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悪の組織とその美学  作者: 桜椛 牡丹
第四章 『悪の組織と夏のデキゴト』 前編
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黒雷の強化とヴォルトのシンカ その3

 「ツカサ、ちょっといいかしら」

 模擬戦を終えたその日、休憩だとヴォルト・ギアに潜ったままだったヴォルトから声が掛かる。

 ここじゃなんだから博士の研究室へ行きましょ、と言われたらツカサも断れず、定時後に綺麗になったカシワギ博士の研究室で3人で卓を囲み珈琲を楽しんでいる、というのが現状である。

 「それで、何か話でもあるのか?」

 ヴォルトとツカサは同居関係の為、どうしても2人きりと言うならばマンションに帰ってからでも事足りる。しかしそれをしないで博士の研究室を選んだとなれば、博士を交えて話したい内容のはず。

 「そう、話というのはコレのことよ」

 そう言ってヴォルトは、作業台の上にとある物を置く。それは先日、ベルトへと埋め込まれたはずのなんとかストーンと同一の物。多分加工した際に出た破片だろうそれは、それでも拳大の大きさで、未だに鈍く発光しているようだ。

 「単刀直入に言うわ。これを私が取り込むかどうかを、貴方に決めて欲しいのよ」

 なんてヴォルトは、真面目な顔で宣った。

 「えぇ……なんで俺が?」

 未だに触り程度ではあるが、強化された黒雷へと変身してみて、この石の秘めるチカラの大きさはまだまだ底知れないように感じる。そんなあからさまな強化アイテムを取り込むかどうかをツカサに決めさせるとは、どういう了見なのだろうか。


 「ワシが代わりに説明しよう」

 そう言って、先程まで同席はしていても無言を貫いていたカシワギ博士が語り出す。おそらく、ヴォルトだけではうまく説明しきれないと踏んで協力を依頼したのだろうか。

 「まずはこの石じゃが、神話の時代に失われた物質に限りなく等しい物であると考えられる。過去に賢者の石やヒヒイロカネ、オリハルコン等と呼ばれていた物質と同列の、言わば唯一無二の存在じゃ」

 「……マジすか……」

 あの神様、サンタさん並に気軽く人の枕元へと置いていくにはちょっと高級過ぎないだろうか。

 「まぁキミ個人への依頼の報酬じゃから買い取ると言ったがの、今の地球では価値が付けられんレベルの代物なんじゃ。なんで、優先的にキミの装備へと還元したし、キミのボーナスもちょっとした予算並に入っておるはずじゃよ。……で、それが前提の話じゃ」

 博士はそこで区切ると、ヴォルトの髪を撫でる。彼女は(くすぐ)ったそうにしつつも満更ではなさそうで、暫しの間されるがままになっていた。

 そして。

 「そんな貴重な物質、この拳大のサイズでも上手く捌けば巨万の富を築けるじゃろう。なんなら新たに武器を新造してもよいし、持ち帰って飾っておくのもキミの自由じゃ。この前提の話をしたのは、キミがこれの価値を知って惜しくなる可能性を考慮してのこと。じゃがもし……」

