祭りのお誘い
兄妹での正体明かしを終えた後、ふたりはあーだこーだ言いながらも落ち着き、素麺を食べながら落ち着く事にした。
「……で、シルフィとしてはダークエルダーに敵対するのか?」
「しませんよ。元々所属しているのに敵対する理由がないじゃないですか。今度博士にユニフォームを改造してもらって、闇落ちした感じで演出してもらおうかと思っています」
「ふーん。じゃあこれからは暇をみて“ダークシルフィ”として活動すると?」
「ダ……いえ、そうですね。楓が敵なのは心苦しいですけど、そうなりますね」
「なんかそれ、敵幹部が変装して主人公の学校に潜入してる感じっぽくてイイネ」
「その楽観視だけは見習いたいものですよ。……こんな兄さんがあの黒雷だなんて、未だに信じられません……」
なんて会話をしながら、しばらく距離を置いていた兄妹は、その差を埋めるべく言葉を重ねる。
ツカサが実家を出てから数年、たまに帰省する事はあっても、妹たるカレンは愛想笑いのひとつもしてくれなくなった。そこにどんな思いがあったかは、長男たるツカサには理解できないものなのかもしれないが、それでも、今は嫌われていないという事実にただ感謝する。
今後はダークエルダーの戦力として、同じ戦場に駆り出される事も多くあるだろう。そこでの仲違いは、簡単に敗北に直結するのだから。
「……兄さん、聞いてます? この唐揚げなんですけど」
「聞いてたよ。母さんの味そっくりだ。また、作ってよ」
「まったく……数年も家を出ていて、まともに自炊すらできないなんて、困った兄さんですね……?」
二人の間に、もう妙な遠慮はない。これからは、妙に仲のいい兄妹として周知されていくだろう。
でももしここに、ヴォルトが居てくれたなら、きっともっと面白かっただろうに……と、考えずにはいられないツカサであった。
◇
「夏祭り?」
「そそ、夏祭り。歌恋、引っ越したばかりでこの町のお祭り行ったことないでしょ?」
とある学校の昼休み。
ようやく引っ越し後のゴタゴタが終わり、のんびり暮らせると意気込んだカレンの下へ、親友たる楓が声を掛けてきた。
あの邪神戦線の後、ふたりは更に仲良くなり今ではお互いに呼び捨てになっているが、それはそれとして。
「祭りですかぁ。正直、人混みってそんなに好きじゃないんですよね……」
中庭の木陰に並んで腰掛け、手作りの弁当をつつきながらカレンは渋る。
カレン自身、自画自賛だとは思いつつも、自分の容姿がそれなりに美人寄りな事は自覚している。隣に座る楓も美人だし、上の学年の日向先輩や水鏡先輩は同性にすらモテるほど美麗だ。なので前に連れ立って海に行った時は、代わる代わるやって来るナンパがしつこかった記憶しかない。
(兄さんの盾、あんまり当てにならないんですよねぇ……)
カレンの兄たるツカサは、どうにも己の容姿が人より劣っていると思っている節があり、人と歩く時は微妙に距離を置くという事を、この前2人で買い物に出掛けた時に知った。
まぁツカサの普段着なんて、オタク特有のダサTシャツに装飾品の類を一切付けない(ヴォルト・ギアを除く)ので、そりゃダサいのは間違いないのだが。
それもあってか、誰もツカサがカレンの付き添いだとは思わないらしく、町へ買い物に出掛けただけで2件のナンパに出会ってしまったのだ。もちろん声を掛けられた後はスムーズに撃退してくれたが(1件目の五人組は面識があるらしく、ツカサの警棒を見た瞬間に脱兎のごとく逃げ出した)、予防にはならないと、その場で学んだのである。
「えぇ~。いいじゃんお祭り。一緒に行こうよ~」
「いえ、祭りは嫌いじゃないですけど、単純にその場にいるナンパ達の処理が面倒でしてね……」
