邪神戦のその後
ツカサの持つ最終兵器を前に、亜神クラバットルは文字通り海の藻屑と消えた。
眩い閃光が長く、長く水面を照らし、やがて消える。残ったのは、神に抗った人類のみ。
大勝利である。
「や、やったぁぁぁぁあああ!」
幾人ものヒーロー達が白狐剣にほとんどのチカラを奪われ倒れ込む中、それでも声を張り上げハイタッチを交わす。
「終わっ………たー」
ツカサもまた例外ではない。最終兵器の使用者として、一番エネルギーを持っていかれているし、なおかつ高出力の圧縮エネルギーの余波をマトモに浴び続けていたのだ。気功を使っていたとはいえ、肌は赤く焼けているし、髪や衣服からは若干焦げ臭い匂いが漂っている。ちゃんと処理しなければすぐに水膨れとなり痛い目を見る事になるのだが、当分は動けそうにないというのが現状だ。
「いやー、よくやった! 立てるか、坊主?」
そんな中、亜神の足止め部隊として動いていたスネイクがツカサ傍に来て声を掛けてくれる。仮面で表情は読めないが、声色はとても嬉しそうだ。
「今はちょっと……動けそうにないというか……」
「ま、だろうな。仕方ねぇから特別に俺のサイドカーに座らせてやるよ」
そう言ってスネイクはツカサを抱き抱え、自慢のサイドカーへと下ろしてくれた。正直真夏の太陽と熱を持った砂のコンボは生身には地獄であったため、その心遣いは大変助かる。
(これから報告と、カレンの保護と、後処理と……やること……やま、積み……)
頭は次にやらなければならない行動でいっぱいだが、肉体は今すぐの休養を求めている。
今回は大怪我をしていないとはいえ、最終兵器を使用した反動は思ったより大きいようだ。一段落して気も抜けたのか、意識がどんどんと薄れていく。
「ふっ……今は寝ておけ。今回、一番の功労者は間違いなく坊主だ。誰も文句を言ったりしねぇよ」
その言葉が呼び水となったのか、ツカサの意識が睡魔に負けたのはその直後であった。
◇
「……さん、………さん!」
微睡みの中、身体を揺さぶられる感覚に目が覚める。
「兄さん!」
「司さん!」
ツカサが重たい瞼を無理やり開けて見れば、所々に包帯を巻いたカレンと、そんな彼女に付き添うようにしている楓がツカサを見下ろしている。
「よぉ……無事だったか……?」
「兄さんの方が無事じゃ無さそうですけど!?」
ツカサが辺りを見渡せば、そこはどうやら病室。聞けば、あの後何をしても目を覚まさないからそのまま病院送りにされたらしい。とはいえ寝て起きての翌日なので、大事ではなかったようだ。
そのまま顛末を聞けば、昨日の内にヒーロー達は解散したらしく、今は国家機関を名乗る黒服集団(多分ダークエルダーの部隊)が浜辺を閉鎖し、調査と事後処理を行っているらしい。保護された少女達も皆病院へと運ばれ、今は経過観察の段階だそうだ。元々何らかのチカラを持つ少女のみが狙われていた為か治りも早く、3日後には全員退院可能なようだ。カレンも薬の後遺症はなく、入院せずとも一週間ほどで怪我の跡も綺麗に無くなるらしい。
瀧宮 帝も入院を勧められていたが、ワシは平気じゃと言ってラーメンを食べに歩いて帰ったらしい。豪胆なものである。
「それにしても、驚いたよ。まさか君がブレイヴ・エレメンツだったなんて……」
「あ、あ~……いや、あれは勢いで変身してしまったので忘れて欲しいというか……。人に正体をバラしちゃいけないって言われてるから、秘密にしておいてもらえると助かるんだけど……」
「まぁあの場にいたヒーロー全員が顔バレしている訳じゃないしね。正体を隠してるヒーローも大勢いるから、その辺は暗黙の了解としてみんな黙っていてくれるんじゃないかな?」
ダークエルダー所属のツカサやカレンに知られた時点でもう各支部に通達済ではあるのだが、そこは大人の汚さという事で黙っておく。
未だにサラマンダーとウンディーネ、あとシルフィの正体も知れぬままだが、ノームであるこの少女の周囲を監視していれば自ずと判明するだろう。
これでようやく、打倒ブレイヴ・エレメンツに一歩近付いたのである。
