが。それでも、シルフィ(自分)みたいな例がある以上、最悪な事態にならない限りは問題ないだろう。

 ……その事態を避けるには兄に頑張って貰うしか無いため、そこは同情する。これも普段から彼女がいないと嘆いている兄へ向けての、妹のエールだと割り切ってもらおう。

 「……えっと、だからね? もし着たことあったら、着付けとか色々教えてもらおうかとも思ってたんだけどさ……」

 「なるほど。それはお役に立てなさそうですねぇ……」

 先程のつぶやきは聞こえていないだろうと楓は思っているはずなので、カレンもまたそれに合わせる。

 しかし、カレンにアテがないわけではないのだ。


 「多分ですけど、会場の近くで浴衣のレンタルとかやってるお店もあるんじゃないですかね? そこなら着付けまでやってもらえるのでは?」

 「ほんと!?」

 思った通りの食いつきに、カレンはスマホを操作しながらほくそ笑む。親友ながら可愛いものだ。

 実際はダークエルダーの直営店として、そういうお店が存在するのはカレンも知っていたのだ。イベントの前にその場でレンタルして着替えられるお店があれば楽だろうと、少し前に本部で議題に上がって即採用されたという議事録を読んだ記憶がある。

 「……ああ、ありました。このお店ですね。今回の祭りにも出店しているそうですよ?」

 カレンが楓にスマホの画面を見せると、彼女は食い入るようにしてそれを見ている。浴衣のラインナップも豊富で、プロが小物まで見立ててくれると評判のお店だから、彼女もきっと気に入るだろう。


 「……これ、これだよ! こういうお店があるなら早く言ってよもー! これで歌恋とふたりで浴衣を着ていけるね!」

 「………はい?」

 今なんとおっしゃいましたか。

 カレンが硬直しても、楓は気にせずに今度はクッキーを摘む。あ、美味しい! なんて呑気に笑いながら。

 「先に調べて、自分だけ浴衣を着ていくつもりとか歌恋も隅に置けないよねー」

 何か勘違いをしているようだ。

 「あ、いや違いますって。私は別に普段着のままで……」

 「いいっていいって。ふたりで着ていけるなら怖いものなんかないもの! いやー、歌恋に相談して良かったよー!」

 なんかもう安心しきって、否定しても聞き入れてくれないモードに突入してしまった楓。

 「…………はぁ、もういいです」

 ついにはカレンも諦めて、ふたりで着付けに向かうことが決定してしまう。


 こうしてふたりはこの後も、どうでもいい話題で笑いながら時間を過ごす。

 そうして楓が帰る頃には、もうツカサの分のクッキーは残っていなかったそうな。

 ~夕日の公園にて~


 日向「そういえば、今年も浴衣の着付けお願いしていいか?」


 水鏡「はいはい、分かってますよ。身長はあまり変わってませんよね? なら、去年と同じものでも大丈夫でしょうか……」


 日向「いや、それがさ……去年より、胸が……ね?」


 水鏡「………」

 (サラシにするであろう包帯をちぎれんばかりに引っ張っている)


 日向「ヒッ」

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