邪神VSヒーロー その4
大多数対大多数のヒーローVS邪神の眷属による戦闘と、邪神対マシンロボによる巨大戦が同時に開始された。
眷属達はクラバットルを守るように展開し、それぞれが無駄のない連携でヒーロー達を翻弄するのに対し、邪神は寝起きの苛立ちをぶつけるかのように触手を振り回すばかり。無論どちらも驚異的であり、油断していたら例えヒーローとは言っても無事では済まないだろう。
「うおぉぉぉぉ!」
その驚異の中を、突っ切るように走る者がいる。
その者達は、赤・青・黄、そして白。焔を宿した大槍を前に、一直線でクラバットル目掛けて駆けていく。
眷属達もその蛮行を防ごうと動くが、正面に立つ者は為す術なく吹き飛ばされ、背後を突こうとする者は他のヒーローから足止めされる。元々横に伸びていた陣形なので、この4人がクラバットルの目の前へと躍り出るにはそう時間が掛からなかった。
「フレイム・ザッパー!」
最後の眷属を後方のヒーローに任せるべく弾き飛ばしたサラマンダーは、その勢いのままクラバットルへと殴り掛かる。彼女とて怒り心頭なのだ。好機があるならばその顔面に得物をぶち込んでやりたいと、そう思っていた。
だが、その大槍を寸でのところで防いだ者がいた。
「何? うわっと!」
突進が止められ、次の動作に移る前に振り上げられた巨大な腕を見上げ、サラマンダーは咄嗟に炎による加速を利用したバックステップを行う。
その数瞬後には、その腕はサラマンダーの居た位置へと突き刺さり、大量の砂を巻き上げていた。
「サラマンダー、大丈夫?」
「ヘーキヘーキ。カスってもないし」
ウンディーネとサラマンダーのふたりが話すその先。砂埃がようやく収まった位置に現れたのは、全長5m程のゴーレム。土とも鋼とも取れぬ妙に黒光りする素材でできたそれが三体、クラバットルを守るように立ち塞がっていた。
「くっくっくっ……そんなすんなりと私の前に来られる訳が無いでしょう? 自衛手段はいくつも用意しておくものですよ」
クラバットルの表情は……ちょっと分からないが、少なくとも愉悦を感じている事は間違いない。
「………あっ! 見た事ある素材だと思ったらあれだ、デブリヘイムの装甲に似てるんだ」
ハクはゴーレムの素材に見覚えがあり、それが何だったか思い出そうとして数秒考え込んだが、ようやくその答えを得た。
それはハクではなく、黒雷として幾度も戦闘を繰り返した昆虫型の侵略生物。硬い装甲と圧倒的な速度を兼ね備えた人類の天敵がその身に纏っていた殻とよく似ているのである。
「くっくっくっ……いかにも。これはデブリヘイム大量発生の折に、試しに溶鉱炉で溶かして作った試作型のゴーレムですよ。悪くない素材でしょう?」
ハク達ダークエルダーは、どうにかして天災を止めようと行動していたので中身の鉱物にしか目がいかなかったが、クラバットルはその硬い装甲に目を向けたと、そういう事である。
もちろんダークエルダーもデブリヘイム事変の後に研究を始めたが、今のところ兵器転用されているのは椎名の魔砲を防いだアイギスの盾くらいなものだ。あれも素材を活かす方向で設計されているので、溶かして合金として使用するところまでは至っていない。
ダークエルダーが表舞台でヒーロー達と小競り合いをしていた間に、潜伏していた悪の組織は着々とチカラを付けていたのだ。もし他の悪の組織も同様にチカラを蓄えているとしたら、非常に厄介な事である。
「つまりコイツの装甲は、デブリヘイムのソレよりも硬いんだな?」
「多分、そういう事だろうな……」
サラマンダーの問に、ハクは固い声色で返す。
ハクの白狐剣は、先日のデブリヘイム『ダークカブト』との戦闘で一度折れてしまっている。今はなんとかストーンを加えて打ち直したとはいえ、合金相手にどこまでやれるかは未知数。