……敵戦力が倍増しているのはさておき。
「ところで、カレン達はまだ熱海に居て平気なのか? 親父達も心配しているだろうし、早めに帰った方がいいと思うんだけど……」
「それがぶっ倒れて目覚めなかった兄さんのセリフですか? 怪我の報告だけは来るのに、本人からは一切連絡を寄越さないって、母さん嘆いてましたよ?」
「うっ……分かったよ。今夜にでも連絡するよ……」
「よろしい。私達は昼の新幹線で帰る予定なので、兄さんは……慰安旅行、楽しんでくださいね?」
「ヒッ」
カレンの顔が怖い。どうやら誰かから、今回はカレンの救出の為に熱海に来たわけではないという話を聞いたらしい。確かに怪しい噂ありきでツカサ達が送り込まれたワケだが、支部ではカレンが攫われたという話は聞いていなかった。多分カシワギ博士が落ち込んでいたツカサを心配して意図的に情報を遮断していたのだろうが、妹の前ではそれが裏目に出ている。
「あ、あはは……とにかく司さん。歌恋ちゃんはボクがちゃんと送り届けるから、安心して」
「ん。土浦さんが送ってくれるなら、俺も安心して休めるよ。……誰かさんの身代わりになって云々って話を聞いてなければ、だけども」
「「うっ……」」
ツカサの言葉に、両名ともが目を背ける。やらかした自覚はあるらしい。
「ごめんごめん、責めてる訳じゃないんだ。ただ今後はもっと……」
「あーあー聞こえなーい新幹線の時間もあるからもう行くねお大事に兄さーん」
「うわっ、ちょっと歌恋ちゃ……!」
ツカサのお小言が始まるのを察知してか、カレンが楓の腕を引っ張り病室を出ていく。扉を出る前にチラリと視線を投げていたので、そちらの方を見れば、机の上に一通の置き手紙。
中にはカレンの字で簡潔に、『帰ったら大事な話があります』とだけ書かれていた。
「……はてさて。これからどうなるんだろうなぁ」
目覚めてすぐは騒がしかったが、落ち着いてしまえば寂しいもの。
「なぁ、ヴォルト……?」
ツカサが話しかけても返事はなく。窓越しに聞こえる蝉の声ばかりが病室に響いていた。
◇
それからツカサはいくつかの検査の後、退院。火傷の跡もしばらくすれば完治するとの事で、そのまま温泉旅館へと帰された。
中ではスズや椎名が心配して待っている……という事もなく、温泉上がりの火照った顔のままぺこりと会釈されるだけで終わってしまった。
ツカサだって期待してはいなかったにしろ、何かあっても良いだろうと思わないでもないが。
まあでも二人ともどちらかと言えば被害者側なので、ツカサがどうこう言える立場ではない。
ただ以前より二人の仲は良くなったように見えたので、それは何よりである。
博士には途中で色々報告したが、ツカサが戦闘中に送り込んだゴーレムの破片の研究に忙しいからとおざなりな返答で終わってしまった。亜神の細胞のサンプルも既に届いているらしく、そちらの研究で大忙しらしい。
その後は特に何事もなく最終日まで温泉や料理を楽しんで、お土産を買い込み、帰路へ。
激動の旅行であったが、気晴らしというよりは仕事の側面が強く、あまり休めた気がしない。
しかし、収穫は確かにあったのだ。
ツカサはチラリと、パンパンに膨れた紙袋を見る。中には、ツカサの代わりに椎名が貰ってくれていたヒーロー達のサイン色紙の束。デブリヘイム事変の時に頂いたヒーローの色紙もあるが、ダブりというのも悪くない。
帰ったら部屋のどこに飾ろうか、なんてウキウキしながら。
ツカサ達は、長い、長い帰路に就く。
何故か……本当に何故か4ヶ月もかかった長編となりました。
さらっと盛り込んだサラマンダーとウンディーネの強化にノームの登場、ツカサの装備強化に椎名の言葉にできない淡い想い。あと今後に再登場するキャラクターも幾人か。
しかしまだ、夏編は続きます。ここまでを前編とし、キャラクター紹介を挟んで後編へ。まだちゃんと、『夏』を楽しんでいないですから。
この作品のタグに「ラブコメ」って入れたの、まだちゃんと覚えてはいるんですよ……「ギャグ」も入ってますケド……。