新たなる同居人と正体明かし
それは熱海旅行から帰った日の事。
ダークエルダーの支部へと寄り、お土産だけ置いてきたツカサは今、自身の住むマンションへと戻ってきている。
もはや何の目的で行ったのか分からないほど濃密だった熱海旅行の明けは、カシワギ博士から直々に数日は休め・出勤するなと言い渡された為に、出勤して早々に自室へと舞い戻る事になったのである。
人類存亡の危機を乗り切った報酬の一部とも言っていたが、実際は白狐剣の実戦データを分析したいが為であろう。強化後の初戦闘でありながら、擬似神話級武装まで使用したのである。
マッドサイエンティストとして名高いあの幼女の事だから、日常勤務に戻ったツカサに持ち歩かれるよりも、ツカサに休暇を出して剣を取り上げ、手元に置いて徹底的に調べたいという欲求に駆られてもおかしくはない。
また今回は主だったヒーロー達が皆熱海へと集結していた為、侵略活動はすこぶる順調に進んだとカゲトラが話してくれた。それもあって、ツカサだけでなく戦闘員のほとんどには一日だけ臨時有給休暇が出されているらしい。悪の組織さまさまである。
「ただいま~っと」
そういった理由でツカサは現在、数日分の食料を買い込んで玄関の扉を開けた。ただいまと言っても迎えてくれる人はいないが、今日は気分が良くてつい口に出てしまったのである。
そう、ヴォルトもおらず一人暮らしのツカサに、迎えてくれる人なぞ居るはずがないのだが。
「おかえりなさい」
と、何故か聞き慣れた声が奥から聞こえた。
パタパタとスリッパを鳴らす音が聞こえ、居間から顔を出したのは。
「大事な話をしに来ましたよ、兄さん」
ツカサの妹である、カレンであった。
◇
「で、どうしてカレンがここに居るんだ?」
ツカサの帰宅から一時間後。突然の侵入者にパニックになり掛けたツカサは、とりあえずシャワーを浴びて着替えて動画投稿サイトのランキングをチェックした後に居間でテレビを見ていた妹を呼び付け、妹の入れてくれたアイスティーを呑みながらテーブルを挟んで会話の体制を取ったところである。
逆にカレンは落ち着いていて、ツカサが奇行に走っている間に昼ご飯の準備をしてくれていた。今日の昼飯はソーメンになるらしい。
「やっぱり、父さんもカシワギ博士も何も言ってなかったんですね?」
カレンは呆れ顔でため息をひとつ、この部屋の合鍵と思わしき代物を取り出し机に置く。そして、
「実は私、今日からここに住むことになりました」
そう言ってぺこりと頭を下げた。
「………は?」
これにはツカサも疑問符しか浮かばない。何せ今の今まで何の話もなしである。カシワギ博士は突発で何かするのはいつもの事なので置いておくとしても、両親も何も言わないのは……まぁグルなのだろう。
「今朝、兄さんが支部に出掛けている間に『筋肉便』が荷物を全部運び入れてくれまして。空いていた一室を今は私が使わせてもらっています」
『筋肉便』と聞いて一瞬何かと思ったが、ツカサが引っ越す時にも勝手に荷物を運んでくれた黒タイツ集団の事だろう。
「う、ん……まぁ部屋は余ってたし、それはいいんだけども……」
ツカサが解せないのはそこではない。
「転校しても実家から通っていたのでは?」
「今回の誘拐騒動があり、近くて安全なところという条件を出したらここになりました」
「家主に断りが何もないのは?」
「博士の悪趣味ですね」
「ノームの正体については知ってた?」
「病院で聞かされました。自分が狙われたのを私が庇ったと、そう思ったのでしょうね」
「罵ってください」
「いい年こいて彼女もいないのかよこのクズっ!」
以上が、ツカサがKOされるまでの一問一答である。
自爆であるが、思っていたよりもキツいトコロを抉られて満身創痍となったツカサは力なく倒れ、床へと転がった。
「そういう兄さんだって、ダークヒーロープロジェクトの話とか全然してくれなかったじゃないですか。それになんですかこの部屋。マンションなのに2階に繋がっているとか、意味不明なサーバー群の置かれた部屋とか。想像の斜め上をハイジャンプで飛び越された気分なんですけど」
どうやら何も聞かされていないのはカレンも同じだったようで、ここに着いてからも驚愕の連続だったそうだ。
兄妹揃って幼女博士の手のひらの上というのは釈然としないが、ここいらで事実確認も含めて正体バレとしてもいいだろう。
よっこらせと起き上がり、アイスティーを一口飲んで一息。
「実は俺、黒雷っていう幹部候補の怪人をやってるんだ」
「ははっまさか御冗談を」
まさかのノータイム否定。
「黒雷ってアレですよ? ブレイヴ・エレメンツ相手に負けず劣らずの戦闘力を誇り、デブリヘイム事変でも活躍してて、元々は敵だった春日井戦闘教官を協力者ありきとは云え倒し、海底の勇猛名高き武人である華雄ウツボさえも凌駕したという武勇伝に溢れた精霊ヴォルトの友、あの黒雷ですよ? まさかまさか兄さんがそんな人物なワケないじゃないですかー」
その上更にオタク特有の早口を重ねられ、諭すような説明口調で否定される始末である。
「そこまで言うなら見せてやろうか? カレンだって、目の前で俺が変身すれば納得するだろう?」
ツカサにも意地がある。というか、本人なのにそれを否定されるのはとても辛い。信じさせるには、目の前で証拠を見せるのが一番だろう。
「そうやって言って、実際はハクって呼ばれてるあの姿になるのでしょう? あの姿の兄さんも確かにカッコイイですけどね、黒雷を騙るのは良くないですよ。私みたいに憧れている人だっているんですからね?」
「こやつ、信じる気が一切ねぇ!」
黒雷とはどうやら、噂ばかりが先走った存在になり始めているらしい。ツカサの過去を知るカレンからすれば、そもそもイコールで結びようがない存在のようだ。
まぁ昔のツカサなんて、何処にでもいる一般的なオタクである。何一つ秀でたところも見当たらず、ブラック企業に就職してしまった為に色々あって、今は悪の組織へと移ったという見所の無い経歴の持ち主だ。信じられないのも無理はない。
「あ、そうだ。変身なら私もできるようになったんですよ! 丁度いいので兄さんにも伝えておきますから、ちょっと後ろを向いてくださいね」
「なんだ、私もって。カシワギ博士から何か貰ったのか?」
「いいからいいから。……いいですか、私も後ろ向きますので、良いって言うまで振り向かないでくださいね? もし破ったら眼球抉りますからね?」
「うわバイオレンスこわっ」
妹には逆らえない兄は素直に後ろを向き、ついでに目まで瞑る。多分護身用に怪人スーツの払い下げをされたとか、そういうのだろうとタカをくくって。
そしてどうせなら驚かせようと、コクライベルトを取り出して消音モードで変身しておいた。これならば信じてくれるだろう、と。
「もういいですよ、兄さん」
一分ほどであるが、ようやく声が掛かったので黒雷は振り返る。驚いた妹の顔を見れるだろうと、内心ワクワクしながら、だ。
そして、振り向いた先には。
「じゃーん! どうです、兄、さ……?」
いつかの祭りで共に戦った、双銃使いの緑の戦士。
ブレイヴ・シルフィの姿が、そこに在る。
「………」
「………」
「「えぇぇぇええぇぇぇぇえ!??」」
二人の絶叫は防音壁によって掻き消え、外に零れる事は無かったそうな。
──のちの風雷兄妹、ここに誕生。