どうしてくれようかと考えている間に、サラマンダーとウンディーネがそれぞれ一体ずつ、ゴーレムを相手取るようにして歩き出した。
「お、おい! いくら君達でもそれは無謀じゃ……」
止めようとするハクに、ふたりは軽く片手を挙げてそれを制す。
「「大丈夫、オレ(私)達ならやれる(ます)」」
ふたりにあるのは、自信。過去に『マザー』を打ち破った経験から来るものだろうか、はたまた別のものだろうか。ハクには分からないが、それでも今のふたりには、絶対に勝つという強気というか、凄みがある。
「……任せて、いいんだな?」
ハクはノームと揃って、最後の一体の前へと陣取る。コイツらがクラバットルを守る最後の砦なのだから、倒さないという選択肢はない。
「ええ」
「任せとけ」
ふたりの心強い返事を前に、ハクも覚悟を決める。新調した装備では初陣となるハクに、そもそもが初陣であるブレイヴ・ノーム。不安は募るが、負けられない勝負なのだから挑む他ない。
「全くヒーローとは難儀ですねぇ。勝てない勝負にも正々堂々と挑まねばならないとは……」
クラバットルが哀れみを向けては来るが、元凶はコイツなのだから苛立ちしか湧いてこない。
「やれるか、ノーム?」
「やるしか、ないんでしょ? ……やってみせるよ」
初陣相手に荷が重い相手ではあるが、ヒーローなんて大体そんなもの。守りたい者を背に、倒したい者を見つめ、ノームは気持ちを奮い立たせる為に拳を打ち鳴らした。
◇
「さぁて、こっちも始めるかのぅ」
ヒーロー対邪神軍団の戦闘が開始されてから、手に持った扇子で砂地に何やら記号やら文字やらを書き込んでいた瀧宮 帝がようやく顔を上げる。
椎名からすれば意味不明な紋様ばかりではあるが、隣に立つスズが時折感心したように頷いては、「おいおいおい」とか「神道の結界術式ですか、大したものですね……」とか呟いていることから、意味のある行為ではあるのだろう。
「………ぁ……」
これからどうするの、と聞こうとしたが、やはりまだ声が出せない。医者は強いストレスが起因と言っていたので、話せるようになるかどうかは椎名の心の強さ次第ではあるのだが、話をしようとするとどうしても過去の経験がフラッシュバックして頭が痛み言葉が止まる。
周囲に誰もいない時か、霧崎だけならば歌うことだってできるのに。
(不甲斐ない……)
椎名を助けてくれたあの人に、まだちゃんとお礼もできていないのに。ここで歌う事ができれば、あの人を助ける事ができるのに。
そこで不意に、軽く髪を撫でられた。
「無理をせんでいいんじゃよ、嬢ちゃん。君はひとりじゃない」
見れば、巫女服の少女……瀧宮が傍に立ち、こちらを見ながら優しく微笑んでいた。
(暖かい……)
まるでおばあちゃんに撫でられているかのような、妙な安心感。これが母性というものだろうか。椎名にはちょっと、まだ分からないことだけれど。
「で、どうするんスか? こんな場所じゃ騒がしくって歌うどころじゃないっスよ?」
スズの言う通り、ここはヒーロー達の戦場からさほど離れてはいない。怒号や爆発音は響くし、なんなら流れ弾が近くを通り過ぎるのもザラだ。椎名でなくても決して、歌える環境ではない。
「なぁに、防御結界は敷いたし、優秀な護衛も居れば万能な忍者も居る。舞台としては最高峰じゃよ」
瀧宮はそう言って、ゴソゴソと袖口を漁る。そして、
「じゃ~ん。目隠しじゃ!」
椎名は、悪い顔をしている瀧宮と目が合った。
まだまだ夏の小話を書くつもりでいますが、流石に新キャラも増えてきたので、そろそろキャラクターのまとめを何処かに入れようかと思います。
今回の話が一区切りついた辺りですかね……?