ダークエルダーの活躍により、あまりに執拗い者は減ったが、それでもひと夏の経験を求めて右往左往する輩は後を絶たない。
声を掛けてきた者を片っ端から矯正施設送りにしてもいいなら考えるが、流石にそれは可哀想だろう。
「早口の英語で話せば大抵はどっか行くよ?」
「それは貴方の容姿が外人寄りだからでしょう? 私みたいな典型的な日本人では通用しませんよ」
ハーフだかクウォーターだか、そういう楓みたいな容姿であれば有効かもしれないが、カレンは数世代前まで日本人だ。無駄な足掻きである。
「じゃあ、司さんは? 司さんが一緒なら大丈夫じゃない?」
「あの人、私以上に人混み嫌いなんで。しかもあんまり盾役はやってくれませんよ?」
「うぅ……せっかくお近づきになれるチャンスなのに……」
「……さては楓、あなた私をダシにして兄さんに……?」
「てへぺろっ」
「いや、それ誤魔化しているつもりですか?」
あんな兄の何処がいいのか。いやそれよりも、これはマズイ、とカレンは思う。
ただの妹の立場から見たら、親友の兄に憧れる思春期の乙女としか映らないのだが、これが社会的立場に換算すると非常にマズイ。
正義の味方が悪の組織の一員を付け狙う形となってしまう。
流石に簡単にボロは出さないだろうが、美少女に誘われたら一瞬で墜ちかねないのがツカサである。何せ彼女いない歴が年齢とイコールなのだから。
どうにかして諦めさせようと、カレンが思考をフル回転させ始めたその時。
「楽しそうな話をしてるじゃないか」
「私達も夏祭りに司さんを誘おうかと話していたところなんです。良かったら、ご一緒しませんか?」
高嶺の花が二輪、話を聞きつけズバッと参上した。
(嗚呼、無情……)
ツカサからふたりとの仲を聞いているカレンからすると、ここでツカサに連絡もなく断る事はできない。ご一緒に、なんて言ったら、まず楓は付いてくるだろう。
後は兄の対応次第かな、なんて思考をどこかに放り投げて、カレンはすっと空を見上げた。
雲ひとつない晴天。夏祭りの日も良く晴れそうである。
◇
「夏祭り? なんで俺がそんなリア充だらけの場所にいく理由がある?」
ところ変わってこちらは同日のダークエルダー支部の食堂。
日替わり定食とプリンを頼んだツカサが席を確保し、そこにプロテイン片手のカゲトラと焼き魚定食を頼んだカシワギ博士、それにハンバーグ定食のスズと弁当持ちのトウマとミツワが集まった……まぁ、余人が近寄り難いテーブルが出来上がった空間があるのだ。
そこでトウマから出た、「今度夏祭りがありますけど、皆さんは参加するんですか?」という質問に対するツカサの第一声がアレである。
「相変わらず非リアが捻くれとるのぅツカサくん」
「見た目は幼女の付き添いなら、仕方なく行ってもいいんですよ?」
「ワシがあんな人混み行くわけなかろうに」
「俺はプロテインバーの屋台があるから、テキ屋側だな」
「私は私服警備員っスね。何かなければ普通に参加客みたいなもんスけど」
とまぁ、見事にバラバラである。変人奇人の集まりという点から見ても分かる通り、お互い私生活では全く関わらないのだ。
その後、全員が食べ終わるまで話題は二転三転し、夏祭りの事なんていよいよ全員が忘れそうになったその頃。
非常に珍しい事に、ツカサのスマホにメッセージが届く。
普段はゲーム機としか活用しない為、珍しいなと思いながら画面を開くと、そこには愛しい妹からの『夏祭り、行きますか?』の文字。
その瞬間、ツカサの夏祭り参加が決定した。
両手に花というか、花束というか。
でも、甘いだけで終わらないのがツカサの日常です。
ヴォルトがいれば、多分もっと掻き乱したでしょうが、まぁお休み中なので。