 博士はずいっと、ツカサの目の前にヴォルトと石を突き出す。

 ふたりの目はとにかく真剣で、おちゃらけようという気が微塵もない。

 そこまでらしくないふたりを前にツカサもまた真面目にならざるを得ない雰囲気である。


 「じゃがもし、このヴォルトにこの石を与えても良いと、キミが思うのならば……そこに、彼女の可能性がひとつ生まれるんじゃ」

 「あー……あの、デブリヘイムの鉱石みたいな感じですかね?」

 あの鉱石もまた、ヴォルトが取り込むことで今の人形ボディや声帯の代わりとして使用されている。

 それを踏まえれば、このなんちゃらストーンをヴォルトが取り込むというのも何かしら有益な効果があるのだろう。

 「自分は一向にかまわ」

 「じゃがここで最初の問に関わる話である!」

 ツカサが了承しようとするのを遮るかの如く、博士が声を張り上げる。いや、実際遮ったのだ。

 決めるのは話を全て聞いた後だと、そういう事なのだろう。

 「彼女……ヴォルトがこれを取り込んだ場合、彼女は一介の精霊では居られなくなる。つまり生まれ変わってしまうんじゃ」

 「……つまり、どういう事です?」

 ツカサとしてはその辺がよく理解できない。

 「うーん……ピ〇ピに月の石を使ったら進化するが元には戻らんじゃろ?」

 「完全に理解しました」

 つまりあれだ、進化。先の形態へと変わってしまう為に元のグループにはもう戻れない。

 「そして私も未経験だから、取り込んだ後にどうなるかは分からないわ」

 「随分と怖い博打じゃないの……?」

 奇跡的に手に入れた片道切符だけれども、行き先は不明。だけれども夢と浪漫に満ち溢れた可能性の塊と、つまりはそういう存在なワケだ。

 「そこで、私のパートナーたる貴方に選択を委ねようって話になったのよ」

 石自体も貴方の物だしね? なんて、彼女は笑う。


 「いいのかよ、精霊の行先を人間が決めて」

 「アホ言わないの。私の行先をツカサが決めるのよ」

 ツカサの言葉とヴォルトの言葉では、同じように見えてそれなりの差がある。ツカサが言うのは種族間の違いから来るものだが、ヴォルトが言うのは個人間のお話。

 ヴォルトが迷い、ツカサに相談している。そこに精霊も人間もない。あるのは相手との信用や信頼のみと、そういうことなのだろう。

 ならば後は、ツカサが悩めばいい話。

 「……うーん、いいんじゃないか、取り込んでも」

 そしてそのシンキングタイムはものの数秒で終わった。

 「あら、随分と気安く決めてくれるのね?」

 これにはヴォルトも若干不服そうだけど、ツカサにだってちゃんとした根拠というか理由があるのだ。

 「だってよ、俺からしたら進化しようがヴォルトはヴォルトだし、これまでと変わらずに接してくれるなら構わないんじゃないかって思ってしまってな」

 それがツカサの出した答えというか、思いついたもの。

 他人に2択を聞く時は、大抵は自分の中でどちらがいいかを大まかに決めているものだ。それで後押しされるか引き止められるかで最終的な判断材料とするのが常だろう。

 ならばツカサは後押しを選ぶ、というだけの話。

 「……そう。貴方は私にこれをくれるという事よね?」

 「まぁ、そうなるのかな?」

 貴重品だと聞いたばかりなので惜しい気持ちもないではないが、どの道『棚からぼた餅』の『宝の持ち腐れ』である。下手に売り捌いて敵の手に渡るのも怖いし、味方であるダークエルダーやヴォルトの手にあった方が後々の不安の種にならずに済むだろう。

 「……………そっ。分かったわ、私も覚悟を決める」

 ヴォルトは悩みに悩んだ末、決心したように石を手にする。その心に呼応するかのように石も瞬いた気もしたが、それが何を意味するかなんてツカサには分からない。


 「ヴォルトや、いいんじゃな?」

 「人に接しすぎた精霊が、気の迷いで分不相応のチカラを手にするだけよ。変質なんて怖くないわ」

 「ちょ、ちょっと聞いてると不安になる単語ばかり出てくるんだけど?」

 博士とヴォルトの会話が、完全にアブナイクスリや何かに手を出す直前のソレだ。意味合い自体は間違っていないのだろうが、不穏も不穏である。

 「ツカサ」

 取り込む前に、ヴォルトはツカサに対してちょこんとお辞儀をする。そして、

 「貴方の……貴方達のおかげで、私は雷の精霊(ヴォルト)として楽しく過ごす事ができたわ。これには素直にお礼を言わせてちょうだい」

 まるで今生の別れにも聞こえるその言葉。だけれども、ヴォルトにも博士にも悲壮感は見えない。

 要するに今まで通りとはいかないから、そこを思っての挨拶だろうかと、ツカサはぼんやりと思う。

 「私はこれを取り込んだ後、チカラに馴染む為にしばらく休眠する事になるでしょう。それが明けたら、次の私はもう別物となっている。……だからね、ツカサ」

 彼女はもう一度名前を呼ぶ。

 「貴方に名前を考えて欲しいの。次の私が目覚めた時に、その私に似合う名前をね」

 「……いや待て、俺に精霊の名付けをしろってのか?」

 ツカサだってオタクの端くれ。こういう場面での……というか『名付け』という行為そのものが重要な物であると理解はしている。

 「貴方だからこそ頼むのよ」

 「ぐっ……う、うむ……考えとく」

 役者不足だと思わないでもないが、それでも選んでもらえた以上は断る気はない。

 ヴォルトはその返事に安心したように微笑むと、石を抱えてひとっ飛び、ヴォルト・ギアへと着地する。

 「………じゃあ、ね。次の私で、また逢いましょう?」

 そう言って、()()()()はギアへと石を抱えたまま入り込み、二度と出てくる事は無かった。

 ヒロイン退場回となります。……いやごめんなさい、休眠ですね。

 なんちゃらストーンですが、ツカサのように外部のエネルギー源として使うのとは違い、取り込む場合は馴染むのに時間が掛かるものと思ってください。その内包するエネルギーの質や量のせいで本質まで塗り替えてしまうやべー代物という事で。どうして取り込む必要があったかは、今後の話で語ることができればと。


 これでしばらくツカサの相談相手はいなくなり、マンションも「まこと広う成り申した」状態です。

 次の登場は……ヴォルトに代わる名前を私が思いついた時に、ですかね! ……いやー、どうしよホント……。

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